ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第98話 バケモノ。

 

 

 

 

 廃坑道の闇の中に隠れ潜みながら、モモワロウは苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

 なんなのだ、あいつは。

 どうして自分を目の敵にする? 

 

 常夏の島で対峙した日からこちら、片時も心の休まる間がなかった。

 数多の人間の手に渡り、隅から隅まで調べられた。

 ようやく逃げ出せたと安堵したのも束の間、またぞろアイツが現れて、いい加減気が狂いそうだ。

 

 何が気に食わないというのだろう。

 どんな苦悩も、この餅を食べるだけで消え失せるのに。

 甘く爛れた毒に委ねてしまえば、極楽に到れるのに。

 

 煩悩まみれの愚物を救ってやっているのだぞ。

 感謝されこそすれ、攻撃される謂れはない! 

 

「ここに居たか、モモ野郎」

 

 アイツは吐き捨てるや否や、こちらに向かって指を突きつけてき、見慣れぬポケモンに漆黒の弾を撃たせてきた。

 

 慌てて影から躍り出る。

 

「もう逃がさねぇ。

 ここのポケモン達まで操りやがって。

 ボコしてやるから覚悟しろ!」

 

「モ……!」

 

 なんという理不尽。

 なんという傲慢。

 

 モモワロウは屈辱に身を震わせ、絶叫した。

 

 

「モモワァアアアイ!」

 

 

 〇〇〇

 

 

 地下1階に繋がる階段を降りていたアポロが、つと顔を上げた。

 

「────いまの、聞こえましたか?」

 

 部下たちが銘々頷く。

 

 明らかに耳慣れぬ鳴き声だった。

 あれこそ、サカキ様が求めているポケモン、モモワロウの声であろう。

 

 アポロはヘルガーの入ったボールを握り、命じた。

 

「総員、戦闘準備」

 

 己の耳朶にそっと触れる。

 メガ進化に必要なキーストーンはイヤリングに加工済みだ。ヘルガーにも無論、メガストーンを持たせてある。

 

 今回の作戦はあくまでモモワロウの捕獲または奪取だが、アシタバと遭遇した暁には、即座にメガ進化するつもりだった。

 

 いかにあの小僧といえど、生身の躰に圧倒的火力を叩きこまれれば無事では済むまい。

 

 腰から下を消し炭にし、自力では排泄すらできない惨めな境遇に叩き落としてから、サカキ様にボールを捧げる奴隷として飼い殺す。

 

 どれだけ死にたくなっても決して死なせはしない。

 サカキ様が飽きるまで、何が何でも生かしてやる。

 最高の絶望を与えられるなら、手ずから食事も摂らせてやるし、おしめだって当ててやろう。

 

(ですからね、アシタバさん)

 

 アポロはうっそりと微笑みながら、胸中で語りかけた。

 

(私が行くまで、死んではいけませんよ?)

 

 

 〇〇〇

 

 

 モモワロウの抵抗はしぶとかった。

 猛毒の鎖を振るい、ヘドロ爆弾を撒き散らし、悪の波動を叩きつけてくる。

 

 一発一発が致命傷になりうるそれを、ミュウツーも、流石に目覚めたルギアも、際どいところで躱し続けていた。

 

 敵はモモワロウだけではない。

 カブトプスたちが討ち漏らした傀儡が背後からひっきりなしに襲ってくるのだ。

 

 その都度、サーフゴー、ガチグマ、ヌメラのトリプルチームが叩きのめしているけれど、操られているポケモンは疲労も痛みも感じないのか、すぐに復活してくる。

 

 さっさと元凶を倒したいのだが、モモワロウはダメージが嵩むと影に遁甲し、自己再生を始めてしまうのだ。

 

 まるで無間地獄。

 やってもやってもキリがない。

 

(このままじゃ俺たちの方が力尽きちまう!)

 

 焦りに集中が乱れた刹那。

 シャドーボールが、俺の胸に命中した。

 

「がっ……は……!」

 

 膝から力が抜ける。

 視界がぐるりと回転した。

 

「げるる!?」

「ぬめぇ!?」

『マスターっ!』

『アシタバ!』

 

 ミュウツーが俺に向かって手を伸ばす。

 そのときだ。

 頭の中に、声が響いたのは。

 

(血を浴びせてやれ、アシタバ……)

 

「は?」

 

 目を瞠った。

 誰だお前。

 どういう意味だ。

 

(我のことを気にする余裕があるか?)

 

(お前の血には力がある……素晴らしい力がな)

 

(味方に浴びせてやれば見違えるほど強くなるぞ……)

 

 声がするたびに、眼帯の奥の右眼が疼く。

 そして気づいた。

 いや、()()()()()

 シオンタウンで、死に瀕していたガラガラを助けたいと願った時に聞こえたのと、同じ声であることを。

 

 なんなんだ、お前は。

 俺の血になんでそんな効果がある? 

 どうして、そんな力があると知っている!? 

 

(知っているとも……)

 

(我と貴様は異体同心……知らぬことなど何もない)

 

 仰向けに倒れる一瞬が永遠に引き伸ばされ、世界が遠のいていった。

 モモワロウも、仲間たちも、俺の意識から消えていく。

 最後には、永遠の闇だけが残された。

 

 どこだ、という当然の疑問は浮かばなかった。

 なぜなら、俺はここを知っているからだ。

 

 時の流れに取り残された果てなき空間。

 現世と薄皮一枚隔てた虚しき世界。

 

 虚空に赤い真円が浮かんだ。

 真円はじっと俺を見下ろしている。

 禍々しい満月に似ているが、これは()()()()()だ。

 

 どうして左眼だと分かるのか。

()()()()()()()()()()からだ。

 

「そういう、ことか」

 

 理解した。心から。

 

 異体同心という言葉の意味を。

 俺の血の秘密を知っている訳を。

 声の主を。

 

「お前だったんだな」

 

 いつから見ていた? 

 胸中の疑問に声が応じる。

 

(貴様がルギアを拾ったときから)

 

 つまり、最初からだ。

 ならば、お前が全て()()()()のか? 

 これには返答がなかった。

 代わりに、分かりきったことを囁いてきた。

 

(我らは志を同じくする者)

 

(神を討たんと希む者)

 

 そうだな。

 俺に厄介な宿命を負わせた神を、ぶん殴ってやりたくてここまで来た。

 

(ならばこんなところで死にたくはあるまい)

 

(立て。抗え。

貴様の祝福されし血潮を仲間たちに分け与えるのだ)

 

 ああ、わかった。わかったよ。

 こんなものでよければ、いくらでもくれてやる。

 だから俺を、元の世界に戻してくれ! 

 

 半ば捨て鉢に叫ぶと、ぐん、と魂が引っ張られる感覚がして、次には元の世界に戻っていた。

 

 俺を支えようとしたミュウツーの手を、しっかり握り返す。こっちの世界では1秒と経っていないらしい。

 

『大丈夫か!』

 

「平気だ」

 

 立ち上がってすぐに上体を捻った。

 すぐ傍をシャドーボールが行き過ぎる。

 

『貴様!』

 

 ミュウツーは、お返しとばかりに無数のシャドーボールを撃ち放った。

 モモワロウは不気味な笑い声を響かせながら影に潜る。

 

(いまだ)

 

 俺はリュックに手を突っ込むと、小型ナイフを取り出し、腕の内側に突き立てた。

 

 びん、と痺れるような痛みが脳髄まで駆け抜ける。

 勝手に治そうとする我が身に抗うように、刃をぐりぐりと揺すぶった。

 音を立てて流れる血が足元に溜まっていく。

 

『アシタバ!? なにを!』

『マスター!?』

 

 話せる者は悲鳴をあげ、ヌメラは絶句した。

 

 何ヶ所か突き刺し、それぞれの傷口が閉じないよう拳を開閉しながら俺は声を張り上げた。

 

「みんな、俺の血に触れるか飲むかしてくれ!」

 

『どういうコト?

 なんでそんなことしなきゃいけないノ!! 

 抉るのやめテ、マスターが死んじゃう!』

 

「説明は後だ!」

 

 俺の凶行を止めようとしたサーフゴーは、びくりと肩を震わせた。

 

「俺の血で、お前たちは強くなれる!

 このピンチを打破できる! 

 頼む! いまは何も聞くな! 

 言う通りにしてくれ!」

 

 だが、サーフゴーもミュウツーもヌメラも、硬直したように動かない。

 いっそ無理やり塗りつけてしまおうかと歯噛みしたその時、ガチグマが、血溜まりに口付けた。

 

『ウルサン!』

 

 もはや泣き始めたサーフゴーには目もくれず、隻眼の熊が俺を睨めあげる。

 

 いまは言うことを聞いておく。

 だが必ず、後で訳を話せ。

 

 苛烈な眼差しが、そう語っていた。

 

「わかった」

 

 言葉なき要求に頷くと、ガチグマはいきなり二本足で立ち上がった。

 額の月が真紅に染まる。

 まるで、俺の血が滲み出てきたかのようだった。

 

「ゴァアアァア!」

 

 凄まじい咆哮が周囲を圧倒する。

 接近中の敵陣が怯んだところへ、紅の光線を発射した。

 

 破壊光線……ではない。色が違う。

 しかしその威力たるや絶大で、十数体もいた敵を軒並み吹き飛ばしてしまった。

 

「……!」

 

 意を決したヌメラが、俺の指先から滴る雫に身を委ねる。すると全身が光り輝き、鋼鉄の殻を背負ったヌメルゴンに進化した。

 

 中間進化(ヌメイル)を飛ばして最終形態に至るのはこれで2度目だ。アローラのジャングルでオーガポンを叩きのめした時も、こんな風に変わっていた。

 

「ぬめぇええええ!」

 

 ヌメルゴンのパワーウィップはこれまでの比ではなく、岩を軽々と粉砕し、直撃した相手を容易く昏倒させていた。

 

 理解する。

 俺の血には、進化を促し、潜在能力(ポテンシャル)を極限まで引きだす効果があるのだと。

 

 声の主が言っていたのは、こういうことだったのだ。

 

「はは、ははは……っ」

 

 なんだこれ。

 すげぇ、すげぇ、すげぇ! 

 タウリンやふしぎなアメ(既製品)なんか足元にも及ばない、最強の増幅薬(ドーピング)じゃねえか! 俺の躰は、そんなチート級の代物を無限に精製できるのか! 

 

 勝てる! モモワロウにも、操られたヤツらにも! 

 

 これがあれば、神にだって……! 

 

『マスター!』

 

 何度目かの、サーフゴーの叫び。

 

 なんだと振り向くより早く、灼熱の炎が俺を包んだ。

 

 

 ○○○

 

 

「っああぁああぁアアァァ!」

 

 絶叫だけが、唯一の音だった。

 

 火達磨になったアシタバが、手足を振り回し悶えている。生きたまま焼かれるのはさぞかし苦しかろう。

 

 視界の端に、カブトプスたちの呆気にとられた顔が映る。我に返り、こちらに殺到するまであと2秒といったところか。

 

 アポロは、冷えきった声で命じた。

 

「火焔放射を続けろ、ヘルガー」

 

 忠実な僕が火焔を強める。

 つられるように、悲鳴も音量を上げた。

 

『辞めろ!』

 

 強烈な思念波が頭蓋を叩く。

 酷い頭痛に膝をついたが、ヘルガーの攻撃は終わらない。悪タイプにテレパシーは効かないのだから当然だ。

 

 そんなことは知らなかったのだろう、ミュウツーが棒を飲んだように立ち竦んだ。

 

 モモワロウと思しきポケモンが影から飛び出し、隙だらけのミュウツーに鎖を巻きつける。

 

『ぐうううぅっ!』

 

 アポロへの念波が苦痛の呻きに変わった。

 すかさずミュウツーの肉体に注射器を突き刺す。

 

(捕獲できれば言うことなしでしたが……

 まあ体液だけでも頂戴しましょう)

 

 それにしても、ミュウツーまで持っているとは。

 何体レアなポケモンを所持すれば気が済むのやら。

 

 正直、アシタバの手持ちで明確に名前がわかるのはポッポとカブトプスだけだった。

 青い犬も、棍棒を持ったチビも、黄金のポケモンも、大柄な熊も、アポロにはタイプすら見当がつかない。

 ヌメルゴンらしき龍がいるが、はて、あんな不恰好な殻を持つ種族だっただろうか? 

 

 死にゆく主を助けようと、あるいはアポロを殺そうと、アシタバの手下たちが押し寄せるが、モモワロウの軍団と部下たちが食い止めている。

 

 図らずも共闘に持ち込めたのはありがたい。

 貧弱な連中でもなんとか戦えようというものだ。

 

 アシタバはまだ叫んでいる。

 普通ならとっくに力尽きるほど燃やしているのに。

 

 それで確信した。

 

 

(やはり…………

 

 

 お前は人間じゃなかったのだな)

 

 

 心臓を撃ち抜かれても平気でいたあたりから察するべきだった。しかしこれまで培ってきた常識が、そう夢想することすら除外していた。

 

 だが。

 モモワロウの攻撃を喰らい、気絶しかけたアシタバが立ち上がった時。

 ほんの一瞬、その背から()()()()()()()()()()()()()のを、アポロは見逃さなかった。

 

 あれは明らかに、人ならざるもの──いや、()()()()()()()()()の片鱗だった。

 

(化外の者に遠慮は不要だ。

 燃やして、燃やして、燃やし尽くしてやる)

 

 サカキの命には反しない。

 例え灰になっても甦るであろう。

 この世の理から外れたバケモノなのだから。

 

 その時、ヘルガーが勝手に炎を止めたのを見て、アポロは一喝した。

 

「……ヘルガー! 攻撃の手を休めるな!」

 

 ヘルガーは訝しんだ。

 もはや獲物は悲鳴すら上げていない。

 事切れているのは明らかだ。

 だというのに、何をそんなに怖がっているのだろう? 

 そう言わんばかりの目つきだった。

 

 アポロには信じられなかった。

 こいつの醜さが、生き物しての()()()()()が、お前には分からないのか? 

 

 するとだしぬけに、ポッポが高い声で鳴いた。

 

 

「げるるるるる」

 

 

 全身が光る。

 こんなタイミングでピジョンに進化かと嗤ったのも束の間、ポッポは、見たこともない白き鳥に変化した。

 

「な!?」

 

 変身? ポッポが? 有り得ない! 

 どこにでもいる小鳥のはず! 

 

(……いやまて。逆か?

 ナニカが、ポッポに変身していた?)

 

 ポッポだったものが、混乱するアポロを見据える。

 なんの前触れもなくヘルガーが宙に浮き、地面に叩きつけられた。

 

 ようやく焔の呪縛から解き放たれたアシタバの躰が、どさりと倒れる。

 

 それは死体、そう、死体だった。

 人相も年齢も性別も判別できないほど炭化した人物を生きていると見倣す気狂いでもなければ、アシタバは確実に、完膚なきまでに死んでいる。

 

 謎の小鳥は黒焦げ死体の上に降り立つと、再び長い鳴き声を上げた。

 

 その後に起こった出来事は、まさしく夢のようだった。

 

 小鳥の背後の空間がぐにゃりと歪み、円環(リング)を成した。

 円環の向こうには眩い砂浜が映っており、穏やかに波打つ音すら聞こえてくる。

 

『…………!』

 

 囚われていたミュウツーが、鎖を引きずったままぱっと死体の傍に瞬間移動(テレポート)すると、亡骸を渾身の力で抱えあげ、円環に飛びこんだ。

 

 あ、と思う間もなく、円環が閉じる。

 

 あまりの展開に、アポロもポケモンたちも、誰も動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで98話。

アシタバの変わり果てた右眼の秘密がちょこっと明かされました。
何のポケモンに唆されているか勘のいい読者の皆様にはモロバレの予感!

アシタバはどこへ消えたのか。
残されたカブルーたちはどうなるのか。

いましばらくお付き合いくださいまし。
よければ感想高評価おなしゃす!
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