ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

99 / 100
第99話 行方不明。

 

 

 

 アシタバが消えた────

 

 その情報は、恐るべき速さで世界中を駆け巡った。

 

 彼は一介の学生に過ぎず、世間に知られた功績などない。ボールが造れるだけの平凡な考古学徒だ。

 

 だが、彼が約10ヶ月旅をして築いた人脈は、決して平凡なものではなかった。

 

 


 

 

⑴エスパー少年とまじめ少女

 

 

 ヤマブキ学院1-Aの教室で、イツキが新聞を机に広げていた。

 

 朝食後、まだ誰もいない教室で朝刊を読むのが彼の日課である。

 優れたトレーナーたるもの世間を知っていなければいけないという担任の言を受け、入学以来実践していた。

 

 といってもまだ6歳だから、読めない漢字だらけではあるけれど。

 

 ともあれ、一面の記事によると、封鎖された銅山・ハナダの洞窟で、四天王ワタルによる大立ち回りがあったらしい。ロケット団の連中をばったばったと薙ぎ倒し、ほぼ全員を警察に突き出したそうだ。

 

 1人2人取り逃してしまったとあるが、それはワタルのせいばかりではあるまい。

 悪党がどれだけ狡賢く、逃げ足の早いものか、イツキはよく知っている。

 

「さすがはワタルさんですね。

 おおきくなったらぼくもこんなふうになりたいな」

 

 呟きながら紙面を捲りかけ、ふと指を止めた。

 

「…………?」

 

 なにか、見過ごせない文言があった気がする。

 

 慌てて記事を読み返したイツキの顔から、みるみる血の気が引いた。

 

「おはようございます。

 ……? どうしたんですの、イツキさん」

 

 級長のツツジが教室に入ってきた途端目を丸くする。

 イツキは震える手で記事を指さした。

 

 ツツジは訝しみつつ目を走らせ──同じところで驚愕し、絶句し、青ざめた。

 

 討伐劇の文末に、こんな一文が添えられていた。

 

 

────なお、同日同時刻に洞窟に入っていたキキョウアカデミーの学生・アシタバ氏(18)が行方不明になっている…………

 

 

「アシタバさまが……行方不明!? 

 どういうことですの!?」

 

「…………」

 

 ツツジの叫びに答えられるはずもなく、イツキは唇を真一文字に引き結んだ。

 

 2人とも、(アシタバ)には大恩のある身だ。

 誇張でなく命を救ってもらった。

 いつか恩を返せるようにと、勉強もポケモンバトルも切磋琢磨してきたのに。

 

 アシタバはいまどこにいるんだろう。

 無事だろうか。

 また会えるだろうか。

 

 そればっかりが浮かんでしまって、イツキもツツジも暫く授業に身が入らなかった。

 

 


 

 

⑵石マニアの親子

 

 

「行方不明? アシタバさんが?」

 

 父親から聞かされた話にダイゴは眉をひそめた。

 

 発掘が楽しいのはわかるが次期社長としての責務も果たせと叱られて、渋々帰った矢先のことである。

 

 ジャケットをハンガーにかけるのももどかしく、青年は父ツワブキに詰め寄った。

 

「どういうことだ? 

 ハナダの洞窟って元は銅山だろう?

 探しきれないような危険な場所が……」

 

 ツワブキは息子の言葉を遮り、淡々と言うべきことを口にした。

 

「ワタル君の指揮下で120人体制の捜索が行われたが、痕跡すら発見できなかったらしい。

 まるで煙のようにフッと消えたとしか思えんそうだ」

 

「……それって」

 

 ダイゴが言わんとすることを悟り、ツワブキが頷く。

 

「ポケモンによる拉致、または逃亡の可能性が高い」

 

 莫大な富を持つ家に生まれたものの宿命として、彼ら親子は物心つく前から悪党に命を狙われ続けた。

 営利目的の誘拐など、未遂も含めれば何回企まれたか知れやしない。

 そしてそういう悪党ほど、エスパーポケモンの“テレポート”を悪用する術に長けていた。

 

 人間を、足跡ひとつ、手垢ひとつ残さずにその場から消し去る。

 そんな芸当はポケモンの力を借りなければ到底成しえないだろう。

 

 現場にはロケット団が居り、何人かワタルの手を逃れたというから、奴らに拐われた線は充分に考えられた。

 

「……潰すか?」

 

 ダイゴの瞳が剣呑な光を帯びる。

 

 デボンコーポレーションの資産と人的資源をもってすれば、たかがマフィア如きいつでも亡きものにできよう。

 これまではホウエンに奴らの拠点がなかったから目溢ししていただけのことだ。

 

 アシタバに手を出したその愚かさは、命で贖わせる。

 

 しかし意外なことに、ツワブキは待ったをかけた。

 

「まだ奴らの仕業かは分かっとらん。

 綿密に調べるのが先だろう。

 軽挙妄動は身を滅ぼすぞ」

 

「……たしかに、オヤジの言う通りだ」

 

 ダイゴの肩からふっと力が抜けた。

 内に熱いものを秘めながら、表面はどこまでも冷徹。

 まさしく鋼のような男だ。

 

 ツワブキは苦笑し、すぐに顔を引き締めた。

 

「この件、お前に一任する。

 アシタバ君の失踪にロケット団が関与しているか、彼はどこにいるか突き止めよ。

 幾らかかっても構わん」

 

「任せてくれ」

 

 ダイゴはさっと踵を返した。

 

 


 

 

⑶老練たる王者

 

 

 今日の夫は、いつになく険しい顔つきで新聞を読み耽っていた。

 ダルマッカと手遊びをしていたミツバが小首を傾げる。

 

「どうかなさったの?」

 

「うむ……」

 

 問いかけにも上の空だ。

 いつも飄々として、何事にものらくらした態度を崩さないこの人にしては珍しい。

 

 さては、彼がいたく贔屓にしているメジャージムリーダーのカブに良くないことが起こったのだろうか。

 

 そっと後ろから覗きこんでみると、見出しにロケット団の文字が躍っていた。

 

(ロケット団……?

 確かカントーを中心に暗躍するマフィアだったわよね)

 

 以前、この島にもちょっかいをかけにきおったと夫が話していたのを思い出す。

 

 頭ごしに読んでいくと、どうやらハナダシティで起きた事件らしいとわかった。

 向こうの四天王がなんとかいう洞窟に潜んでいたロケット団をやっつけたのだそうだ。

 

 めでたい話である。

 なのになぜ、そんなにも難しい貌をしているのだろう。

 

 するとミツバの胸中を見透かしたかのように、夫がぼそりと呟いた。

 

「……アシタバちんが行方不明なんだって」

 

「アシタバ……って、カブさんと一緒にこの道場を建ててくれた?」

 

 夫は振り返りもせず頷く。

 当時は里帰り出産でこの島を離れていたため直接の面識はないのだが、彼が去ってしばらくは寄ると触るとアシタバとやらのことばかり聞かされていたから、もはや旧知の友人とすら感じていた。

 

 どうもその青年は、ポケモンのためならば己の危険など一顧だにしない、若者特有の楽観主義と無鉄砲さに溢れているタチらしい。

 

「あの子は強いけど、危ういところのある子だったからねぇ……またムチャしちゃったのかねえ……」

 

「……探しに行きたいんでしょう?」

 

「そりゃあ、ねえ」

 

 夫がへにゃりと笑い、ミツバも口辺に笑みを浮かべた。

 それができたらいいのにね、という言外の想いが、痛いほど伝わってきた。

 

 世間はもうすぐ開催されるガラルトーナメントの話題で持ち切りだ。

 

 王者防衛期間世界最長の男が今回も防衛なるか。

 はたまた新たな王者誕生という歴史的瞬間を迎えるか。

 

 ジムチャレンジを制覇し見事8つのバッジを手にした少年少女たちが我が夫を倒さんと息巻いているこの時期に、人探しに行きたいから延期してくれなどとワガママをほざける筈もない。

 

 ミツバはポケギアを手に取ると、夫の鼻をちょんとつついた。

 

「そういうことなら私に任してよ。

 腐っても元貿易会社社長の力、見せてあげるわ」

 

 夫──マスタードはぱちぱち瞬きしたあと、深く頭を下げた。

 

「ありがとう、ミツバちん」

 

「おやすい御用よ、ハニー」

 

 リップ音を立ててマスタードの額に口付けたあと、ミツバは猛烈な勢いで電話をかけ始めた。

 

 


 

 

⑷真実を追いし者たち

 

 

 ポケモンリーグ・イッシュ支部の一部屋に、四天王候補生が雁首揃えて座っていた。

 

 みな一様に口を閉ざし、テーブル中央に置かれた新聞を睨みつけている。

 

 最初に声を発したのは、悪タイプ使いのギャンブラー・ギーマであった。

 

「……この件。カトレア嬢は、なんと?」

 

 問われたのはコクランだ。

 彼はカトレア付きの執事であるが、世界有数の占い師である彼女の代理として、四天王の会議に出席する権限が与えられていた。

 

 コクランは静かに首を振った。

 

「何度も占っておられましたが、具体的な現在地は不明との仰せでした。お嬢様は、アシタバ様はこの世界にはいらっしゃらないのではないかと考えて……」

 

 シキミが血相を変えて立ち上がった。

 

「なにそれ……。

 アシタバくん、死んじゃったってこと!?」

 

 傍らに座っていたレンブがシキミの手を抑える。

 

「落ち着け。そうならそうと言うだろうし、ゴースト使いのお前が分からない道理はないだろう」

 

 ゴーストタイプに近しいものたちは、身内の寿命に敏感で、亡くなるとすぐに気づくことが多い。

 夢枕に死者の魂が立つのだそうだ。

 そのシキミが気づかなかったのだから、少なくとも死んではいない筈である。

 

 シキミの瞳に涙が滲んだ。

 

「なら、この世界に居ないってどういう意味?

 アシタバくんはどこにいるの?」

 

 レンブは気まずげに目を逸らした。

 

 まさにそれを、この場にいる全員が知りたい。

 だがどうすれば解明できるのか、さっぱり見当がつかないのだ。

 

 そこへ、赤髪の男がのっそりと現れた。

 四天王の部屋にノックもなく入れるのはこの世に1人きりである。

 弟子のレンブがその名を呼ばわった。

 

「アデクさん!」

 

「うむ。久しぶりだな、皆の衆」

 

 アデクが全員の顔をぐるりと見渡す。

 彼の目の下には、濃い隈が刻まれていた。

 

 無理もない。

 最愛の相棒ウルガモスを喪って、まだ2週間しか経っていないのだから。

 

「お、お身体大丈夫ですかぁ」

 

 泣きそうなシキミに、アデクは淡く微笑んだ。

 

「ありがとうよ。相変わらず心は引き裂かれんばかりに辛いが、いつまでも引き篭ってはおれんでな」

 

 ポケモントレーナーたるもの、相棒と培った日々が長ければ長いだけ、喪失の傷が深くなることを身に染みて知っている。

 14日という時間は、哀しみから立ち上がるにはあまりにも短い。

 それでも行動を始めるアデクに、その場の全員が敬意を表し、(こうべ)を垂れた。

 

 アデクはひとりひとりに目礼を返し、とん、と机に手を着いた。

 

「────さて諸君。我らが友、アシタバが災難に見舞われたらしい。カトレア嬢の“この世界に居ない”というのがどういう意味か、まだ分からんが……」

 

 アデクの瞳が、ギラリと光った。

 

「我らの持てる力全て尽くせば光明も見えてこよう。

 絶対に見つけだすぞ!」

 

 全員が、力強く頷いた。

 

 


 

 

⑸南国の警察官

 

 

「なぁにやってんだ、あの(あん)ちゃんは」

 

 新聞を広げた格好のままクチナシが呆れた声を上げた。

 

 例の事件によって島キングに祭り上げられて以来、棄てられた街(ポータウン)の見張りというそれらしい理由をつけて、駐在所で日がな過ごしている。

 

 平たくいえばサボっているわけだが、文句をつける無粋者はいない。

 前任者──島クイーン・グロリアの恐怖政治から解放してくれた男として、ウラウラの島民に篤く慕われているからだ。

 

 クチナシとしてはそういう特別扱いもむず痒いものを覚えるけれど、前職の忙しさを鑑みれば、昼間から堂々と休めるのは有り難い。

 

 今日も平和な一日になるだろうと大あくびしていたところに、とんでもない事件を知ってしまったのだった。

 

「行方不明ってよぉ……」

 

 ぶつくさ言いながらポケギアの電話帳を開く。

 たしか彼の地には同僚が派遣されていたはずだ。

 通話ボタンを押すと、2コール目に相手が出た。

 

『こちら国際警察のハンサムだ』

 

「おう、オレだよ」

 

『その声は……クチナシか!』

 

「おーよ。オレ様。

 おまえ、まだカントーにいるよな?

 ハナダの事件聞いてるか?」

 

 電話の向こうで、ハンサムが口ごもった。

 

『……聞いている。

 というかあれは、私が引き起こしたようなものだ』

 

「あん?」

 

 ハンサムは一旦呼吸を落ち着けてから、事の経緯を説明した。

 

 ポケモン学の権威・オーキド博士にモモワロウの調査を頼むためカントーに行ったはいいのだが、ボールから出した瞬間から記憶が途切れているという。

 当時の状態を聞く限り、どうも毒餅を喰わされていたらしい。

 

 次に目を覚ました時にはすでに事件が起きており、アシタバの行方が知れなくなっていたと聞いて、クチナシは首をひねった。

 

「……それは、お前さん悪くないんじゃないの?」

 

『そんなわけあるか!』

 

 怒号に近い悲鳴が迸る。

 咄嗟にクチナシはポケギアを遠ざけた。

 

 …………まあ、気持ちは分からんでもない。

 あの毒餅がどれほど厄介か、2人はよおく知っている。

 ハンサムとて十二分に警戒していたろうに、それでもおめおめと喰らってしまったことが不甲斐ないのだろう。

 

 クチナシにすれば、むしろ操られたのがハンサム1人で済んでよかったと思うところだが、今は言わないでおく。

 

 少しの間、沈黙が流れる。

 続きを話した時、ハンサムはもう冷静さを取り戻していた。

 

『済まない。熱くなりすぎた』

 

「気にすんな。

 まあ、1つずつ落ち着いて話そうや。

 なんであの兄ちゃんが居なくなったのがお前のせいになると思った?」

 

『私が失態を晒さなければ、アシタバくんにモモワロウ捕獲の依頼がいくこともなかった。

 彼は私の尻拭いのために洞窟に入り、行方が分からなくなってしまったのだ。

 だから私のせいだと言った』

 

「なるほどね」

 

 まだ少し飛躍している感があるが、筋は通っている。

 だが反省と後悔は別だ。

 やらかしたのなら挽回するのが大人の流儀だろう。

 

「これからどうする」

 

 ハンサムの返答は早かった。

 

『探す。わたしの全てを懸けて』

 

 国際警察として積み上げた知識経験技能、全てを活かしてアシタバを見つけてみせる。

 

 クチナシは、友の揺るぎない決意に頬を緩めた。

 

「オレのほうでも情報は探っとく。

 案外アローラに来てるかもしれねえしな。

 カプ神たちも事情を知れば手を貸してくれるだろ」

 

『クチナシ……すまない、恩に着る!』

 

 通話が切れた。

 クチナシは膝に乗りっぱなしのニャースを降ろし、うーんと背伸びした。

 

「たまには働きますかねぇ」

 

 サンダルをずるぺたんと音立てて引きずりながら、駐在所を後にした。

 

 


 

 

⑹結晶領の王

 

 

 その日。

 アオキはいつもの如く3足の草鞋を履いていた。

 

 四天王、ジムリーダー、営業マン。

 

 元々ジムリーダーは兼業者揃いとはいえ、こうも肩書きが多いのは自分くらいであろう。

 

 1日も早く全ての仕事から解放されたいものだと願いつつ、昼飯を食べに行こうとした瞬間、胸元のポケギアが嫌な振動を伝えてきた。

 

 電話だ。

 

 アオキの眉間に皺が寄る。

 

 同業者や取引先ではない。なぜなら彼らはこんな非常識な時間にかけてこないからだ。

 

 昼休憩の一分一秒がどれだけ貴重か知っている者の振る舞いではない。

 

 つまり。

 このタイミングでかけてくるのは、昼となく夜となく働く癖に休憩の概念が乏しいあの人だけだ。

 

(デスクに置きっぱなしにしていて出れなかったとでも言ってやろうか)

 

 強烈な誘惑に駈られるが、なけなしの理性が諭してきた。嘘がバレた時の方が面倒だ、と。

 

 結局、巨大な溜め息を吐いてから電話に出た。

 

「もしもし」

 

『今日も疲れた声ですねアオキ。ニュースを見ましたか』

 

「生憎忙しくて」

 

『見なさい。いま』

 

 仕方なく職場のテレビをつける。

 まず流れたのはカントー地方ハナダシティにおけるロケット団の捕物だった。

 なぜこんなものを流すのかと思ったら、四天王が逮捕に尽力したかららしい。

 

 もしや自分にも同じくらい活躍しろと迫るつもりかと身構えたとき、ニュースキャスターの言葉に衝撃が走った。

 

 ──この事件で、ハナダの洞窟に入っていたヒワダのアシタバさん18歳が行方不明になっており……

 

「ヒワダの、アシタバ」

 

 おもわず復唱してしまう。

 名前だけなら同名の別人と考えることも出来たが、出身地まで被っているならば、これはもう1人しか居ない。

 

 電話越しの声は、硬い響きを帯びていた。

 

『先週から始まったテラスタルオーブの普及によって、パルデアのバトルシーンは目覚ましい向上を遂げつつあります。その発展に大きく寄与してくださったかの御仁が行方不明になっているならば、我々はいかなる協力も惜しんではなりません』

 

「……?」

 

 アオキは怪訝な顔をした。

 気のせいだろうか、彼女の声が二重に聞こえる。

 

 ばたん、と扉が開く音に振り向いたアオキが絶句した。

 

 電話の主──オモダカ当人がそこに立っていたからだ。

 

「というわけでカントーに飛びますよアオキ。

 準備なさい。全ての業務はストップです。

 あなたの上司には連絡してありますから」

 

「…………承知しました」

 

 言いたいことを飲みこんで、アオキは諾々と従った。

 

 この件が無事に解決したら、宝食堂で胃が破裂するほど食ってやると心に決めつつ。

 

 


 

 

⑺カメラ姉妹

 

 

 カロスからカントーへ向かう飛行機に、2人の姉妹を見出すことができる。

 

 方や栗色の髪を1つに括り、方や金髪を肩のラインで揃えている。

 双方整った面立ちだが、どちらもひどく強ばっていた。

 

 アシタバの失踪を知り、取るものも取りあえず飛行機に飛び乗ったものらしい。

 

「……大丈夫かな、アシタバ」

 

 妹ビオラの呟きに、パンジーが俯いた。

 

 大丈夫よと言ってやりたい。

 可哀想なくらい思い詰めている妹を、なんとか安心させてやりたい。

 

 けれど、根拠のない“大丈夫”は神経を逆撫でするだけだと、記者人生で思い知っている。

 だから彼女は、あえて答えず今後の計画を再確認することにした。

 

「まずはタマムシシティに到着後、まっすぐにハナダに向かうわ。道中で集められるだけ情報を集めてから、現場入りしましょう」

 

「……うん」

 

 妹の手を握りしめた。

 氷みたいに凍えている。

 

 添乗員に毛布を頼み、ビオラを包み込んだ。

 

「ちょっとでもいいから寝ておきなさい。

 空港に着いたら強行軍よ。

 休みたいなんて言っても休ませてあげないんだから」

 

「……ありがと、おねえちゃん」

 

 ビオラは憔悴しきっていながらも懸命に微笑みを浮かべ、目を瞑った。

 

(……それにしても)

 

 分厚く小さい窓の向こうを見つめながら、パンジーは嘆息した。

 

(カロスでカルネさんの誘拐犯にされたかと思ったら今度は行方不明? ちょっとネタを提供しすぎよ、アシタバくん。おかげで私の妹が疲れきってるわ)

 

「お詫びに焼肉でも奢らせてやりましょ。

 ……だから、だから絶対、無事でいてよね」

 

 知らないとこで死んだりしたら許さないんだから。

 

 パンジーはアイマスクを着け、座席に丸くなった。

 

 英気を養っておこう。

 アシタバを見つけてすぐ、どこ行ってたのって叱りつけてやる為に。

 

 

 


 

 

⑻ゼミの先輩

 

 

 キキョウアカデミーは24時間365日(あか)りが消えない不夜の学び舎だ。

 己の研究に没頭するあまり、寝食すら忘れた輩がそこらじゅうを徘徊しているからである。

 

 レホールもまたその手のタイプで、いまは卒論の題材に選んだ“パルデア地方の四災伝説”を調べている最中だった。関連する本を貪るように読み漁り、メモを堆く積んでいく。

 

 四災たちが封じられたと思しき祠の場所におおよその見当がついたあたりで、レホールは筆をおいた。

 

「……ふう」

 

 この仮説が合っているか現地で調べてみたいのは山々だが、さてパルデアの関係者が許してくれるかどうか。

 

 あそこは開けっぴろげな風土とは裏腹に、秘密主義の色が濃い。学術機関をオレンジアカデミー1つに絞り、学者を囲いこんでいることからも、“余所者”にうろつかれたくないのが察せられる。

 

 どこかに居ないものか。

 パルデアの偉いさんと太いパイプがあって、探索しても許されそうな人材は。

 

「…………あ」

 

 小さな声が漏れる。

 いるじゃないか。

 アイツはたしか、あの地方でのみ観測されるテラスタル現象を制御するための道具を作ってくれと言われて招かれたと話していた。

 

 であるならば、きっとそれなりの立場の人間とも関係を結んでいるだろう。

 

「持つべきものは便利な後輩だな」

 

 早速ポケギアで電話をかける。

 しかし、コールが繋がるどころか、無機質な音声アナウンスが流れてきた。

 

 

おかけになった電話番号は電波の入らないところにあるか……

 

 

「……発掘中か?」

 

 山や地下は大抵圏外だ。

 繋がらないのはさして珍しい事態ではない。

 

 だがこの時、レホールはなぜか胸騒ぎを覚えた。

 それがいわゆる虫の知らせだったと気づいたのは、翌朝になってからだった。

 

 珍しく朝からやってきた教授が、レホールに新聞を差し出してきたのである。

 いつもの薄笑いはなりを潜めていた。

 

「読んでください。1面です」

 

 大人しく受け取り、目を走らせる。

 文末を読んだ瞬間、レホールがバッと顔を上げた。

 

「行方不明……?」

 

 教授は真顔で頷いた。

 

「あそこは私も入ったことがありますが、発掘に慣れているアシタバさんが迷うようなところではありません。

 現場にはロケット団も居たというし、奴らに拉致された可能性も視野に入れねばなりませんね」

 

「そんな、マフィアがあいつを拐う理由なんて」

 

「沢山ある。でしょう?」

 

 教授の目が刃のように細められた。

 白皙の美貌が放つ凄味に、背筋が粟立つ。

 

「彼が連れているポケモンはどれも稀少な個体ばかり。

 まして彼はガンテツさんの直孫であり、ボール作りのイロハを叩きこまれています。利用価値は計り知れません」

 

 ────確かにそうだ。

 あまりに身近な存在すぎて忘れていたが、アシタバも、アシタバのポケモンも、並大抵の連中ではない。

 

 裏の世界で開催されているという闇オークションにかければ、果たしてどれほどの値がつくことか。

 

 手の中の新聞紙がぐしゃりと折れた。

 

「……ところで話は変わるのですが」

 

 言うや、教授は懐から細長い紙を取り出し、レホールに向かってヒラヒラ振ってみせた。

 

 カントーのタマムシ空港行きの搭乗券である。

 教授に先んじてレホールが言った。

 

「……卒論の期限延長は可能ですか」

 

「検討してあげましょう。

 もちろん、無期限とはいきませんが」

 

 すれ違いざまチケットを受け取り去っていくレホールの背中へ、教授はにっこり微笑んだ。

 

「経費は全部アシタバさんにつけちゃいましょうね♡

 では道中、お気をつけて」

 

 

 


 

 

⑼親友と恩師

 

 

 ヤマブキ学院の理事長室で、サカキはかつての教え子と向かい合っていた。

 

 アシタバの同級生・マツバである。

 彼は挨拶もそこそこに用件を切り出した。

 いわく。

 

「アシタバの捜索に助力を願えないか」

 ──というものである。

 

「具体的に私のどんな助けを求めているのかね」

 

「率直に申し上げれば、わたしに金銭の援助をお願いしたいのです」

 

 サカキの片眉が跳ねる。

 

「何に使う金だ」

 

「アシタバの行方を追う時の資金にします。

 勿論、お借りした分は利子をつけてお返しします」

 

「…………ほぉ」

 

 サカキは低く唸るや、手を組み、その上に顎を乗せて元生徒を見据えた。

 数多の悪ガキを泣かせてきた苛烈な眼差し。

 肌がひりつくような重圧が場を支配する。

 

 だが彼は、優れた才を持つ選ばれし生徒だけが名を連ねる“特別談話室(エクセルシオール)”のメンバーだった。

 いささかも動じることなく受け止めてみせる。

 

 無言の圧では埒が明かないと見て、サカキは攻め方を変えた。

 

「……捜索中、君の()()はどうする気だ? 

 まさか降りるとでも?」

 

 ジムリーダーという肩書きは、辞めますといって簡単に外せる類のものではない。

 煩雑な手続きと時間を要するのだ。

 

 よしんば辞められたとしても、後釜を探すのは途方もない手間がかかる。

 友人を探す為だけに──いわば、己のわがままのために、関係者へ多大な負担を強いるつもりか。

 

 サカキは無責任な人間を何より嫌う。

 言外に込められた怒りにも怯まず、マツバは堂々と言い返した。

 

「仕事は辞めません。

 プライベートの時間を捜索に充てます」

 

「プライベート、か」

 

 サカキは細く息を吐いた。

 

「では聞こう、マツバくん。

 君にプライベートの時間なんてものがあるのかね?

 挑戦者はひっきりなしにやってくる。

 挑みたくともジムリーダー不在で戦えませんでしたじゃあ、職務不履行と見なされるのがオチだぞ?」

 

「それは……」

 

 マツバがグッと言葉に詰まった。

 

 ジムリーダーという役職のなにが辛いといって、自由時間の得難さだ。

 

 ポケモンリーグ本部は、原則として挑戦者の来訪を拒んではならないと定めている。

 ジムの開放時間も週5日、一日10時間以上と決められており、これを破った場合は重大な罰則が課せられることもあるのだ。

 

 つまり、マツバが自由に動ける時間は、1週間のうちジム休館日の2日間しかない。

 ひと月単位で見れば8日ほどか。

 そんな身空で、どんな捜索が出来るというのだろう。

 

 そう淡々と詰めていくと、マツバは唇を噛み締め、押し黙ってしまった。

 

 普段の冷静沈着な彼なら、この程度の理屈に怯んだりはしない。完璧な理論武装を携えてやってくる。

 

 親友の失踪が、よほど堪えているのだろう。

 

 サカキは立ち上がるや、ごく優しい手つきでマツバの肩に触れた。

 

「──君がアシタバとごく親しかったのは覚えているよ。

 再三再四、彼も特別談話室(エクセルシオール)に入れてくれと頼まれたのがつい昨日のことのようだ」

 

 アシタバのそばにマツバあり。

 そう揶揄されるほど、2人はべったりだった。

 というより、マツバが離れたがらなかった。

 なんの授業でもどこに行くにも一緒にいるから、アシタバが時々本気でうんざりしていたのを記憶している。

 

 だから特別談話室(エクセルシオール)に招いてやった日も、アシタバが居ないのが嫌で仕方なかったのだろう、むっつりと口を噤んでいた。

 長い教員生活で、そんなふうに過ごす子供は初めてだった。どんな子供も、選ばれたという優越感に有頂天になるのが当たり前だったから。

 

 当時のサカキにはアシタバにさほどの価値を見いだせなかったので、どんなにマツバに頼まれてもあれやこれやと理由をつけて退けていた。

 今にして思えば、青田買いしておくべき人材だったと悔やまないこともない。

 

 サカキは耳朶に吐息が触れるぐらい近づき、蠱惑的な声で囁いた。

 

「だが案ずるな。

 四天王ワタルの肝煎りでアシタバの捜索チームが結成されつつある。警察も特別捜査本部を設けると発表した。

 すぐに見つかるとも」

 

「…………もし」

 

「ん?」

 

「もし、それでも見つからなかったら?」

 

 マツバの昏い瞳がサカキの視線を捉えて離さない。

 およそ常人離れした執着心だ。

 

 サカキは辟易しつつも確約してやった。

 

「その時は、幾らでもお前を支援してやるさ」

 

「……そのお言葉、お忘れなく」

 

 マツバはするりとサカキの手から逃れ、足音もなく部屋を出ていった。

 

 充分に遠のいた頃を見計らい、舌打ちをする。

 

 ────アポロめ。

 余計な仕事を増やしおって。

 

 アシタバにはどんなポケモンも捕まえられるマスターボールを造らせようとしていたのに全ておじゃんだ。

 これまでの功績を加味して2、3ヶ月入院する程度の懲罰に留めてやったが……

 

「この土産がなければ殺してやるところだ」

 

 明らかに人間のものではない体液で満たされたカプセルを懐から取り出す。

 失踪の直前に、アポロがミュウツーから採取した血だ。

 

「これがあれば再びM計画を始動できる。

 今度こそ忠実なしもべを造らねばな」

 

 併せて、アシタバの行方も探させよう。

 今度はラムダに指揮権を与えたから、アポロと違って殺しはすまい。

 なに、どこぞの海岸に逃げたことは分かっている。

 さほど時もかからず特定できよう。

 

「早く戻れアシタバ」

 

 我が栄光の礎のために。

 

 

 

 

 

 




というわけで99話。またの名を2部最終話前編。

もちろん、ここに書いていないキャラたち(ガンテツ爺ちゃんやナギさん、カルネさまにカブさんなど)もめちゃくちゃアシタバのこと心配してます。
全員分書くと2万字超えそうだったので端折りました。
愛されてるなあアシタバくん♡

何人かアポロくん怒られちゃうんじゃないのと心配なさってたのでサカキ様からお仕置があったとだけ。いうて3ヶ月入院レベルって結構な大ケガですけどまあしゃーないよね。残当かな。

後編の100話は本日18時にアップします!
よければ感想高評価おなしゃす!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。