if 養護教諭と生徒会長
「如月さん! 今日という今日こそは手当させなさい!」
「お断りさせてもらいます。養護教諭といえど、人に触られるのは好きじゃないので」
救急箱を持った白衣の天使。南愛美が私の根城、生徒会室に乗り込んできた。
「すいませんが今は各部活動の会計監査で忙しいので。後にして欲しいです」
「あなたが人を入れないからでしょう。また変な噂が流れてますよ。隠れて男連れ込んでるとか、この学校の全てを掌握しようとしてるとか」
「暇な阿呆が多いいことで。まあ、それだけこの学校が平和であるということなんでしょうけど」
(ん? 男子テニスの奴ら。また他校のテニス部に遠征か……。強豪ではないが、ここまで予算が少ないのは……。打ち上げ費が高いな)「聞いてるんですか!」
「…………聞いていなかった」
経費の無駄遣いをする部活はあまりないが、今年は文化祭がある。そっちに経費を回せる様に削れる場所は削らねば。
「かいちょー! 野球部とサッカー部がまた揉めてます!」
「大会の近いサッカー部に校庭を譲る様言ってくれ」
「会長! 今からカラオケ行くんだけど、一緒に行きませんか?」
「すまないがパスだ。予定が空いている日を知らせるから、その日になったらまた誘ってくれ」
生徒会室に駆け込んでくる生徒たちと軽く話して返す。
「野球部とサッカー部はいつでも揉めてるな……。まあいい。少し離れてはいるが、市営の球場を借りてもらおう。それで、南先生。話を聞かせてくれます?」
「如月さん。そろそろ生徒会のメンバーを集めないの? きっと少しでも仕事が楽になるよ? あと、さっき階段から落ちて怪我してるでしょ。手当てさせなさい」
「……南先生。私は組織をまとめるのは得意じゃない。それに、人と関わり続けるのはどうも苦手でな」
変な噂が流れているのはもう慣れた。
男を連れ込む気はないし、私の容姿が容姿だ。男など寄りつくことはないし、私も恋愛なんて大変そうなものに手を出せるほど余裕はない。
学校の掌握はもう暇にしている。今更言われても弁明の必要などないだろう。私の公約は〝生徒の自由が保障される学校〟だ。生徒の発想の自由。教育を受ける自由。意思決定の自由。校則の裏をついて敵対者を追放し、その要求を通した。
もちろん、自由のツケとして成績を下げられた者。意外な才を開花させた者。ほぼ完全な実力主義な学校になりつつある。
「辛いことがあったら相談してね。過去を忘れろなんて言わないけど、引きずりすぎるのも良くないよ」
「あなたがそれを言うとは」
「教師だからね」
南愛海。小学生の頃に交通事故に遭い、車が怖い。運転するのもトラウマのせいで難しいそうだ。未だ克服しきれていない先生から言われるとは。
「それに、あの日からあまり寝れてないんでしょう? 今日は特に目元のクマがひどいわよ」
「……余計なお世話だ」
私の睡眠時間など彼女には関係ない。元々睡眠時間が足りないだけだ。
私はあのことを引きずってなどいない。いないはずなんだ。
「気分転換でもしてみたら? 何かやり続けるよりもいいと思うの」
「気分転換ですか……」
如月六花。無趣味。特に好きなことがない。武道をやってはいるが、礼儀作法や精神的成長のためにやっているに過ぎない。
「まさか、趣味がないって言うんじゃ」
「そのまさか。生まれて十七年。私に趣味なんてものはありませんよ」
縛られた生活が長かったからか好きなことなどない。それに、なにかにハマる様なこともない。勉学も運動もやればすぐに出来る様になる。わかる様になってしまう。
つまらないのだ。何をやっても上手くいく。何をやっても壁がない。極めるまで行こうにも飽きてしまう。
「食べるの好きじゃない? だから、何か美味しいものを食べに行くとかは?」
「恥ずかしいことに量がな。財布に優しんないんだ」
食べる量を自分で制限して食べれる人間が羨ましい。
食べ始めたら一定量食べないと食欲が落ち着かず、その一定量になるまでにかなり食べなければ体がもたない。
作業中も飴を舐めていたり、某満足バーやらカロリーメイトやらを食べていなければ思考が止まってしまう。実に燃費の悪い体だ。
「うどんとかはどう? わりかし安くていっぱい食べられると思うんだけど」
「うどん、ですか……」
うどんか。外で食べに行ったことはないな。
「このお店とか美味しかったわよ」
少し考えていると、先生が携帯電話の写真を見せてくる。
「出汁が効いてて美味しいわ。トッピングのネギにも拘ってて、辛味より甘味が強いの。個人的だけど、自家製お揚げのきつねうどんとかも美味しいわ」
気に入っている店なんだろうか。生徒と向き合う姿勢も強いが、うどんを語る姿も中々強い。童顔でふわっとした癒し系の通常時の先生とは大違いだ。
「うどん。好きなんですか?」
「ええ。三食うどんでも構わないわ」
「それは体を壊しますのでおやめください」
うどんが好きらしい。そういえば、彼女の訃報を聞いた時もうどんの話をされたような……。まあ、気のせいだろう。
「あ、この前も話したと思うけど。やっぱり私が連れて行こうか? 駅近くだし、一緒にどう?」
「……教員が生徒と休日過ごしたりするのって原則ダメだった気がするんですが」
「安心して。あれは、生徒と教師の距離感を間違えない様に。言ってしまえば恋愛関係とかに発展しない様にするためのものよ。同性同士である如月さんと私では成立しないわ」
最近は同性同士のカップルが増えてきて一般化しそうな社会だ。別に先生に対して恋愛的興味はないが、立場上大丈夫なんだろうか。
「それに、私はお気に入りのうどん屋さんに向かってて。〝偶然〟お腹が空いたから〝偶然〟おんなじ店に入って、せっかくだから一緒に食べるだけだもの」
「それを計画して実行するなら、それは〝偶然〟ではなく〝必然〟な様な気はしますが……。まあ、いいんじゃないでしょうか。それで、いつ行きますか?」
「今週の日曜日とかどう? 業務も休みだし、朝から時間あるから」
「了解。では、今週の日曜で」
先生とうどんを食べに行くことになった。今週の日曜は予定がないし暇だったはずだ。たまには誰かと何か食べに行くのもいいだろう。
「では、今日はおかえり──」
「足の手当、させてね」
書類を片付けたかったが、否が応でも手当してから出ないと帰る気はないらしい。
大人しく応急手当てを受けて先生を保健室に帰した。
何が彼女を生徒のために奔走させるのかはわからないが、私が気軽に聞いていい様なものではない気がする。
聞ける機会があれば聞いてみよう。
「知りたい。それが学問の始まりだからな」
後悔するがいいさ。徹底的に調べ尽くさせてもらおう。私の興味が尽きるまで。