目の前に人が倒れている。私の手には一振りの日本刀が握られていて、切先から血がポタリ、ポタリと床を濡らしていく。
目の前に倒れているのは誰かの屍だ。名も知らない誰かであり、この村の愚かな誰かだ。
切ったことになんとも思わない。なんとも思えなくなってしまっている私に、彼の死体にかける思いはない。
「おやすみ。あなたの呪いが両面様に届きますように」
屍に刀を突き立てて首を断つ。自身の命を捧げてまで呪いたいものとは一体なんなのだろうか。わたしにはわからない。きっと人間の成り損ないであるわたしには一生理解できないものなんだろう。
「……奇児、奇血、両面様。彼者の
業務的な弔詞を詠み、日本刀を鞘に戻す。
外に出れば、微笑を浮かべる中年男性が待っていた。
「終わったかね」
「……」
わたしは何も答えない。声を出したくもない。わたしの全てを壊したこの男が嫌いだ。
「まあどちらでも良いのです。両面様のご加護を断り、この村から出て行くことにするとは。ああ、嘆かわしい。ご加護を受け、この村から出ることをしなければこのようなことにはならなかったというのに」
私は知っている。これはすべてこいつが仕組み、こうなることを予想しながらこうした。
こいつから感じ取れるのは悪意だけだ。神を崇めているのも自分に益があるからだろう。
「帰りますよ。
ねっとりとした気持ちの悪い視線を私に向けてくる。主にお尻や胸を中心に視線を感じる。
何もせず家でただただ何にもない日々を過ごしていたい。だがそれは無理だ。
私の役目は巫女。
この男の相手をする事ではない。
男を無視して歩いて神社に戻る。受け入れたくなどないが、私を本当の意味で必要としているのは両面様だけだろう。
「…………ごめんなさい」
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「如月さん。交代の時間ですよ」
「……わかりました。今起きます」
目を開けると岳見さんの顔が見える。わざわざ屈んで起こしてくれたようだ。
立ち上がって背を伸ばす。座って寝ていたからかポキポキと背骨が鳴る。嫌な夢を見たが、これは気持ちがいい。
「外の様子はどうでした?」
「特には。相変わらず動物の影はありませんし、ヒトガタも確認してません」
岳見さんから軽く報告を聞いて金網の外側に目を向ける。
辺りは真っ暗だ。学生達が拾ってきたらしいライト以外に灯りはない。
「何かあれば、打ち合わせ通り三発鳴らしてください」
「了解。何もないことを祈って寝てくれ」
眠気はもうない。すぐ側に置いてある日本刀を手に取り周囲を巡回する。
この金網の内側には、木造の小屋とみんなの寝ているコンクリート製の建物だけだ。
見回る場所は元々少ない
(嫌な寒気だ)
別に気温は対して低くはない。適温ぐらいであろう。だが、割と頻繁に何者かからの視線と悪寒を感じる。
ただ気を張っているから過敏になっているだけなのか。それとも、浜辺で突如姿を現した巨人に関係しているのか。
(あの一瞬でかなりの力強さを感じた。次あの巨人と出会ったら私一人では対処しきれないだろう。……最低二人。いや、三人で行動すれば生き残れる可能性が上がるか?)
あの肉塊も中々威力があった。私だから耐えられたが学生達や教員。光は耐えられないだろう。となると、耐えられそうな岳見さんか私を中心に動くのが良さそうだ。
(まず、私と光は同じ班にしない方がいいだろうし。天音みこと今別府ほむらは出来れば分けない方がいいだろう。南愛海は生徒2人と離しても大丈夫だろうが……)
正直、一人の方が動きやすくはあるだろが。全員の生存率を上げるならまとまった方が良さそうだ。……ん? なんだ、あれは……
金網の外側にライトを向ける。すると、毛むくじゃらの何かが立っていた。
苔の生えた石像の様な体に、金色の体毛を持つ異形の獣。
顔には鼻穴らしき器官と大きな口。そして、二つあるはずの目はなく。代わりに大きな赤い目が一つ。こちらをじっと見つめている。
(襲ってくる様子はない。そもそも生き物なのか?)
一つ目の生物は基本的に短命だ。二つ目の生物と比べて視野が狭く、立体視が難しいと聞く。それ故に生存率が極めて低い。奇形である場合ならば脳の異常のために長く生きられない。生きられないはずなのだが……
「神隠しの世界だ。今さら疑問に思うことのものではないな」
ここの野生動物は全体的に体が大きく、気性が荒い。ヒトガタも話を聞いた限りだと発見次第襲いかかってくるそうだし、腕を肩から生やしたりしてくるらしい。
奇形と言われればヒトガタも奇形の人間らしい見た目をしている。大型の獣の様な異形がいて驚くのは今さらだろう。
見た目は犬に近い。オオカミ共の親玉だろうか。
ギョロッ!
「っ!」
目が合った。
ギョロリと動く目が私を捉え、口を軽く開いて唸り声を上げる。
(警戒されているな。あのサイズなら金網程度で時間稼ぎは出来そうにないな)
巨獣の大きさはおよそ三メートル強。HG程度でどうにかできる相手ではないだろう。
灯りで足元を照らし、巨獣から視線を離さない様に一歩ずつ後ずさる。
「グルルアァ!」バキンッ
大きな口を開け、金網に突撃する。突撃と同時に後ろにバックステップで距離を取る。
金網には穴をあけられ、その穴にはまる様に巨獣の顔がそこにあった。
「やっぱり持たないよな……」
HGを足下に向けて三回発砲して敵襲を知らせる。
誰かが起きていれば応援が来るか、逃げるかしてくれるだろう。
ドゴオォン!!
「なに!」
すぐ近くで何か固いものが破壊された音がする。まさか!
音の方を見ると、建物が倒壊していた。
コンクリート製の建物は崩れており、中にいれば負傷は免れないだろう。
「光!」
建物に向かって走る。あそこには休んでいる学生達と岳見さん。光がいる。
『ふふふ。また一人になったわね』
「……お前は!」
建物の上には浜辺にいた巨人がいた。
コンクリートに埋まる不気味な肉塊を持ち上げ、楽しげに笑っている。
『あなたじゃ誰も守れない。だから、みんな死んでいくの。辛いでしょう? かわいそうに』
「……」
憐れむ様な目で私を見るな。奪ったのはお前だ。
『だから死になさい。私が解放してあげる』
「……やれるものならやってみろ!」
日本刀に手をかけた。手をかけたはずだった。
『死ねてよかったわね。彼は神獣なの。ありがたく思いなさい』
薄れゆく意識の中で、そんな声が聞こえた気がした。
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目の前に倒れる上半身だけの女を見下ろす。下半身は狛犬が噛み切った。後ろからバクンッ! と一齧りだ。
『哀れなものね。許されたいから誰かを守る。一人になりたくないから一人になる。かわいそうに』
何故イザナミが如月六花を憐れむのかはわからない。
だが、何か特別。彼女相手の時は力が湧いてくる。
『私と
瓦礫の下にいる人間達に蘇生の術を施して適当な場所に飛ばす。しばらくすれば勝手に目覚めて行動し始めるだろう。
目の前にいる人間は勝手に生き返る。術を施さなくてもしばらくしたら生き返って行動し始めるだろう。
(彼女の甦りの力の元はなんなんだろう。少し覗かせてもらうとしよう)
イザナミの姿を解き、彼女の頭に手をかざす。
バチッ!
(……やっぱり、ボクでは彼女に触れられない。なら……)
神獣の食べた彼女の下半身から垂れる血に触れ、身体を構築する。
遺伝子情報を読み取り、神の力で肉体を精製しその内に入り込む。
「短時間しか出来ないが、今は人だ。記憶、見させててもらうよ」
もう一度彼女に手を伸ばし、頭にかざした。
頭の中に彼女の記憶が流れ込んでくる。生まれた頃から今に至るまでの全てが走馬灯の様に駆け巡る。
「フヒ。そう言うことか。どうりで呪いに対する抵抗力が異常に高いわけだ」
ボクと似て非なる存在。もしかしたら、天音みこよりも有用かもしれない。
「ああ、君の成長が楽しみだ。あははっ!」
人の姿を解いて神獣に如月六花を適当な場所に運ばせる。
彼女の成長が楽しみだ。