あの日の追憶
辺境にある村。
近代国家である日本では、オカルト的、信仰系の土着文化は廃れて行く。
そんな人々の理解できない不可思議を信じて、その村では昔から一柱の神を崇めている。
数々の武勇を持ち、異様な姿。そして、圧倒的な強さを誇ったその存在は。元はヒトであるものの、ヒトから崇められて神へと成り上がった。
それがその村で祀られている神。
両面様の
「六花。両面様に選ばれるなんで凄いじゃない」
少女が一人の女性に抱き締められている。
朝から酒の匂いが充満する部屋で、女性の胸に抱かれる少女は何処か嬉しそうだった。
少女は飢えていた。何に飢えているかなど少女にはわからない。ただ、明確な飢えが少女を苦しめていた。その瞬間だけ、その飢えは満たされたような気がしたからだろう。
「やあ、
女性の後ろから少女の名前を呼ぶ声がする。
声の主は印象の薄い中年の男だった。パッと見ただけでは何も残らない。印象が薄すぎて逆に怪しいまであるほど、特に何の印象も得られない。
にこやかに笑う男は、少女。神代六花に手を差し出した。
「おじさんは、佐藤。
「かみしろりっかです。よろしくおねがいします」
少女が男の手を取った。
その後、巫女になるための修行があるらしく。歳にして五歳の頃。少女は荷物を持って神社に連れて行かれた。
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「来て早速で悪いが、ちょっと修行の準備をしよう。ついておいで」
神社の奥にある道場のような場所に連れられて行き、中に通された。
中は薄暗く、清潔とは言い難い。道場というよりは埃の被った物置のような印象を受ける。手入れなどされておらず、歩けば埃が舞い上がり、一度咳き込み始めると止まることはないだろう。
少女が咳き込み始めると、奥の方からミシッ。ミシッと足音がする。
「ああ、この子が次代の子かい?」
奥から出てきたのはヨボヨボのハゲ散らかした老人だった。
目に生気は宿っておらず、薄くなった頭からは髪の毛が所々二、三本生えてる。
ねっとりとした話し口調の老人は、少女を見るなりヒヒッと笑い。顔を両手で掴んで覗き込んでくる。
「整った顔だなあ。将来は別嬪さんだろうなあ」
「そんなことはどうでもいい。仕事だ」
「へえへえ。わぁってるよ」
男に睨まれた老人は少女の顔から手を離して一本の棒を少女の足下に投げて寄越す。
「手に持て、構えろ」
言っている意味がわからず、一本の棒を拾い上げて手に持った瞬間。「ほい」と言う気の抜けた声と共に吹き飛ばされた。
小さな体は宙に浮き、汚い道場の床を二メートルほど転がる。
突然の衝撃に反応が出来ない。しかし、じんじんと痺れる両手と床に打ち付けられた痛みに涙が流れる。
「ほお、泣き叫ばないか。しかし、反撃の意思はない。磨き甲斐があるなぁ」
ヒヒヒッと笑う老人が少女の髪の毛を掴み、奥へ引きずって連れて行く。
少女は抵抗する様子を見せない。
「これからしばらくは儂と暮らすんだ。仲良くしてくれよ」
動かない表情からは室内の暗さもあってか何の感情も読み取れない。
髪を掴んで引き摺られる様子を遠目から眺めていた男はにこにこと笑っていた。
「神代六花。頑張りたまえよ」
そう言って男は外へ出て行った。
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埃臭い部屋で目を覚まし、少量の五穀米と味の薄い味噌汁を朝食として出された。
成長期には足りないが、三日に一度もらえるかどうかの家にいるよりはいい筈だ。
くきゅうぅぅう──
腹が鳴る。空腹感を抑えつつ、道場。修練場に向かい、ただひたすらに老人が来るまで鉄の棒を振る。
老人が来たら、老人と打合いという名の暴力が始まる。小さな身体では持ち上げて振り下ろすので精一杯だ。
しかし老人は容赦なく少女をしごき続ける。
ある時は足を掴んで投げ飛ばし、木の棒で打ち払い、隙をついて蹴り飛ばす。
抵抗の意思が見られなくなれば攻撃が苛烈となり、痣だらけになるまでしばかれる。抵抗をやめなければ少々手心を加えられる。
構えては弾き飛ばされ。構えては吹き飛ばされ。蹴り飛ばされ、投げ飛ばされ。
そんな日が一年ほど続き、少女が六つになる頃。
「最近、動きが緩いなぁ。やる気がないのか?」
「……」
「うんともすんとも言わんか」
元々口数の少ない少女に呆れてか、老人は手に持つ木刀で少女を殴り飛ばす。
咄嗟に受け止めようと動くが、受け止めることはかなわずそのまま殴り飛ばされてしまい床に転がされる。
「……」ぐきゅうぅうう
「……なんだ。腹減ってるのか?」
少女の腹の音を聞いて老人は呆けてしまった。
まあ、考えてみれば無理もないだろう。成長期。食べ盛りの子供に少量で質素な食事では体力も作れないだろう。
「……お腹、すいた」
「後で何かしら食わせてやろう。だから立て」
最近ない髪の毛がさらになくなってきた老人は少女に話しかけるが、少女から反応はない。
「動かねえならメシ抜きだぜえ」
〝メシ抜き〟。そう聞こえた瞬間、ヨロヨロと立ちあがり手に持っている棒を弱々しく構えた。
「儂に一太刀でも当てられたら腹いっぱい食わせてやるよ」
とてとてと走り、棒を振り下ろす。しかし老人には当たらない。
心なしか、さっきよりも動きが良い気がする。
その日は老人に一太刀も当てられなかった。しかし、五穀米、味噌汁、焼かれたブロック肉と言う食事が出てくる様になった。
とある村に祀られる神。
元は人間であり、あまりにも強すぎる力と数々の武勇から神として崇められている。
英雄と凶賊の二つの顔を持つことから両面様と呼ばれている。
祀られている神としての名は、両面之荒神。両面鬼神とされている。巫や巫女には神の真の名が教えられるらしい。
祝いと呪いは紙一重。祈りであることに変わりわなく、それは神に願って始めて成立するものだろう。
知恵の幼き者達よ。知恵の熟した者達よ。神と人は相容れぬものであることを忘れるな。
人の測りで測る事を愚かと知れ。届かぬからこそ神なのだ。