シクシクと啜り泣く声が反響する。
少女は広い石造りの穴の中に放り込まれていた。
修練場で二年ほど老人にしばかれた後、巫女となるための儀式を始めるらしい。
広い穴の中には二十人ほどの子供が放り込まれていた。
子供達は全員少し痩せており、その様子を時折大人が見にきていた。
「りっちゃん……」
「……」
少女に声をかけるのは同年の女の子だ。
実家の隣に住む女の子。彼女の両親にはよく世話になっていた。
遊び歩いている親の代わりに食事をもらったり、風呂に入れてもらったりした。
「りっちゃん。どうやったらここから出られるかな」
「……」
少女は答えられない。壁に隠された刀を見ながらここに放り込まれる前のことを思い出していた。
────────────────────────────────────────────
「もうそろそろ頃合いだろう」
少女を訪ねてきたのは中年男だ。うすら笑いを浮かべる顔は何とも気味が悪い。
「今日から巫女になるための準備段階に入る。心の準備をしておくと良い」
少し寄れたスーツを着た男が少女を観察し、うんうんと頷く。
「……見た感じ因子も順調に育っているようだ。あとはきっかけさえあれば。フヒッ」
そう呟き、一人でに笑う男。光の消えた目を男に向けるが、気が付いてはいない。考えることに夢中のようだ。
「ああ、これから少し準備があるんだ。1時間後ぐらいに戻るから、その辺で待っていてくれ」
「……」
そう言って男は出て行く。終始無言の少女は手に持っている刃引きした刀を持ち直して振る。
やることなどない。ここにきてからやっていることといえば、一日中老人にしばかれるか、ただひたすら木刀や刀を振るうことだけだ。
最近痛みに慣れてきたのかあまり痛みを感じなくなってきた。生活に慣れてきたのだろう。
小一時間ほどただ素振りをして過ごした。
しばらくして迎えが来た。
迎えに来た男は何処か楽しそうだ。
それから少し歩いたところにある大穴に一人突き落とされた。その後からどんどんと子供達が投げ入れられて今に至る。
投げ入れられた際に怪我をした者は痛みにうずくまり、抵抗心を燃やす者は投げ入れられた入り口を見上げ、心細い者は歳が近そうな子の近くで安心しようとする。大穴の中では一種のコミュニティが形成され始めた。
少女は何処にも所属せず、ただ壁を眺めている。眺めていたところで何か変わるわけもない壁をぼーっと見つめる。
『ああ、君用で壁に刀を仕込んである。それを使うといい』男にそう言われてからずっと壁を観察していた。少し不自然に浮き上がっている壁の向こう側にあるのだろうか。〝使え〟とはいうが何に使うのか。少女はわかりたくなかった。
「かえりたいよ」「お腹すいたよ」そんな子供達の声が聞こえる。少女も空腹感はあるが何も喋らない。隣に座る女の子が話しかけてくるが、少女は小さく反応するだけで返事はしない。
大穴に投げ入れられて一日経てば、子供達は次第におかしくなり始める。
全員気が立っており、近くの子供に襲いかかる者がで始めた。
止める子はいるが、全力で暴れる子供を一人では抑えられない。
女の子は少女の隣で小さくなって怯えている。それを宥めるように背中をさすった。
この状況を打破する方法は知っている。この空腹感を改善させる方法も知っている。だが実行したくない。やりたくない。
「りっちゃん。おうちにかえりたいよ」
「……わかった」
女の子が小さく漏らした願いを少女は聞いた。空腹感で頭は回らない。力も入りにくい。この状況を打破して自分たちだけでも助かる方法。
「………………せっちゃん。と、かえる」
少女がふらふらと立ち上がり、壁を伝ながら違和感のある壁へと移動する。
争う子供たちに巻き込まれないように注意しつつ、石をどかし、刀を引っこ抜く。
(……この感じ。いつもと同じ感じ)
刀を手に取ると、頭が冴えてきた様な気がした。今やろうとしていることがどうとか、やりたくないとかはどうでも良い。
鞘から引き抜いて争う子供達の方へ歩み寄る。
子供達は取っ組み合うのに夢中で少女の持つ凶器に気が付かない。
「りっちゃん! だめ!」
少女のやろうとしていることを悟った女の子が少女に静止の声をかける。が、遅かった。
争う子供たちの内一人がばたりと倒れる。首から血を流し、石畳を血で赤く染めていく。
子供たちが恐る恐る少女を見た。顔を青くし、恐怖に怯える顔だ。
「…………お腹すいた、ね。今、楽にする」
子供の叫び声と共に、大穴は血で真っ赤に染められた。
──そして
「……大丈夫?」
「ひぃっ」
少女と女の子を除いた子供、計十九人は少女一人の手によって殺し尽くされた。
──────────────────────────────────────────────
「素晴らしい。ああ、実に素晴らしいじゃないか」
隠しカメラを介して映し出された光景を見ながら男は手を叩いて笑っている。
虐殺の果てに血濡れとなり、幼馴染に笑いかける少女。幼馴染が引き起こす虐殺を間近で見て悲痛な声をあげる女の子。どちらの娘も最高だ。最高に素晴らしい。
「クク。どちらが欠けても面白いが、この二人だからこそ味わえるだろう。ああ、酒が欲しくなる」
笑みを浮かべる男はとても愉快そうだ。
「幼い二十の生贄。人間の血。あとは受け皿を育てればようやく。…………クク、ハハハハハ」
椅子から立ち上がり、跪く。そして深々と頭を下げた。
「いあ いあ ⬛︎⬛︎=⬛︎⬛︎⬛︎ んがが ん・ががい んがあん」
何かを讃える様に紡がれた言葉の意味など誰も知らない。声を発する男でさえも知り得ないだろう。
「もう直ぐです。もう直ぐでございます! ⬛︎⬛︎様!」
歓喜に似た声をあげ、ふと映像に目を向ける。少女は最後の一人を殺さない。殺す様子がない。
「……やれやれ。面倒ごとはやりたくないんだけどね」
ネクタイを締め直し、大穴へ向かう。
「最後の一人は、最高の死でなければならない」
懐から取り出した銃の残弾を確認し、ニヤリと笑う。
生贄は男が殺しては意味がない。殺すのは少女でなければならない。それ故に、
パァァンッ!!
大穴で銃声が木霊する。男はきっかけさえ与えれば良いのだ。「苦しまないために殺してやれ」と、少女に囁けば良い。
「君が殺したんだ。謝るなよ。だが、実に素晴らしい。巫女になるための儀式は初期段階に入る。これからも精進してくれ。ああ、それと、しばらくはそこで過ごすと良い。これで念願の両面様の巫女が生まれるのだから、村人達も見にくるだろう」
男はそう言って去っていく。
少女はただ一人、穴の中で泣いていた。