かみながしじま〜輪廻を断つ者〜   作:空白零無

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血継ぎ

 

 修練場で生活して三年の時が経った。

 山菜やら老人の持ってくるブロック肉やら魚やらで体付きは年相応ほど。毎日毎日老人とのぶつかり稽古のせいか、身体は引き締まっている。

 ただ、生活環境が劣悪なせいか顔色はよろしくない。

 時折何かを呟いているが、しっかりと耳にしたことがあるものはいない。

 

 老人は相変わらずと言うべきか。

 ねっとりとした話し方は変わらず、日に日に強く打ち込んでは、時折り加減なく少女をしばき倒す。少しでも手を抜いたその瞬間、加減なくしばき倒される。慈悲はない様だ。

 

「おぉう、起きてんなぁ」

 

 食事中に老人がやってきた。何か用事があるんだろうか? 

 

「佐藤のやつが今日は稽古じゃなくて見合いだそうだ。めかしとけよぉ」

 

 見合いとはなんだろうか? 今日は痛い思いをしなくてもいいんだろうか? 少女は黙々と朝食を食べ、老人の話を聞いていた。

 

 老人曰く。今代の巫女と少女の顔合わせだそうだ。そして特別な儀式をするらしい。

 

 着替える服など持っていないが、取り敢えず服を叩いて軽く埃を落とす。

 

「準備ができたら声ぇかけてくれ。連れてってやるから」

 

 準備をしろとは言うが何をしろと言うのか。準備できるほどの荷物は元々持っていない。

 すぐさま手を掴んで軽く引っ張り、案内を催促する。言葉を全く話さない少女に、老人は嫌そうな顔をしていたが特に何も言うことはない。「少し離れてるから、手ぇ離すなよぉ」老人はそう言うと少女の手を引いて修練場から出ていく。

 向かうのは山林の方らしい。

 

「あの……。あそこ、行ったら、ダメって……」

「あそこは聖域があるからなぁ。それに、鬼神様の御神体もそこにあんだ。だから迂闊に近づかない方がいいんだよ」

 

 あまり近づきたくはない様だ。

 崩れた石階段の上を歩きながら山を奥へと入っていく。

 

「今から会う奴ぁ、お前が今からなる巫女の姿だ。ちゃんと挨拶しておけよぉ」

 

 木々の生い茂る鬱蒼とした場所。その奥には別の古びた社があった。手入れはあまりされておらず、しめ縄も縛り目が千切れかけている。

 

「中には一人で行け。儂は入れん」

「……」

「一人で行け」

 

 少女がついてきて欲しそうに老人を眺めるも突き放された。どうしても一人で行かなくてはならないらしい。

 

 一向に動こうとしない少女の腕を掴み、社に向かって投げた。

 ただ痩せこけて弱々しかった三年前とは違い、地面に落ちると同時に勢いに身を任せて転がって受け身を取る。少女は特に驚く様なそぶりは見せない。至って平然としている。

 

「ほら、行ってこい。待っててやるから」

 

 老人は近くにあった木に背を預けて腰を下ろす。

 

「全く。年寄りに山道は厳しいってのによぉ」

「……ありがと」

 

 少女は礼だけ言って中に入って行った。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 社の中も埃臭くてカビ臭い。新鮮さのあった空気を返して欲しい気分だ。

 

「おや、早かったね。もう少しかかるものだと思っていたよ」

 

 社の奥にうずくまっている影が動き出す。纏っている灰色の巫女服が揺れ動き、鈴の音が聞こえる。

 服に鈴が縫い付けられている様だ。シャランッ、シャランッ、と動くたびに音が鳴る。

 

 立ち上がり、振り返り見える顔は青白く。窪んだギョロリとした目が少女を見ている。年老いた老婆だ。

 

「ああ、君か。君が帰ってきたのか……。巡って、巡り廻って来たか」

 

 床畳をギシギシと踏み鳴らし、少女の顔を覗き込む様にしゃがみ込む。

 少女にこの老婆との記憶はない。

 

「ああ、やっぱり君だ。記憶はないだろうが、私が教えよう。おいで……」

 

 老婆に手を引かれて奥へと連れて行かれた。

 奥には四本腕双頭の像が安置されていた。像の足下には大きな器が置かれており、黒い水の様なものが入っている。

 

「これは聖血。両面様。……両面宿儺様に力を与えたとされる存在の血だ」

「……血。痛そう」

「痛みなんて無いよ。彼者は人よりも高位な存在だからね」

 

 老婆が器を持ち上げて口に運び、液体を飲んだ。小さくうめき声を漏らし器を畳に落とした。

 

「これ、持ってくれるかい」

 

 老婆が差し出したものは鞘入りの小刀だった。古びており、年季が入ったものなのだろう。

 刀の柄を持たせて鞘から抜き出す。

 

「儀式を始めるよ。これが終われば第一段階完了だ。頼んだよ」

「……」

 

 特に反応を見せない少女を見ながら老婆は何か小さく呟いた後、唄い出す。

 

「空の上、彼方の者。ここに血をつぐ。人から外れ、外なる者へと至らん。両面のキ児に与えた血。繋ぎメが血を注ぐ」

 

 老婆が刀の刀身を握り、手に傷を作る。そこから流れ出た血を器に垂らし、傷ついた手で少女の頬に触れる。

 

「あたしの後に続いて唱えておくれ。いくよ」

 

「鬼血、帰血。継ぎ女は誓う。

 呪いは水。姿形変え、溶けゆく。

 故に、体に宿し。血と廻す。

 繋ぎ、継ぎ、注ぎ、絶やすことなく」

 

 老婆が唱える言葉に少女の体が震える。その震えは恐怖によるものか。それとも気持ちの昂りによるものか。少女にはわからない。だが、何となく。自分がどういう未来を辿ることになるであろうという予想はできた。

 

「血飲み子、血継ぎの子。

 子に祝福を、子に呪いを。

 ここに先代巫女が継がせる」

 

 老婆が傷口を少女の口に押し当てた。

 

「お舐め。儀式はもう時期に終わる」

「……はい」

 

 少女が老婆の血を一舐めした。そうして儀式は終わりを迎える。

 

 老婆が自分の手に持つ小刀で首を貫いた。

 

「え?」

 

 鮮血が舞い、少女の顔を赤く染める。

 儀式は先代巫女の死によって完成された。

 

「ああ、やっと。やっと眠れる……」

 

 声帯がまだ生きていたのだろう。老婆のか細い声が一瞬だけ聞こえた。

 

 老婆の行動に少女は首を傾げた。

 不思議な感覚だ。体が温まる様な。体の内側から力が漲ってくる様な。そんな感覚だ。

 

「……お空の遠く。に、いる神さま……。おばあちゃんを、お願いします」

 

 気がつけばそう呟き、祈っていた。







 両面鬼神
 両面宿儺とは名ばかりだ。その裏に力を与えた者がいる。そのものはとても古く、この世ができる前からいる古き者。
 原初の神。概念的存在である。
 空の彼方にあり、天界を生み出して眠りについた神。

 古き者。強き神。赤子と共に泣いとくれ。
 猛き者、人の神。弱きの為に泣いとくれ。
 神成者、古き神。嘆きと共に泣いとくれ。
 外の者、夢見神。人夢を見て泣いとくれ。
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