かみながしじま〜輪廻を断つ者〜   作:空白零無

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戻り人

 

「まさか、おめぇがこっちくるとはなぁ」

「私だってここに来る気はなかった。だが、妙な噂を耳にしてな」

 

 客間から離れた神社の裏手。そこでは女性と老人が話をしている。旧知の仲なのだろうか。二人の話様は、友人とも言えるような距離感だ。口や表情に出なくとも、会話からは信頼関係が見える。

 女性がズボンのポケットからタバコを取り出して咥える。

 

「おいおいぃ。俗物に染まりすぎじゃねぇかぁ? そのなりでも、元は巫女だろぉ?」

「何を言う。元巫女ではない。巫女見習いだ。そもそも、人殺しを巫女だと言うここの連中がおかしいんだ。ただの人殺しだよ。私はな」

 

 タバコの箱から弾き出して老人に向ける。老人は首を振って胸に手を当てた。

 

「あんな場所で過ごすから体を壊すんだ。老い先短いなら、一本も二本も変わらんだろ」

「変わるんだなぁこれが。肺がやられすぎて激しい運動も出来やしねぇ」

「はっ。何を言ってるんだか」

 

 老人の冗談を鼻で笑い飛ばしてタバコを吸う。境内でタバコとは如何なものか。

 

「両面様に祟られるぞ」

「あいつは神じゃない。化け物だ。いるなら此処ではなく黄泉の国だろうよ」

 

「現に、死んだイザナミは黄泉に行ったからな」口から紫煙を吐き、くくっと笑う。老人は肩を落とし、禿げた頭を掻いた。少女の前では見えないが、なかなかに苦労していたのだろう。見た目ゆえの気味悪さや不気味さは消え去り、呆れ疲れている様な、少し懐かしむ様に見える。

 

「んで? 何しに来た。噂たぁ言ってたが、何かあったのか?」

「ん? ああ。ちょっとな……。では、少し仕事をするとしよう」

 

 女性は懐から手帳を取り出し、老人に開いて見せる。

 縦開きの手帳に施された旭日章(きょくじつしょう)を見て感嘆の声を漏らした。開かれた手帳にはこう記されている。〝警部 如月(きさらづき)花芽(はなめ)〟と。

 

「警視庁捜査共助課(そうさきょうじょか)所属。如月花芽。木築(きづき)平八。捜査協力を願いたい」

「……警部ねぇ。偉くなったじゃねぇか」

「あまり上に行くと机の上で書類と睨めっこしてばかりだ。私には現場がお似合いだよ」

「これ以上偉くなれた様に言うじゃねぇか」

「実際、昇進の話は来てたんだ。全部蹴ってやったが」

 

 そう語る女性に老人は笑う。幼い頃から知っている故か、少し喜ばしいことの様だ。

 

「捜査共助課ってこたぁ人探しか?」

「ああ。探してるのは神門(みかど)(まこと)。カルト教団〝音と光クラブ〟の教祖であり、児童二十人が誘拐殺人事件の首謀者だ。十年ほど前の事件だが、整理していたら見つけてしまってね。隠れやすそうな都合のいい場所もたまたま知っていたのでね。此処に来てみたわけだ。それに、いくつか近隣での目撃情報もあった」

「ああ、だから来たわけか」

 

 指名手配犯の逮捕。そのために態々辺境の村までやってきた女性に老人は感心する。

 

「居るには居るかもしれねぇが……、心当たりはあるがよぉ。おめぇさん、ストイックすぎゃあしねぇか? 此処に近寄りたくもないし、此処に来るのは危険だってわかってるはずだろぉ?」

「これも仕事だからだ。社会に出ると私情で行きたくないだの、行くはまずいなど言えんさ。それも、治安維持やらで国民からの信頼が大切な職種だと尚更な」

 

 溜息と共に紫煙を吐き出し肩を落とす。割り切っては居るが、あまり機嫌は良くなさそうだ。

 

「だから知っていることがあればさっさと吐け。犯罪者に優しくしてやれるほどの心的余裕は私にはない」

「察が脅したぁ。世も末だ」

「ここの住人の殆どは皆無戸籍。それはおまえもだ。一人消えたところで身元不明の人骨。いや、灰してやるから物になるだけだ」

「恐ろしぃこって」

 

 怒気を纏う女性の言葉を軽く笑い飛ばし、老人は女性に向かって手を出す。何かを要求する様に出した手に、女性は一枚の写真を渡した。

 写真には胡散臭そうに微笑む若いスーツ姿の男だ。

 

「やっぱりか。……こいつぁ、此処では佐藤蓮っつう名で過ごしている。顔も変えてねぇから、此処にしばらくいりゃあ見つかるだろ」

「……情報、感謝する」

 

 怒りを鎮め、老人に背を向けてこの場から離れる。

 老人は声をかけた。よからぬ事をするのではないかと危惧して。

 

「……まだ復讐なんて考えてんのか?」

「ああ、もちろんだ。私の生きる指針だ。わかるか? 変な液体を体内にぶち込まれ、子供の血に塗れる気分がお前にはわかるか? いつになっても思い出す。手がまだ汚れているんじゃないかと何度も手を洗い、返り血で濡れた感覚が。人を斬ったあの感覚が忘れられない。ずっとだ。包丁を握る度に思い出すんだ。刃物を見る度にあの光景を思い出す」

 

 恨めしげに語る言葉には棘がある。しかし、老人は顔色を変えない。

 ただ女性を憐れむ様に見ている。

 

「悪いことをしたとは思わねえぇ。だが、まあ。可哀想だとは思うな。生まれて少しした小娘にこんなことさせてんだ。死んでも儂にゃあ極楽は無理だろうな」

「わかってるじゃないか。私達の様などうしようもないです悪人に極楽は無理だろうな。……あの娘にもだ。もう、手が汚れてしまったのだろう」

 

 そう語る女性の後ろ姿は酷く辛そうだった。自分と同じ境遇。もしくは、逃げ出せた自分よりも過酷な経験をしたであろう少女を見て思うところがないわけがなかった。

 

「……お前達の好きにさせる気はない。無論、村の馬鹿共の言いなりになる気もない。あの娘は私が連れて行く」

「……儂に何か言う権利なんぞありはせんよ。……好きにしろい。儂には止められねぇし、止める気もねぇんだろぉ?」

「よくわかってるじゃないか。この仕事を解決したら、私が少女を。話が通じるなら、両親を連れて出て行く。ではな。私はこれから野宿の準備をせにゃならんし、客間で待つ様に言われているんだ。先に戻るよ」

 

 そう言って女性は客間に戻っていく。

 老人は後ろ姿を見送り、静かに息を吐いた。

 

「……見ねぇ間にでっかくなって一人で抱えやがって。立派なんだか、まだまだガキなんだか」

 

 思い起こすのは女性が幼かった頃の姿。この村で生まれ、巫女として育てられ、本来の後継ぎとなるはずだった少女の姿は、今とはかけ離れ泣いてばかりの弱々しい少女だった。

 

「まだまだ世話焼いてやるか……」

 

 立ちっぱなしのせいで痛む足に顔を顰めながらも表に向かう。

 表ではまだ少女が掃除をしており、箒を片手に空を眺めていた。

 

「おい、祈」

「…………なんでしょうか。翁様」

「今日来た外のやつ、ここにしばらく泊めてやれ。軽く話聞ぃたが、随分彷徨ってたぁそうじゃねぇか。休ませてやんな」

「………………かしこまりました」

「……それに、同じ女だ。儂や佐藤に話せねぇことも、外のやつなら話せることもある。色々聞いとけ」

 

 老人は自分の住む裏山に向かって歩き出す。あまり長いはしない方が身のためだ。長居しすぎるとまた情が移ってしまうかもしれない。

 

「いや、もうすでに移っちまってんのかもしれねぇな」

 

 近日中に老人は殺されるだろう。そんな自分の最後を思い浮かべ、自嘲気味に笑った。

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