かみながしじま〜輪廻を断つ者〜   作:空白零無

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最後の夜

 

「すまないね。食事まで出してもらって」

「……構いません。客人。それも、(おきな)さまの御知人であるならば尚の事」

「あの爺さんを随分好いてるようだね」

「……信頼していますので」

 

 少女の言葉に女性が憐れむ様な目を向ける。不気味な能面のせいで表情は読み取れないが、女性から言わせればあの老人以外信頼できる大人がいないのだ。少女に背負わされているモノも考えると可哀想所の話ではなくなる。女性自身、逃げ出したことを間違いだとは思わないが自分以外が犠牲になっているのを見て心が痛む。

 

「若そうだが、年齢は幾つなんだ?」

「……確か、今年で十一だったと思います」

「かなり若いな。学舎の方はどうだ?」

「学舎、ですか……。すみません、お答えしかねます」

「答えられないなら別にいいさ」

 

 少女が少し考える様に小首を傾げて、女性は予想通り言葉に苦笑を浮かべる。

 この村に学舎。学校と呼べるものはない。あるとすれば、義務教育中の年齢の者達を集めて、村の外から仕入れた参考書などを読んだりする時間があるだけだ。だが、巫女にはその時間も与えられず、如月神社に止まって生活する。

 境内の掃除、祭事、祈祷、厄落とし、全て一人で行うので離れられる時間がない。

 

「食事が済みましたら、少し離れてはいますが天然の温泉が山の方にあります。そちらで身を清めください」

「お言葉に甘えよう」

「……そうしてください。では、私は別室にいますので」

 

 少女は女性の夕食を持ってきて部屋を出ていく。共に食事をする気はないらしい。

 喜べばいいのか、忌むべきかは悩みどころだが。生まれ育った環境のせいか毒物は全般的に効かない。効くとしても人体を数十秒で破壊し尽くすほどの劇毒でない限り陸上で死ぬことはない。

 隠し持っている簡易の毒物検査器で検査をしてから夕食を食べる。体を使って死角を作り、隠しカメラからも見えない場所で検査を済ませてから食事をはじめる。

 

「……やっぱり入ってるよな」

 

 出された汁物を飲んで肉団子を箸で摘み上げる。女性が観察しているのは一つだけ入っている肉団子(つみれ)だ。

 原材料にある程度の想定はついている。今でもプリオン病が発症しないかは謎だが、神の血を取り込むことで何かしらの影響があるのだろう。

 

 取り乱しはしないが、箸で避けておく。肉類は苦手だし、食べるとしても自分で加工してからでなければ安心して食べられない。

 黙々と食事をしていると、客間の戸が開き。一人の男が入ってきた。

 

「おや。お客様ですか」

「お邪魔させてもらってます」

 

 田舎の村では少し目立つであろうスーツ姿に、胡散臭そうな顔。神門信(佐藤蓮)。ターゲットだ。

 

「珍しいですね。村の外からのお客様だなんて」

「そうみたいですね。どこを歩いていても物珍しそうに見られますから」

「……どうやってここまで?」

「どうやってと言われましても。私、行き当たりばったりの旅行が好きでして。山中や海沿いなんかを気ままにドライブするんですけど、車はガス欠になっちゃって。ロードサービスを呼ぼうにも携帯は圏外だし、助けも呼べないしで山中を彷徨ってまして」

 

 女性がここに至った経緯を話す。実際はガス欠なんてしてないし、山中を彷徨っていたなんてことはない。本当なのは携帯電話が圏外だというだけだ。

 

「なるほど。では、もうしばらくこの場所に止まるといいでしょう」

「いえいえ。明日の朝にはここを出る予定ですよ。明後日からはまた仕事ですし。何より、やる事がたくさん有りますから」

「それは、お仲間への人員要請ですか? 私を捕まえるための」

 

 そう切り出した男。うすら笑いを浮かべるのをやめ、細く澱んだ視線が女性を突き刺す。

 

「なんのことです?」

「とぼけなくとも。……いえ、なんでも有りませんよ。ここにいる間、あなたは動けない。動けないのであれば、なにをどうしようとかまわない」

 

「食事中に失礼したね」男はそう言って戸を閉めて出て行った。女性のことは本当にどうでもいい様だ。

 実際、女性はこの村で行動を起こすことはできない。起こそうと思えば起こせはするが、後がどうなるかわからない。過去を掘り返されれば監獄どころでは済まないだろうし、生きていたとしても世間一般的な生活は無理だろう。それは、別の部屋にいるであろう少女も同じだ。年齢的に実名報道や個人情報が明るみに出ることはないだろうが、女子少年院行きはほぼ確実だろう。

 女性の過去を知ってか知らずか、男には余裕があった。

 

(私には捕まえられないのか)

 

 目の前にいるのに手錠をかけられない。無理矢理逮捕はできるだろう。しかし、ここは男の支配(洗脳)下にあると言って良い場所。一人の拘束は無理だろう。ここの住人達の狂い具合はよく知っている。

 

「……クソッ」ミシッ! 

 

 嫌な音を立てて持っていた箸が歪み、嫌な音がなる。

 我に返って箸を見ると、まだ割れてはいない。が、細かな罅が入っている。

 

「後で謝っておくか。……さて、説明はどうしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今夜に神降しをすると?」

「ええ。もう頃合いでしょうし、如月祈。貴方の器なら既に両面様を降ろせる程になっているはずです」

 

 自室で本を読んでいる少女は、突然やってきた男にそう言われた。

 

「この前はあと一年程だと言っていませんでしたか?」

「成長期の人間は器の成長も早いですからね。思ったよりも成長していた。それだけのことです」

 

 いつもの様に淡々と話しているが、少女には何処か不自然に思えた。根拠があるわけではない。しかし、男が焦っている様に見えた。

 

「言っておくが君に拒否権はない。我々は呪いから解放され、長く自由に生きたいのですよ」

「……わかりました。準備しておきます」

 

 儀式に必要な物は全て神社の宝物殿に置いてある。あとは、それを祭儀所に持って行けばいい。

 しかし、意外と必要な物は多いので人手がいる。

 

「……手伝ってくれるでしょうか。いいえ。外の人にお願いするわけにはいきませんね」

 

 本を棚に戻し、部屋を出ていく。神降しをすると言うことは、少女はこの部屋に戻ってくることはもうない。しかし、失敗した場合、後任が困らぬ様に部屋はある程度片付けてあった方がいいだろう。

 

 本以外に何も置かれていない部屋。主を失う部屋は何処か寂しそうで、明かりが灯っているにも関わらず暗かった。

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