あるかもしれないエンディングですので、小説自体はまだ続くにゃ
赤黒い霧のかかる平野で激しい死闘に決着が着いた。
「はあ、はぁ。…………これで、終いだ!」
『グゥ、アアァァ!』
顕現体に与えた負荷で動けなくなったヒルコの顔に、右手を突き刺し、ヒルコの後頭部を掴んで無理やり引っこ抜く。
無理矢理に引き剥がされたからか、ヒルコの埋まっていた場所から呪いで穢れたドス黒い血が飛び散る。本体であるヒルコを失い、状態を保てなくなったのか。それとも、ヒルコ自身の力が弱まっているからかは定かではないが、大きく不気味な体はボロボロと崩れていく。
「私の……、勝ちだ。ヒルコ」
『カミであるボクが人間に──』
首だけになったとはいえ、国造りの神の子。人一人を殺すことなど容易いことだ。容易いはずなのだが、
「学べよ。……私に呪いは通じない。それも、神の成り損ないでしかないお前の神通力ぐらいなら、今の私なら弾ける」
『忌々しい力だ。とんだ皮肉だね。カミへの対抗手段が、お前の嫌う神の力がないと勝てないなんて』
「言ってろ。嫌いなモノでも使えるなら使う。それが外法だろうが、忌み嫌う神の力であろうが。私が扱えるのであれば私の力だ」
引っ掴んだヒルコを取り落とし、膝から崩れ落ちる。体力的にもう限界なのだろう。
戦いの最中は覚醒していた呪印のおかげで、内に宿る神の力を引き出して使っていた。そのため、呪力と神通力で体を外側から補強して動かしていた。だが、実際のところは両足は骨折しており、良くて粉砕。運が悪るければ粉砕どころか足は潰れていて修復は不可能だろう。
「正直、もう立ってられるほどの体力はないな」
『……もう逃げないよ。この姿じゃ、どう足掻いても逃げ切るのは無理だ』
「嘘つけよ。ある程度の余力はあるんだろう?」
『姿を保っているための。だけどね』
私もヒルコも力は使い果たした。残機もないので無理やり回復させるのも出来ない。
「約束は果たさせてもらうぞ」
『好きにしなよ。もう時期に消えるんだ。神へ手を掛けた人の最後だ。楽しませてくれよ』
ヒルコを頭の上に掲げ、握り潰した。
体全身に虫が這い回る様な不快感。神々とその造物である人への呪詛と悲痛な叫び声が織り成す不協和音。腐り落ちた肉の放つ様な腐臭に、喉を焦がす様な熱と酸味と苦味の入り混じった様な味。
具体的に表すなら、大量の虫がいる箱の中で黒板を引っ掻く音と無数の赤子の鳴き声を同時に聞かされつつ、熱された他人の吐瀉物をそのまま飲み込むんだような気分だ。
「うっ! やっぱり気持ち悪いな。吐きそうだ」
不快だ。実際に飲み込んだわけでもないのに舌に残る様な感覚の余韻に顔を顰める。胃袋の中に吐き出せる様な物は入っていないが、この際胃酸だけでも良いから吐いてしまおうか。
「……いや、そんな暇はないな。あの子達が待ってる」
取り落とした日本刀を手に取り、首に当てる。冷えた刃が皮膚を薄く切り裂き、少しヒリヒリする様な感覚ある。
自分の首に刃を当てるなんていつぶりだろう。きっと、彼女と共に自害を図った時以来か。それとも、あの地獄を過ごした日以来か。どちらも死にたくて。消えてしまいたくて首に刃を当てたが、生きるために刃を当てる日が来ようとは思わなかった。
「呪印はもう発動しないだろうが、一応言っておくか。⬛︎血回⬛︎」
刀を引き、自らの首を断った。
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「ようやく来たか、
「浮気調査してたからな。張り込んだりバレない様に追跡するのは大変なんだよ」
一人の天才の為に存在している研究所。机の上にはさっきまで読んでいたであろう古事記や日本書紀が置かれている。
私が到着しているタイミングを知ってか、作業台の方には注射器と採血管。絆創膏と消毒用のアルコールなどが置かれており。八意胡桃がゴム手袋を手に嵌めている。
「僕を平気で待たせるなんて、どれだけの損失だと思っている。時は金なりと言う言葉を知らないのか?」
「時は金だが、有効活用出来なかったのか?」
「お前が来るまでに例の物を調整をしていたさ」
早く座れと言わんばかりに私を睨みつける。早く研究を進めたいのだろう。神の研究にしても、呪いの研究にしても、被検体であり試料である私の協力があるのと無いのでは進み具合も違うだろう。
作業台近くの椅子に腰を下ろし。袖を捲って採血台の上に乗せる。そして、いつもの様に軽く固定してから義手で腕に注射針を刺す。
「……やっぱり、安全だとわかっていても。義手でされると怖いな。手元が狂うんじゃないかとひやひやする」
「別に狂わせても良いんだ。今日は間違って多めに抜くかもな」
「それは勘弁してくれ。この後はデスクワークなんだ」
あの島で一時期一緒だっただけ。それだけだが、結構話す様になった。
島から出てもこうして会うことも多く、光よりも高頻度で会うんじゃないだろうか。
「……あの島を出てから約半年、か」
「何を懐かしんでいるんだ。たかだか半年前だろう?」
あの島。
帰還してからしばらくの間は、〝神隠しからの生還者〟としてマスコミから追われる毎日だったが。半年も経てば話題も変わり、マスコミに追いかけ回されることもほとんど無くなった。
だが、相変わらず世間は八意胡桃や天音みこ、雨野ひなた、桃園ありすと言った元々著名な者達は今でも話題に上がる事が多い。多いのだが、一部ネットでは南愛海が可愛いと話題になり。〝保健室の天使〟としてちょこちょことネットで話題に上がる。つい先日、呪印の後遺症を見るためにあった際、共にうどんを食べに行った時にSNSですこし話題になっていた。
「呪痕の調子はどうだ?」
「相変わらずだ。特に変化はない」
「ならいいんだ」
私達に刻まれた呪印は、ヒルコを封印したことにより機能を失って。あそこにいたときの様な特殊能力は使えなくなったし、体の頑強さも失われた。今では非活性状態の呪印が体に刻まれている。
しかし、その呪印痕。
だが、呪いが刻まれていた痕であり、負の感情や周囲からの悪意を吸収してしまう様なので専門家として定期的に全員の呪痕を見ては集めてしまった呪いを
「呪印が残っていれば、お前の体を借りて実験なんて面倒なことしなくて済んだんだがな」
「羨ましいのか? 腹にかなりの不快感を感じ続ける上に、封印の都合上。常に体を内側から蝕まれる。上半身はまだなんとか無事だが、下腹部。丹田あたりの鈍痛はきついぞ」
生理とは違う痛み。というか、内側から体が壊れて行っている。
呪いを人の身に宿し、封じるのはある種の自殺行為だ。しかも、封じているのが神の落とし子であれば尚更。触れるだけで人を壊してしまうほどの存在を取り込んでいるのだ。私でなければ封印している時点で死んでいることだろう。
「入れ物の調子はどうだ? 上手いこと言ってるか?」
「僕を誰だと思っている。上手くいってない訳がないだろ。欠伸が出そうなほど順調だ。だが、人のクローンを作る発想はあった。でも、人に近い人形を作ると言うのは考えていなかったよ」
「倫理的にどうかとは思うが、君の倫理観が一部欠けている様で良かったよ」
「褒めるなよ。褒めても余計に血を抜くだけだぞ」
それは賞賛されて嬉しいと言うよりは、何かしらの嫌がらせか報復じゃないだろうか。まあ、全身の血を抜かれたところで残機が減るだけだ。一度ぐらいは普通に生き返れるだろうが、後幾つ残機があるのかわからないのでやめてもらいたいところだ。
刺していた注射の針を抜き、消毒をしてから絆創膏を貼ってもらう。採血は済んだ様だ。
「今回の分はもう終わりだ。そこの冷蔵庫の中に市販の水とこの僕特製の豚レバーとほうれん草の炒め物がある。適当に食べていけ」
「毎回悪いな」
「悪いと思うな。お前の血液量の管理は必要だからやっているだけだし、それがお前への対価だ」
「なら遠慮なく」
持ってきてくれるなんてことはない。食べたいなら自分で動けと言うことだろう。立ちくらみでふらつく体で研究室の冷蔵庫を開け、タッパーに入った炒め物を取り出し、水の入ったペットボトルを一本もらう。
「米はないのか?」
「無い。そのまま食え」
お米はないとのことなので、割り箸をもらって炒め物を食べる。マッドサイエンティストというか、ヤバそうな研究者が作る食事は大抵不味かったり、見た目がアレだったりするのがお決まりだ。しかし、八意胡桃は違う。タッパーに入れられてあるのに盛り付けが整えられており、味も美味しい。変なところで凝っている。
以前気になって聞いたところ、LINKのCEOに賞賛されたいがために料理ができる様になったらしい。実際、かなり賞賛してもらえて当時は満足だったそうだ。
「日常の食生活はカップラーメンや栄養食ですませる様な人間なのにな」
「なんだ。文句でもあるのか? 僕はお前に栄養食を出してやってもつ良いんだ。それとも、鉄分を効率よく摂取するためだけに開発した薬品を体内に流し込まれる方がいいか?」
「いや、遠慮させてくれ。普通の食事がいい」
胡桃はパソコンでなにか作業をしつつ、私の血液に管理番号を割り振っている。
私も天才と呼ばれてはいたが、ここまで色々手を出したことはない。いや、手を出すつもりも毛根ないが少し羨ましく思う。
「……よし。ついてこい。少し実験と行こうじゃないか」
「まだ食べてるんだけど?」
「後にしろ。どうせ冷えてるいんだから、後1時間経とうが2時間経とうが変わらんさ。返って、少しは暖かくなっているんじゃないか?」
胡桃に連れられて奥へ行く。
人が本来持たざるモノ。呪いを見に宿し、そしてそれを継いでいくのが私の──
研究室の奥。梯子を降りてロックを解除した先には、円筒型の大きな機械があり。怪しい溶液の中に人型のナニカが浮かんでいる。
「かなり順調みたいだね」
「僕は天才だからな。半年で完成させたこの頭脳と技術を存分に褒め称えたまえ。……まあ、この研究が日の目を見ることはないだろうが、試料が増えるんだ。結果オーライというやつだ」
義手に内蔵している遠隔操作機能で機械を操作している様で、ゴポゴポと水音が鳴り、溶液が抜けていく。
中に詰まっていた溶液が完全に抜けきり、べちゃりと人型が体勢を崩して這いつくばる。生きているのか四肢に力を入れてもぞもぞと動き、首を動かして此方を見てくる。
「やあ、半年ぶりだな。産み直された気分はどうだ?
────ヒルコ」
A―産み直し