薄暗い部屋の中。奥には小さめの祭壇のようなモノが設置されている。
人型で四つの手を持つ二つ首の像。インドの神様っぽい像が置かれている。
『六花。私の愛の証明のために――』
包丁を持った母。それを見ながら酒を飲む父。そして、私の目の前でニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべた知らないおじさん。
母が私を押さえ付け―――――――――。
目が覚めた。どうやら寝てしまっていたらしい。
「嫌な夢を見たものだ」
今の自分がどんな顔になっているのか考えたくない。洞窟の奥にある湖で顔を洗う。水面に映る顔は能面のように感情が読み取れず、赤い瞳がこちらを見ている。
「酷い
水面に浮かんだ自分を呪ったところで過去は変わらない。濡れた顔をハンカチで拭き、その場に座り込む。
何か変な現象が起きたとか、何か予兆があったとかそんなことはない。気がつけば神隠しに遭っていた。
怪談では、何か予兆があったりするモノらしいが、そんなものは見受けられなかった。
まあ、兎に角。私は不可思議に遭遇している。そして幸運なことに、隠れやすい洞窟が近くにあってそこで夜を明かした。
食糧はまだ確保できていない。何かしら食べられるものがあることを祈ろう。
「そろそろ動くか。隠れてばかりでは現世に帰る術も見つけられない」
立ち上がり、ズボンを叩いて土や砂利を落とす。人間三日は何も食べなくても何ら問題はない。何なら水分があれば意外と生きていける。試したことがあるので間違いない。
他の生存者を探すべく洞窟の外へ出る。太陽光を浴びて暗い気分を晴らし、洞窟付近を探索する。
前日に軽く見て回った時は、目覚めた時間帯的に暗くなり始める頃だったのでよく調べることは出来なかったが、午前中の今ならいくつか調べられることがある。
まず一つは植生。この場所がどのあたりなのかを把握するのに必要だ。草花はある程度決まった環境で育つ。草花の種類が分かればこの洞窟がどのあたりなのかかわかるし、野生動物の有無を知ることもできるかもしれない。
動物は貴重な食糧になってくれる筈だ。
「とは言っても、罠の材料がないんじゃどうしようもないんだが」
探索してはいるものの罠の材料が無い。
蔦植物は見当たらないので、野草を編んで縄を作ることは出来る。だが、肝心のバネ代わりのものがない。
私が作りたいのは、くくり罠と呼ばれる物で縄で動物の足を括って動きを止める。そしてその動物を槍でついたりして殺す。と言うものを作りたいのだが……。
「理想を言うならイチイか竹があれば嬉しかったんだが、……なさそうだな」
溜息が出る。
イチイと竹は、非常にしなりやすく粘り強い。そのためイチイは弓の材料に使われ、竹は籠や笠、簡易武器に使われている。両者とも何かと使えるので、手に入れたいところだ。
「ん? アレは……」
罠に使えそうなものを探していると、何やら枯れ木の根元に黄色い箱が置かれていた。
サバイバルをしていたら見つけた明らかな人工物。枯葉を被ってはいるが古そうな感じはしない。
「コレは、……LINKのダンボール箱? なぜ?」
LINK。あまり詳しくは知らないが、通販サイトだったか、なんだったかだった気がする。
ダンボールは強化ダンボールのようだ。ある程度の耐久力はありそうだ。何かに使えるかもしれない。
枯葉を払い落とすと、ダンボールは紙テープでしっかりと閉じられている。中に何か入っているんだろうか?
爪で紙テープを剥がし、開封する。なんだかこの行動に既視感を覚えるが、どうせ気のせいだ。既視感、デジャヴというのは視覚情報を脳が処理する上での誤差で起こるものだ。気にしたところで何かあるわけではない。
ダンボールを開くと中には黒鞘の日本刀が入っていた。
ダンボールから取り出し、鞘から刀身を少し出して状態を確認する。特に錆ている様子はないし、ある程度の手入れはされていたようだ。
(何故ここに刀が? 長さは大体七十センチぐらいの打刀。真剣を持つのは初めてではないが、扱えるだろうか)
武器があるなら護身用で使いたいが、野生の動物相手に上手く立ち回れるか不安だ。しかし、武器も持たずにサバイバルをするのも余計な神経を使う。
「……念の為、持っておくか」
護身用ではあるが、コレがあれば何かを採取する時や食材の解体に使えるだろう。一度、洞窟に帰って物を置こう。流石にダンボール箱を持って移動するのは疲れる。
食糧は手に入れられなかったが、代わりに武器を手に入れた。何が起こるか、何があるのかわからない世界での生存率が少しでも上がってくれるとありがたい。
洞窟にダンボールを持ち帰って少し休憩する。体の様子がおかしい。ここで目覚めた時から謎の倦怠感があり、気力もあまり湧いてこない。
食事でもとって英気を養いたいところだ。
探索してわかったことがある。ここは山のすぐ下にあるということ。そして、枯れ木と枯れかけの雑草ばかりでまともな植生はわからないということだ。
結論を言おう。特にわかったことはない。目覚めた時は霧が出ていて探索しづらかっただけで、斜面を歩いていることは分かっていたし、洞窟周りの木々は枯れかけのものが多かった。実質収穫なしだ。はあ……。
そこまで関係ないが、収穫と言えるかもしれないのはダンボールの中身だろうか。
「あの企業はだいぶ黒い商売でもしているのか?」
手元に置いてある日本刀を手に取り、刀を抜く。鏡のように私の顔を写し出し、角度を変えれば美しい波紋が見られる。ダンボールの箱に軽く乗せながら引けば、吸い込まれるように刃が沈んだ。
日本では刀剣類、銃火器類を厳しく規制されている。それの販売となるとかなり大々的にしょっ引かれる筈だ。帰ったら調べることが増えるな。
「いや。可愛い後輩に垂れ込んだ方が楽かもな」
企業に侵入する記者なんて後輩ぐらいだろうし、一企業の闇は裏側や他企業との繋がりで芋蔓式に暴かれるなんてことは割とある。
私が調べるよりも彼女に頼んだ方が彼女にも美味しいだろう。
(そういえば、しばらく連絡がつかないが元気にやってるだろうか)
ズボンのポケットからスマホを取り出す。
電源ボタンを押しても起動する様子はない。壊れたのか、不可思議現象の影響でおかしくなったか。それとも、単に充電が切れてしまっただけなのか。
しばらく休んだ後、食糧探しに出かける。今日見つけられなければ明日も飯抜きになりそうだ。
山菜には詳しくない。食べられそうな物があればいいんだが……
洞窟から出て、太陽を見る上げる。日はそこまで傾いていない。お昼過ぎあたりだろう。今いる洞窟は山の影にあるため、長く出歩くことは出来なさそうだ。
*1
かあぁぁ! かあぁぁぁぁぁあああ!
「……カラス、か?」
洞窟から出て少し歩くと、木の上にカラスが止まっていた。
大きくも小さくもないカラス。しかし、異様な雰囲気を放っている。
体が赤黒く染まり、目が赤く光っている。全身に黒いモヤを纏った異様なカラス。そのけたましい鳴き声に悪寒が走る。嫌な予感がする。
フゴ、フゴッ!
「……こういう時の予感って当たるよな。まったく」
前方から何かが走ってきた。遠目に見えるそれは――イノシシだ。それもかなり大きい。ここまでのサイズを見たのは
(ん? 二度目?)
不意に頭痛に襲われ、視界が揺らぐ。
今集中を切らし、イノシシの行動を把握しておかないと攻撃のタイミングを合わしきれない。
気持ち悪い。まったく、「なんて日だ!」と叫びたいところだが、他の動物が来ても面倒だ。日本刀の柄に手を添え、臨戦態勢をとる。カラスに呼ばれてやって来たであろう巨大イノシシ。相手にしたくないが生き残るためには相手取るしかない。
あと、出来ればシカなら嬉しかった。一度深呼吸を挟んで心を落ち着かせ――
「よし、ポジティブに行こうか。――お前は今日の晩飯だ!」
イノシシがこちらに突っ込んでくる。居合の構えをとり、タイミングを合わせて刀を抜き放つ。切るのは鼻だ。
どの生物も基本的に鼻は急所扱いを受ける。神経が集まりやすく、皮膚が薄いこともありいくら大きなイノシシでも切りつければ怯みはするだろう。まあ、怯んだところで逃げはしない。逆上して滅多撃ちにされるだけだ。
だが、今は武器がある。怯んだ隙に倒し切れれば問題ない。
鼻を斬られて怯んだイノシシに追い撃ちをかける。
素早く刀を引いて刀を目に突き刺す。突き刺した瞬間、イノシシが暴れ回り片目の視界を完全に遮断した。
暴れるイノシシが後ろに下がった。暴れられると流石に近づけない。あっちは数回耐えられるだろうが、私は一撃が致命傷だ。
「仕留め損ねたな」
本当は目の奥に突っ込みたかったが、踏み込みが甘かったのか骨を砕いて突き進めることは出来なかった。
イノシシはこちらを睨みつけ、突進の構えをとっている。カウンターを狙ってもいいが、逆上したイノシシは止まらない。次こそ一撃で仕留めなくてはいけない。
バババババッ!
イノシシがこちらに攻撃しようと突っ込んできたタイミングで、射撃音が聞こえる。イノシシが一瞬だけ怯み、何発が弾丸が打ち込まれたあと、そのまま横に倒れた。足を痙攣させている。ちゃんと死んでいるようだ。
「大丈夫ですか!」
銃。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「そうですか。ならいいのですが……。聞きたいことがいくつかありますが、それは後ほど。いつ襲われるか危険ですので移動しましょう。血の匂いにつられて肉食獣がよってくるやもしれませんし」
私は彼女を連れて拠点(仮)の洞窟へと案内した。