砂浜から見えるのは、深い霧と黒く濁った海。
百メートル先ぐらいからは赤い霧なのか、赤いモヤがかかっていて何も見えない。
狼煙を上げても無駄なのではないだろうか。空も厚い雲が覆い、相変わらず天気がいいとは言い難い。
「私が目覚めたのはこの辺りですね」
岳見隊員が白すぎず、黒すぎず、灰色がかった薄い黄色の砂上を走る。立ち止まった目の前には、人が倒れていたような痕跡は残っていない。まあ、砂は動きやすい。少しの凹みぐらい、一日も経てば周りと変わらないぐらいになるだろう。
「この辺に……」
岳見隊員が屈んで何かを探している。何かここに置いてきたものがあるんだろう。
波打ち際に向かい、魚影を探す。
海は苦手だ。暗い海は特にだ。背筋が凍るというよりは、突然に氷点下の中で背中に冷や水をかけられた時のような。見ていると叫び声をあげたくなる。ストレス発散ではなく、恐怖のあまりではあるが。
(『呪いは水の様。形を変え、全てに溶け行く』。か……。忌々しい言葉だ)
両親のハマった新興宗教の教え。忌々しくも脳裏から離れない言葉達が頭蓋を這い回る。気持ち悪くて吐きそうだ。眠気が酷くなる。
軽く背を伸ばしてもう一度海を見る。
ゾクリッ
「っ!」
思わずその場から退くように回避行動を取り、日本刀の柄に手をかける。
海を見た途端に嫌な気配を感じた。ドロドロしたような。粘度の高い、べっとりとしたような悪意の籠った視線。
離れた直後から激しい眩暈、頭痛、吐き気に襲われるも歯を食いしばり、無理矢理堪える。
「どうかしましたか?」
「……岳見隊員。何か感じませんか?」
岳見隊員が異常を察知してか、こちらへやってきた。
私の質問に対しての返答はない。特に何も感じてはいないらしい。
「これをどうぞ。念の為に砂浜に隠して置いてあったものです」
岳見隊員の手には一丁の
系統は
「ここにいた時に携帯していた物の一つで、防水してあったので問題なく使えると思います。装弾数は十二発。残弾数は二十四発あります」
マガジンの取り出し方と取り付け方を教わり、残弾数と装填されてある弾数を確認する。残弾数は二十四。素人目ではあるが、銃の状態も悪くはなさそうだ。
確認を終え、もう一度海に目を向ける。
今度は何も感じない。あるのは水への恐怖心と嫌悪感だけだ。
(気のせいであれば良いんだが……)
目を背け、砂浜に目を落とす。何か食べられる貝類がいるかはわからない。波打ち際で砂を掘りながら、地道に探すしかないだろう。
「食糧探しはお願いします。私は狼煙をあげる準備をしてきますね」
「地道にやってみますよ」
道中に話し合った結果。岳見隊員は狼煙をあげる準備に取り掛かり、私は手で砂を掘って食糧を探すと決まっている。
それに異論はないが、よく考えてみれば籠がないためどうやって貝を捉えておくのだろうか?
(……まあ、捕まえてから考えよう)
貝は殼に閉じこもっているため、死んでいてもいつ死んだかわからない。そのため、捕まえた時には死んでいて暇に傷んでいるなんてこともある。まともな医療。水分が補給できない環境下での下痢や腹痛などは死亡する可能性高めてしまう。
貝の生死を判断するために溜池を作っても良いが、砂に潜られても困る。探すのが面倒だ。
『ふふふ』と、誰かの笑い声が聞こえる。
顔を上げてあたりを確認する。今日はあたりを警戒してばかりだ。空腹だと言うこともあり、神経がひたすらにすり減っていく。
『可哀想に。今、楽にしてあげる』
ズドン! 。不意にそう聞こえた瞬間。強い衝撃が全身を襲い、視界が歪む。
「がはっ!」
呼吸ができない。息がうまく吸えない。かなり不味い状況であることはわかっている。体が動いてくれない。
『必死に抗って、必死にもがいて。でも救われない。可哀想に』
憐れむような声が聞こえる。優しく、悍ましい、慈愛に溢れた
声の方を見ると、そこには女が居た。
長く美しい白髪に、赤い目を持つ女。その姿はどんなモデルよりも美しく。人間離れした美貌を持っている。
しかし、アレは人間ではない。大きなツノを持ち、自身の頭よりも大きいであろう肉塊を自身の側に控えさせている。約五メートルの巨女。宙に浮くその姿は神聖さと禍々しさを感じさせる。
『だから
「ハア、ハア……お断りだ」
こちらに投げつけられる肉塊を横に転がり、ぎりぎりで避けた。
正直立ち上がりたくないし、戦いたくない。勝ち目はなさそうだし、強敵相手に準備なしに挑んで勝てるとも思わない。
(私もここまでか……)
「如月さん! 大丈夫ですか!」
「! 来るな!」
岳見隊員がこちらに走ってきた。こっちに来てはいけない。アレは人の精神に良くない。あのドロドロとした悪意の塊を見てはいけない。
私だから。まだ慣れている私だから問題ない。でも、慣れていないであろう岳見隊員には刺激が強い。
「海岸で接敵! 推定五メートル弱の巨人と交戦中だ。見ただけでも気が狂いそうになる奴だ! 戦闘は避け、各々退避を勧める。逃げろ!」
岳見隊員を巻き込むわけにはいかない。彼女は今死ぬべきではない。
「っ! 標的確認。援護します」
ひゅぽんっ。そんな気の抜けた音が鳴る。
巨人に向かって飛んでいく砲弾のようなソレは、着弾した瞬間。大爆発を引き起こした。
「グレネードランチャー! いったいどこから」
「詳しくは後ほど。岳見・エレイン・紗良。接敵しました。迎撃戦を開始します」
顔を強張らせながら岳見隊員が巨人に立ち向かう。
弾切れの
『くっ!』
舌打ちをし、巨人は姿を消した。何もなかったかのような静寂がやってきた。
「大丈夫ですか。今応急手当てを」
「大丈夫だ」
立ちあがろうとすると全身が軋むように痛い。何処かしらの骨にヒビが入っていそうだ。良くて全身打撲だろう。上手く立てない。
(ああ、ダメだな。平衡感覚が少しおかしいのか、バランスを上手く取れない)
「失礼します」
ふらつくのを見兼ねたのか、岳見隊員が私の手首を掴んだ。
『いや。いや! やめて!』
大勢の大人が私を取り押さえる。頭を押さえ付け、腕を、手首、足首。全身を拘束され身動きが取れない。
『
赤黒い液体の入った注射を中年男が近づける。踠いても逃げ出せない私の腕に針が突き刺さり──
「いやあぁぁぁあ!」
私は手首を掴んでいる人を下から蹴り上げた。