水の落ちる音が聞こえる。
目を開ければ血溜まりの上に立っていた。
鉄臭く、死肉の腐臭もする。かなり劣悪な場所。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
血に塗れた少女がただ一人。血溜まりの中心で泣き崩れていた。
足元にはいくつもの屍が転がっており。サイズにばらつきはあるが、体は小さく未発達なものが多い。大半が小学生ぐらいの子供の亡骸だろう。
全身に怪我を負い、身に纏っている服だったものも。服というよりはぼろ布だ。幼い体を隠くしきれていない。
パチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチ────────
何処からともなく拍手が聞こえる。
目の前の少女は落としてしまった小刀を手に持ち、キッと天井を睨みつけて刀を投げた。
しかし、刀は天井まで届かない。そのまま放物線を描いて床に落ちた。
「なんで……、なんでこんな……」
目の前の
パチッパチッと火の弾ける音が聞こえる。
目を開けると暗い空が広がっていた。空には月が昇り、星が見える。
「目は覚めましたか?」
寝ている私に声がかかった。声の主は何やらカチャカチャと弄っている。
身体を起こそうとしたが、動かせない。どうやら拘束されているらしい。
蔓植物で手足を縛られているようだ。
「すいません。かなり暴れてましたのでとりあえず拘束しました。私から質問に答えてもらえますね?」
「可能な範囲でなら」
過去以外なら基本話せる。いや、職業関係も少し答えにくい。……あれ? 意外と話せないことが多い?
「何か精神的な病を持ってますか? 例えばPTSDとか」
私が患っているのは、それの一種である。複雑性PTSDはだ。
持続的な虐待や
「複雑性PTSDと解離症をもってます。基本的に人との身体接触でフラッシュバックを起こします。なので、触れられるのはちょっと……」
「薬は……持ってる訳ないですよね」
精神疾患は薬で抑えることは出来ても治すことは出来ない。あくまで気分やホルモンを抑制することによって、その場を凌ぐためのものが薬だ。完全に治療をするとなると、脳に対して何かしらの手術が必要となるだろう。例えばロボトミーとか。
「薬を持っていないとなると、かなり行動が制限されますね」
「何かしらのきっかけでフラッシュバックが起こり、暴れたりはしますが基本的には接触しあわない限り特に問題はありませんよ」
私のトラウマを高確率で刺激する要素は、すべて肌が接触しあっていたり、掴まれていたりと言った状態だ。稀ではあるが、トラウマを刺激されても解離症が強く発症して何も起こらないと言うこともある。そしてそれが縛られている今だ。
「出来れば解いて欲しいんですが」
「少し待っててください」
銃を組み立ててから、私は解放してもらえた。GLのメンテナンスをしていたらしい。
なんでも、暴れる私の蹴りをGLで受け。そのまま肘で顎を打ち抜いてから締め落としたらしい。
「…………その間に何か言ってませんでした?」
「『ごめんなさい』とだけ言っていました」
よかった。それ以外は聞いていないらしい。
「過去に何があり、何を抱えているかは聞きません。ですが、あまり無理はしないでください」
「もちろんですよ。これ以上迷惑をかけるわけにはいきませんから」
無理はしない。結局は可能な範囲でしか人は何かを成すことは出来ないんだから。
「さっきまで寝てましたので、これ。どうぞ」
岳見隊員が、近くに何故か置いてあるLINKのダンボールを開き。中からペットボトルの水とパンを取り出した。
「如月さんを気絶させて浜辺から移動させている時に見つけました。パッチテストも済ませたので、安全は保証します」
どうやら安全ではあるらしい。
パンを受け取って匂いを嗅ぐ。変な匂いはしない。
パンを一口食べた。あまりおいしくはない。味がしない。水を飲んでも味がしない。
「岳見隊員。味がしないんです」
「? 私の食べたパンは普通にパンの味がしたんですが……」
少し千切って渡し、岳見隊員も食べる。普通に、普通のパンの味がするようだ。ストレスか何かの影響で味覚を感じられないらしい。まあ、栄養とエネルギーを摂取できるなら特に問題はないだろう。
「岳見隊員は先に寝てください。さっきまで寝てたので、眠気がなくて」
「わかりました。二時間ほど経ったら起きますので、その時に交代しましょう」
LINKのダンボールを千切って火に焚べる。野生動物は火を怖がる。オオカミであろうと、規格外サイズのイノシシであろうと関係ない。
焚き火は絶やさぬように管理しつつ、ぼーっと火を眺める。
(『花火綺麗だね! りっちゃん』)
「……君は火が好きだったからな。雪花……」
自分に似た片割れを思い出しながら火を眺める。
白雪
「…………君は、…………私を。……私を、許してくれるだろうか」
(『死にたくないよ。死にたくないよ。りっちゃん……』)
今でも鮮明に覚えている幼馴染の
「……風呂に入りたいな」
頭は砂で痒いし、汗も流したい。
(『りっちゃん。お風呂きもちいね』)
……ダメだ。あの
声が、あの頃の記憶が私を苦しめる。美しかったはずの思い出が私を蝕んでいく。
「チッ。…………クソッ」
煙草が吸いたい。別に愛煙家ではない。どちらかといえば苦手だ。
だが、今のように精神が安定しない状態で吸うと。ニコチンと煙の匂いのおかげで脳を平常時に戻る。そして
(少し嫌な気配がするな……)
浜辺で感じたような、背筋の凍てつかせる気配。気のせいだと良いんだが。
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(……やっぱり、彼女が一番適合している)
不可解なことに『天音みこ』よりも、彼女の方が適合率はかなりいい。だが、いつまで経っても呪印が成長している様子はない。ただ適合性だけが良くなっていく。
彼女の首元に刻んだ呪印は、何度殺しても。何度トラウマを思い出させても何をしても反応を示さない。
(アイツの呪いが邪魔してるのか。それとも、別のアプローチが必要なのか……調べることはたくさんあるね)
視覚を共有しているカラスを彼女に付けよう。何かわかるかもしれないからね。
「それにしても……彼女。いつまで生きるつもりなんだろう」
何度も殺した。何度も死んだ。でも彼女は生きている。この場所で生きている。まるで、何かに縛り付けられるように死んでは生き返る。
(そうだ。今回連れて来れた人間はみんな適合率が高い。新しく探すのが大変なら、今回から繰り返せば良いじゃないか)
彼女がどういう原理で生き返るのかはわからないままだ。だが、何度でも繰り返していくうちに。今回の中で一番適合低かった彼女の適合性があがっている。これは新しい発見だ。
(これを繰り返せば……いいね。いいね)
人形の様な。マネキンの様な姿をした存在は、楽しそうに笑う。これから始める。新しい実験は、上手くいきそうだ。