ぼんやりと、ゆっくりと、道を歩いていた。
遠くに見える、かつてみたような景色を見ながら、ただ歩いていた。
近づきたくないと思っていた。
いっそ崩れていてほしかった。
けれど空は相変わらず青く、風は澄んでいて、街並みはきれいで……
人々の喧騒が耳にへばりつくようだった。
やがて目的地についた。
シャーレに。
自動ドアをくぐると、冷えた空気が傷口にしみた。
誰もいないロビーをみて、廊下を通り、オフィスへ向かう。
かつかつと響く足音。
やがて扉を抜けると、やはりかつてみたような、書類の積み重なった机があった。
誰もいない空間を眺めて、窓から差し込む光に目を細ませる。
青い空というものはこうも美しいものだっただろうか?
私は床に背嚢を降ろして、中からあの仮面を引きずり出した。
冷たく、重い仮面を。
これがなんなのか、私にはわからないが……
これが答えだということは間違いない。
机の片隅にその仮面を置いて、また背嚢を開く。
メモ帳を取り出した。
ページをちぎろうとして、思いとどまる。
これはもう、私にはいらないものだ。
表紙とページの間に挟まれた写真をみた。
それだけを抜き取って、手帳を閉じて……
仮面の隣に置いた。
書類ばかりの机に、仮面と手帳は浮いているようだった。
写真を手に持ったまま、また窓の外をみた。
青い空だ。
この空の下に、きっとみんなが生きている。
だが、それは私の友ではない。
背嚢を背負い直して、来た道を戻っていく。
扉を抜け、廊下を通り、誰もいないロビーを眺めて……
そして入口から出ると、怪訝そうな顔をした生徒とすれ違った。
見覚えがある顔だった。
「……」
口を開きかけてから、私は目を伏せて、足を動かした。
声はかからなかった。
外にでると、少しだけ強い風が吹いていた。
やはり傷口がしみて、痛んだ。
背嚢がやけに重く、肩に食い込んで思えた。
歩道を歩いているうちに、行き交う人がだんだんと失せてゆく。
遠くみえる日が、地平線に近づいていく。
だんだんと空が赤く、焼けていく。
けれどその赤は、あの奇妙な赤とは違い、どこか暖かい。
風が冷えてきた。
やはり傷口がしみるから、手当てしなければ、などと思う。
けれど、なんのために?
胸元につけた学生証をみた。
きっとこのコードは、この空の下には存在しない。
もしかしたら、この顔写真も、存在しないのかもしれない。
私は兵士だった。
これまで、示された正義と命令のために生きてきた。
だがもう正義はなく、命令もなく……
あるのは私だけだった。
そういえば弾薬もそう残っていない。
思わず、笑いがこぼれた。
ブラックマーケットにでもいって、かつてとっ捕まえていた輩の真似でもしようか、などと。
そんなことを思って、再び歩を進めていく。
冷えた風に肌がしみるから、指先などは凍るようで、はやめに飯にありつく方法を捜さなければ、これは困るかもしれない。
傷口に触れると、固まった血がぱりぱりと砕けて、風にのって飛んでゆく。
塵のように、砂のように。
私はすこしそのあとを目で追って、けれど立ち止まることなく、ただ歩いていた。