夜空を眺めるとき、灯りが少ないほど、星がよく見える。
そんなことを思いながら、冷たい床に座り込んでいる。
背嚢を背もたれにしているから、尻だけが冷たい。
都市郊外の廃れた街並みの中、屋根のない廃屋に忍び込んで、ただ風を避けている。
だから風で冷えはしないけれど、日も落ちて暗い。暖を取るものもない。
そういうわけで体が冷えていた。
体調を崩すほどではない。
ただ、眠気が失せる。
それで空を見ている。
真っ黒な夜空、というわけではない。
薄っすらと雲が、白く重なっている。
そして黄色い月と、宙に浮かぶ輪も。
そういうわけだから、夜空はむしろ明るくて、眠気を誘うようなこともない。
けれどほかに見るものもなかった。
明日のことを思いたくはなかった。
学籍含めなにもかもを持たない私がこれから縋れるものは、やはり暴力しかない。
ブラックマーケットで日銭を漁れれば御の字といったところだ。
あの災害のあと使い物にならなくなった個人端末は、やはりここでも使い物にならない。
写真のようなストレージを弄ぶ気も、わかない。
そういうわけで昨日のことも思い返したくない。
そういうことを踏まえると、目を閉じたくもないから、困る。
私は強欲な己に辟易した。
なぜ、これ以上を求めるのだろう?
もうなにもかもは終わったというのに。
託すべきものは託した。
帰る術はない。
そういうわけだから、あとは死ぬまで生きるだけだ。
明るく考えよう、これからは好き勝手していいわけだ。
そんなことばが浮かんで、思わず鼻で笑った。
戦う事しか能がない兵士が、いまさらなにを求めるのか。
戦場か?キヴォトスに蔓延る紛争の表面を撫でて、指先についた埃屑に満足する……
そんな馬鹿馬鹿しいもののために生きたくはない。
それ以外、生きる術もないが。
鬱々とした思考に、かつての日々が顔を覗かせてきて、いやになる。
ヴァルキューレ警備局のたるんだ雰囲気と、腐っていく元SRTの同胞と、防衛室と公安局の不始末に……
そして赤い空の下での日々。
「くそっ」
思わず立ち上がって、こわばった身体の節々が悲鳴をあげた。
顔をゆがめながら、背嚢を背負いなおす。
瓦礫を蹴り飛ばしたい気分だが、やめた。
扉のない崩れかけた入口を通って、夜道に出た。
しかめ面から戻りそうにない顔面に、冷たい風が吹きつける。
夜闇に染まって青ざめたコンクリートを、かつかつと靴の音が撫でていく。
歩いているうちに、なんだか嫌になって駆けだした。
「くそっ」
叫びだしたい気分だったが、叫びたくない気持ちがあった。
なにもかも噛みしめたまま、吐き出さずにいたかった。
私にとってのこれまでを、どこかの壁に打ち付けて、広げて、晒してやりたい。
こんなことがあったんだ……本当に!
だが、そんなものを信じる人など存在しない。
この世界では起きていないから当然だ。
だが、これまでの、みんなのすべては、どうなる?
なにもかも消えてしまった、私たちのキヴォトスは、いったいなんなんだ?
ただの浪費だったとでも?
やがて息が切れてきて、傷口がまた開いたのか痛んで、走るのをやめた。
夜空は相変わらず暗いのに、どこか明るくて、風はやたら冷たくて、からだのどこもかしこも、かじかんでいる。
吐き捨てたい気持ちも、同じだ。
吐き捨てたくない思いも。
なにもかもが変わらずそこにあった。
今いる世界が現実なんだと、改めて思った。