硫黄島警備艦隊日誌   作:haruhime

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ほんのちょっと修正。
2015/8/6 
大規模加筆(内容が良くなったとは言っていない)


第001報 ある特務大尉の不幸

 

 硫黄島前進支援拠点。

 

 太平洋上に浮かぶ小さな島、硫黄島に大規模な戦略補給拠点が設置された。

 

 2065年に実施された第四期南方攻勢作戦「剣三号作戦」の成功によって、さらに遠方の敵泊地を襲撃することになった帝國海軍は、その補給拠点として硫黄島を選択したのだ。

 

 離島部攻撃部隊の最終活動拠点としての機能を要求する陸軍と、主力遠征軍収容能力の確保を至上命題とする海軍は歴史上まれに見る協力体制を敷き、帝国議会と財務省に強力な圧力を掛けて莫大な追加予算を奪取する。

 

 潤沢な予算を背景に、意気揚々と開発資材を掲げた上陸部隊が見たのは恐ろしい数の旧日本軍亡霊部隊であった。

 

 まさかの硫黄島上陸作戦を実行した陸軍は、かなりの被害を出しながらもこれを攻略。

 

 帝國陸軍が想定していた上陸戦闘が最初に実行されたのは、その拠点となるはずの硫黄島であった。

 

 戦闘終了後、呪詛による狂い死にや、蟲害による食料喪失などの霊障が多発。上陸部隊に更に大きな被害が齎される。

 

 本土から緊急投入された神道系術師と仏教系術師による地道な除霊と、陰陽師による地脈、霊脈の浄化によって、霊障は徐々に沈静化していった。

 

 2067年3月26日、擂鉢山地下壕群で強固な抵抗を続けていた小笠原兵団集団霊に対し、今上帝がその栄誉と献身を称え、小笠原兵団栄誉解隊令を肉声で発布。兵団霊は昇天し、大規模な霊障は後を絶った。

 

 2068年2月硫黄島全域の霊的な安定を待って、ついに工事が開始される。

 

 数兆円規模の資材と人員が惜しげもなく投入され、全面を10m厚の超硬質コンクリートで装甲された要塞が製作された。

 

 艦娘装備の流用による要塞砲群や百隻以上の収容が可能な地下ドック、十万人規模の正規軍が駐屯できる地下壕網、5000m級滑走路を7本備えた巨大飛行場など、本土の拠点を越える設備を備えた巨大要塞が、人類の英知と技術、不思議存在”妖精さん”の協力によってわずか4ヶ月で完成した。

 

 想像を絶するほどの維持管理費を丸投げされた財務省がのた打ち回り、予算局の人間が血反吐を吐くことになったが、軍部はその充実した機能に満足した。

 

 建設された要塞は硫黄島要塞と呼称され、陸軍は要塞防衛司令部を、海軍は要塞駐留艦隊司令部をそれぞれ設置。建設時の協力体制は幻だったかのように、両司令部は激しい対立をしていくことになる。

 

 そんな対立のもので、帝国本土最外周警戒ラインの拠点にして帝国軍最大の遠隔拠点である硫黄島要塞は深海棲艦太平洋方面軍による攻撃を幾度となく受け、これを撃退してきた。

 

 せいぜいが700機程度しか艦載機を保有しない一個正規艦隊の侵攻など、制空部隊だけで1000機以上存在する硫黄島航空部隊のスコア稼ぎにしかならなかった。

 

 これまでで最大規模の侵攻であった2074年9月の第42次硫黄島防衛戦における、装甲空母姫率いる三個正規艦隊217隻ですら要塞駐留艦隊航空隊と要塞基地航空隊でほぼ片がついてしまったのである。第二次空襲後、残存していた18隻を駐留艦隊173隻が追撃して撃滅した。

 

 にもかかわらず、規模の大小を問わずに深海棲艦は硫黄島に群がってくるのであった。

 

 常に供給される深海棲艦。圧倒的制空権の存在。敵航空戦力の心配なく、かつ緊急時には航空戦力による火力支援すら受けることができる硫黄島周辺海域は、艦政本部が望む錬度向上の場としてふさわしいものであった。

 

 海軍省教育局は2076年1月に硫黄島教導隊を設立。大日本帝國全土から選抜された甲種提督候補生を配置し、建造したての艦娘と共に提督としての研修と海軍士官としての訓練を行うこととした。

 

 2086年、ニューギニア島攻略作戦暁作戦の成功によって、イギリス東洋艦隊、およびオセアニア連合との連絡が回復。戦局の安定を理由に硫黄島教導隊は解散となった。

 

 以降教導任務は横須賀、呉、佐世保、舞鶴の四鎮守府に設置された教導隊に移管され、硫黄島駐留艦隊はブインやショートランドなどの最前線に再配置された。

 

 その空きを埋めるために四鎮守府から艦隊が派遣され基幹部隊として活動、四鎮守府教導隊出身者が小規模艦隊の運用と実務経験獲得のために配置されることとなる。

 

 

 

 

 2087年6月22日、硫黄島前進支援拠点はべた凪と快晴に恵まれていた。ほぼ熱

 

帯に近い海域に浮かぶ要塞は、容赦なく降り注ぐ太陽光に焼かれて蜃気楼を発

 

生させている。

 体感気温は52℃。外出を控えるよう司令部から通達が出るほどの天気。

 そんな灼熱地獄の中、真っ白に輝くコンクリート製5000m級滑走路に、一機の

 

飛行機が降り立った。

 

 

 

 

 日差しで真っ白に輝く滑走路を中心に据えて、ほんの少し機首を挙げる。

 

 3,2,1、タッチダウン。

 

 後輪のスリップ音と同時に、機首を下げて前輪を下ろす。

 

 機首下げが早すぎたのか、ドン、という着地音と軽い衝撃がコックピットに伝わった。恥ずかしい。

 

 「ブランチ1、着陸成功。」

 

 どんなに慣れていたところで、着陸の瞬間は緊張するもんだ。

 

《こちらコントロール、ナイスランディングだブランチ1。そしてようこそ硫黄島へ。》

 

 管制官はいつもの海軍中尉。バーであうと二回に一回は殴り合いに発展する程度に仲がいい。

 

 今俺が乗っているこいつは、鋭角的で流線型を保ったフォルムに巨大なエンジンを4基搭載しただけの機体。徹底的にステルス性と速度を追及した帝國海軍最新鋭超音速ジェット輸送機「震空改二」だ。超音速で37tの荷物を運べる代わりに燃料をがぶ飲みする大食い娘。

 

 いい子なんだが、とにかく金がかかるお嬢様。資源地帯との連絡線が復旧して一年たった今、人間と物資を運ぶのにこの子が使える程度に、帝国は余力を得ている。

 

 数年前まで艦娘の補給に民間備蓄を吐き出していたのが信じられない。

 

 「コントロール、定期便になにいってやがる。」

 

 《ブランチ1、お前じゃない。お客さんにだ。それと駐機は第三大型バンカーへ。》

 

 相変わらず適当な管制しやがる。その客が乗ってるんだ、一寸はましな対応ってものがあるだろ。

 

 「ラジャー、コントロール。……ようこそだとさ、お客さん?」

 

 「貸してくれ……コントロールへ、歓迎感謝する。」

 

 副操縦席の”お客さん”にレシーバーを差し出すと、なんともいえない表情を浮かべながら返答した。

 

 B-1ランサーの類型のボディをスカイブルーに塗った震空改二を管制塔からの指示に従い、第三大型バンカーに移動させていく。といっても完全自動操縦なのだから、操縦桿に手を添えておくだけだが。

 

 《おいおい、若いって聞いてたが……、十代か?》

 

 どうやらお客さんの声に驚いているらしい。俺もびっくりした。

 

 最初に聞いたときは十代にしか聞こえない声色だ。重みがないというか、なんと言うか。見た目も年相応だしな。 

 

 「残念ながらこれでも22なんだ。」

 

 22で中佐か、30過ぎで大尉の俺はなんなのかね?

 

 《それは失礼した。あんたの迎えが待ってる。バンカー地上口の待合所に向かってくれ、だそうだ。》

 

 「了解、命令を受諾。」

 

 重厚な半地下式大型バンカーに自動誘導された震空改二は、バンカー内の機体固着システムによって空中固定される。妖精さん達による整備を受けられない現代兵器は、人間の手で整備しなきゃならない。だから整備しやすいように、ハンガー内で自由に動かせるようにアームで固定されるのだ。整備委員が使う無数のキャットウォークも、自由自在に稼動する。

 

 《改めて、ようこそ硫黄島へ。基地要員一同歓迎するよ、提督候補生殿?》

 

 こいつ、やっちまったな。お客さんに俺の中尉袖章を指差すと、軽くうなずいた。わかったか?

 

 「歓迎感謝だ管制官殿。それと、私はすでに中佐だ。よろしく中尉?」

 

 《こいつは一本取られた。失礼いたしました中佐殿、通信終了します。》

 

 お客さんも、いや、中佐殿もイイ性格してやがる。声が震えてるぞ、オーカ・ニエーバ。

 

 「いや、これからもよろしく頼む。通信終了。」

 

 中佐殿はレシーバーを俺に返してきた。白人様にしかみえねぇ金髪を後ろでくくってるのと、海軍士官にあるまじき線の細さが女みたいな雰囲気をかもし出してる。日本人には見えないが、どういうことなのかね。

 

 町を歩けば娘どもが群がりそうな美形だった。吉原の遊郭女並みに指が細いし、肌理も細かい。女に嫉妬される美形ってのはこういうもんかね?

 

 「ありがとう中尉。いいフライトだった。」

 

 機長席後ろの保管庫から、恩賜の短剣、トランクケース、拳銃を出して引き渡す。たとえ上官でも機内の保安順位は機長が優先される。

 

 「いえいえ、空が荒れてませんでしたしね。それに、ランディングでゆれたでしょう。あれは失敗でしたな。」

 

 さて、どう返してくるかな?

 

 「謙遜しなくてもいい。少なくとも政府専用機よりはよかった。」

 

 中佐殿は佐官にしては朗らかに応対してきた。合格かね?

 

 「お褒めに預かり光栄です、中佐殿。」

 

 にしても政府専用機ね。本当なら何モンだ、この兄ちゃん?まぁ、いい。査定は終わりだ。

 

 「本日のフライトはこれにて終了でございます。お降りの際は忘れ物のございませんようお気を付けください。」

 

 中佐殿が銀色の飾緒をつけたのを確認しながら、操縦席の気密ドアを開放して敬礼を送る。

 

 「ご苦労。教育局査定部の三峰特務大尉。」

 

 おいおい!

 

 「……バレたのは初めてですよ、中佐殿。」

 

 腕の震えを抑えつつ、笑みを浮かべる。飲まれるなよ。

 

 「運が無かったな、大尉。辞令を受けに出頭した際、監査部の女性尉官に名前を呼ばれていたのでな。」

 

 チッ、胡散臭い笑顔だ。目が笑ってない。

 

 「それでですか!さすがですな。」

 

 冗談だろ、それだけで一尉官の名前と顔をおぼえたってのか!?

 

 「まぁ、私は人とちょっと違っていてね。」

 

 ん?一瞬表情に影が落ちたか。いや、押し込むのはよそう。確実に地雷だ。

 

 「そうでありますか。いえ、失礼しました。」

 

 謝罪しながらレバーを押し下げ、出入り口を押し開ける。熱風が吹き込んでくるが、即座にタラップが接続されると、中佐殿は機外へと足を踏み出した。

 

 「気にするな。では見送りご苦労。」

 

 中佐殿は首肯を返すと、こちらへ振り向く。

 

 「お気をつけて!」

 

 敬礼を持って中佐殿を送り出せば、一本芯の入った、教本どおりの答礼を返してきた。中佐殿がキャットウォークからバンカー内エレベータに乗り込むのを確認してから敬礼を解く。どっと疲れが押し寄せてきた。

 

 「部長め、何が簡単な査定だくそが。」

 

 のほほんとした顔で今回の任務を投げつけてきた部長に悪態をつく。新任提督をちょっともんでこいとのお達しだったが、ありゃ化け物だぞ。

 

 「それこそ監査部のお出ましかね、こりゃ。」

 

 本土のどろどろした権力争いの雰囲気を感じて、思わず怖気が走る。

 

 銀色の飾緒だ?侍従武官か皇族付じゃねーか。あー、やだやだ。

 

 「突っ込んだら死んでたな。」

 

 キャットウォークにもたれかかりながら、搬出されていく貨物を眺める。

 

 中佐殿と一緒に持ち込まれたのは、最新型のクラスター爆雷、試験用プラズマ弾頭ミサイル、試作型127mm高初速徹甲弾、赤外線誘導型35.6cmロケットモーター砲弾、核機雷用爆縮カプセル、ラムジェットエンジン、スーパーキャビテーション魚雷、超純水交換器、遠心分離機、etcetc。

 

 何をする気なのかさっぱりわからない部品、兵装が次々に無人作業ロボットによって運び出されていく。

 

 中佐殿を送り出した時点で俺の仕事は終わってしまった。報告書の作成は本土に返ってからでいいという許可も得てるし、あとは二日間の休暇を楽しむだけだった。

 

 どうするべきかと頭をひねるが、文明の地から離れたこの島で、一帯何をして暇を潰すべきか。五分ほど頭をひねって、出てきた答えに思わず首を振ってしまう。

 

 「さて、酒でも飲むかね。昼間から。」

 

 軍属と軍人しかいないといっても、それ向けの娯楽があるだろうと辺りをつけて、町を探しに歩き始めた。

 

「死ぬほど暑い中見つかったのが、ここかよ!」

 

 結局、これといった娯楽が見つかるわけでもなく、せいぜいあるのは本土で何ヶ月も前に放映された映画を映している寂れた映画館位なものだった。

 

 歩き回ってくたくただったのと、いい加減涼しいところで休みたかったのもあった。

 

 本土の1.5倍近いチケット代と幾ばくかの小銭を代償に、キンキンに冷えたコーラとポップコーンを楽しむ。

 

 見知った映画だったので、クーラーの轟音でサイレント映画と化していても楽しめたのが良かった。何より席がクーラーの吹き出し口に近いせいもあって、冷房がよく効いていたのもいい。

 

 三時間以上の超大作で時間を潰せば、日もだいぶ落ちてきて、気温は明らかに下がっていた。それでも、地面からの放射熱は耐え難いものがあったが。

 

 近くにあった陸軍のPXで飲み物を買いつつ、飲み屋がないかたずねる。売り子の女の子が困惑していると、背後からきた陸の兵士が周囲をうかがいながら、こっそり教えてくれた。

 

 どうも海軍側の居留地に、うまい小料理屋があるらしい。

 

 「しかし、なぜこっそりと教えるんだ?」

 

 そうたずねると、

 

「詳しい話はわからないが、海軍の嫁さんがやっているらしくてな。海と陸の諍いに、女子供を巻き込むわけにはいかんだろ?」

 

 ウンザリしたような表情で言うのだ。ま、確かに非常にくだらない位所の張り合いを外に持ち出すのは無粋だろ。

 

「それに、お前さんなら大丈夫だろ。海軍さん。」

 

 またかい。

 

「動きが海の連中と同じだからな。気をつけるといい。」

 

 詳しい場所を教えて貰い、その礼に飲み物を一本差出した。

 

 快く受け取ってくれた彼とは、PX入り口で別れた。

 

「達者でな。」

 

 彼はそういって擂鉢山行きの路面電車に消えていく。要塞守備隊だったのか。

 

「それにしても、今日はよくバレる日だな。冗談じゃない、厄日じゃないか。」

 

 本当によくバレる日だ。呪われてんじゃないだろうな。

 

 低くなったがゆえに、正面からジリジリと焼き上げにかかる太陽に目を細める。今から往けば、聞いた場所まで50分ってところか。

 

真っ白なコンクリート舗装の上を歩いていく。ところどころに植えられた街路樹と、さっき買った飲み物の助けを借りつつ目的地に向かう。

 

 海軍居留地は、雑然とした感じで、木造住宅が多かった。時代を感じさせるが、今はない風情もまた、あった。そのせいか、だいぶ入り組んでいるようで

 

路に迷ってしまう。

 

「おにーさん、どうしたの?困ってる?」

 

 あーでもないこーでもない、と地図を睨んでいると、袖が引っ張られる。

 

「ああ、このあたりに竜飛って店があるらしいんだが、知ってるかい?」

 

 袖を引っ張っていたのは、黒髪ストレートの小さな女の子だった。まだ小学生くらいか?

 

「たっぴ?……あ!ほーしょーさんのお店ね!案内してあげる!」

 

 店の名前を聞いて一瞬と惑ったようだが、思いあたりがあるのか、案内を買って出てくれる。いまどき珍しい子だ。

 

「あ、案内してくれるのかい?ありがとな、お嬢ちゃん。」

 

 満面の笑みを浮かべていたはずの顔がみるみる不機嫌になっていく。何か言ったか?

 

「もう!暁を子ども扱いしないでよ!一人前のレディーとして扱ってよね!」

 

 ぷんすか!という効果音が聞こえてきそうな位、わかりやすい怒り方をしている。

 

「一人前のレディなら、アイスはいらないかな?」

 

「もう!そんなんじゃごまかされないんだから!……こっちよ!」

 

 頬をぷっくりと膨らませてこちらを睨んでいる姿は、まだまだレディには程遠い。アイスクリームをちらつかせると、目を輝かせつつ文句を言うという、非常に子供らしい反応を返してくれた。

 

 小さな路地を何度も曲がり、十分ほど歩くと少女が振り向いた。

 

「ここよ!」

 

 小さなレディの案内によって、目的の店に到着する。非常にこじんまりとした、周囲に溶け込んでいる店構えだった。

 

 正直、扉の脇にかかった小さな看板と暖簾がなかったら、ここを店と判断出来る要素はない。一人で探してたら未来永劫たどり着かなかっただろうな。

 

「ありがとう、小さなレディ。助かったよ。」

 

「フフン、私はお姉さんでレディなんだから、人助けするのは当然って、もう!頭をなでなでしないでよ!」

 

 ドヤ顔で胸を張るその姿は、とてもじゃないがレディには見えなかった。あまりの可愛らしさに、思わず頭をなでてしまったが、お気に召さなかったらしい。手を払われてしまった。

 

「ぷんすか!」

 

 まさか口で言うとは。

 

「まだまだレディは遠いな、お嬢ちゃん。ほれ。」

 

「あ、ほんとにアイスくれるの?……ありがと、お礼はちゃんと言えるし。」

 

 アイスを渡すと、一瞬我を忘れて素が出てしまうあたりまだまだお子様だった。顔を赤くしながら取り繕うあたりも含めて。 

 

「あ!暁ったらこんなところに!早くしないと間宮さん閉まっちゃうわ!」

 

「え?雷、一寸、待って、もう!じゃーね、お兄さん!」

 

 茶色のショートカットの少女が、路地から飛び出してきた。暁によく似た制服を着ているこの子は、随分と活動的らしい。暁の手を握るとあっという間に視界から消えてしまった。

 

 さて、呑むとしますか。

 

「開いてるかい?」

 

 暖簾をくぐり、引き戸を開けると落ち着いた内装の小料理屋が広がっていた

 

。カウンター席の奥には、襖で仕切られた座敷があるのだろう。カウンターの向こうにいるのは薄紅色の和服を纏った女将だ。年の頃は20位、いやもっと若いのかもしれない。

 

「少し早いですが、大丈夫ですよ。それと、少し騒がしい子達が来ますけどよろしいですか?」

 

「かまわないよ。日本酒を冷で、夕飯も合わせて取りたい。内容はお任せで。」

 

「はい。ところで小笠原諸島は初めてですか?」

 

「何度も来てるが、地元の飯を食った事はないかな。」

 

 考えてみれば、小笠原諸島にはだいぶ飛んできてるのに、地元の料理なんかまともに食べた事がなかった。

 

「変わりダネは食べれます?」

 

「今のところ食えなかったものはないから大丈夫だと思う。」

 

「判りました。……これを試してみましょう。苦手だったら言ってくださいね?」

 

 そういって女将さんが出してきたのは、小鉢に入った煮物だった。肉の味噌煮か。ねぎと一緒に食べれば、豚肉のような味だ。一寸癖のある香りがするが、味噌とねぎのおかげでおいしく感じる。

 

「うまいな。」

 

「海亀の味噌煮込みがいけるなら、いろいろお出しできますね。」

 

 海亀か、始めて食ったな。意外に食える。

 

「といっても、島で取れた魚の煮物、焼き物、海草汁と島寿司位しかお出しできませんが。」

 

 まぁ、戦時下の離島で牛肉が食えるとは思っていない。 

 

「島寿司ってなんだい?」

 

「これです。」

 

 出てきたのは普通の寿司、いや、種が漬けになってる。乗ってる種はカジキにマグロ、メダイと、シイラ、トビウオ、カンパチが二貫づつ。一緒に二合徳利に入った冷も出てきた。

 

「わさびの替わりに練りがらしが入ってますから、気をつけて。」

 

 女将さんがお酌してくれる冷をあおりつつ、寿司を胃に収めていく。練りがらしがアクセントになっていて、冷との相性もいい。

 

 食べ終わる頃には、二合徳利が空になっていた。そろそろ他のを頼もうというところで、ガラガラと扉が開かれた。目を向ければ、紫髪と、黒髪と、銀髪の三人の派手な美人が入ってきた。

 

「飲みにきたよー!ひゃっはー!」

 

「おや、先客がいるな。」

 

「おっさけ~おっさけ~うれしいなっと。」

 

 三人が三人とも、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる美人だった。赤ら顔でふらふらしている上に、どうしようもなく酒臭い時点で大減点だったが。

 

「三人とも、酔ってますね?」

 

「いやいや、まだまだこれからさ。なぁ、千歳?」

 

「そうねぇ、まだ飲み足りないわね?」

 

「わ、私はそんなに飲んでないぞ!?」

 

 女将さんのジト目に、紫髪と銀髪は堪える様子もなくけらけらと笑い、黒髪はなんとも後ろめたそうな反応を返していた。

 

「鳳翔さん、予約の通りに。」

 

「はいはい、たっぷり用意してありますからね。先に暖簾を片付けてからお出ししますね。」

 

 黒髪は女将に一声掛けて、襖の奥に入っていった。ふと気付くと、両脇に人の気配を感じる。

 

「へっへっへっ、お兄さん、一緒に呑もうよぉ~。」

 

「お酌、させてくださいな?」

 

 そういうが早いか、紫髪が俺の右腕に、銀髪が左腕に絡んでくる。二人の深い胸の谷間に腕がはまり込み、その感触と女性の香りに硬直していると、外見からは想像もできない力で奥の座敷に連行された。

  

「すまない、二人とも絡み酒でな。」

 

「こんな美人に絡まれるなら役得だ。」

 

 両腕に伝わる柔らかさに耐えつつ、心の動揺を表に出さないように注意する。酔っ払いにからかいのネタを与えるのは危険だ。

 

「うへへへ、かんぱ~い!」

 

「さ、一杯どうぞ?」

 

 そんなこんなで乾杯し、彼女達のつまみの多さと、あっという間に平らげる食欲、そして底なし沼のごとき酒量に圧倒される事になる。

 

「それそれ、もっと呑みなよおにいさ~ん。」

 

「隼鷹さん、空ですよ?」

 

「へへっ、悪いね千歳……っとと。……カーッ!!!!効くぅ!!!!」

 

 銀盃に注がれた日本酒を一息にあおる紫髪、隼鷹。男らしすぎる呑みっぷりだ。

 

「お兄さんもどうぞ?」

 

「す、すまない。」

 

 半分も呑んでいないコップに、なみなみと注がれる。嘗めるように一口呑むが、終わりが見えない。人に注いだ銀髪、千歳は手酌で流れるように焼酎を飲んでいる。楚々とした所作のはずなのに、信じられない勢いで肴と酒が彼女の口に消えていく。

 

「む、呑みが足りんぞ貴様!」

 

「那智さん、呑みすぎでは?」

 

 卓の向こうでは顔を真っ赤にした黒髪、那智がこちらを責めてくる。彼女自身はウイスキーをすでに数本空けていた。女将がたしなめてくれるが、聞こえていないのだろう。

 

 女将自身もだいぶ酒が入っていた。時折席を立っては作り置きしていたらしい肴や酒瓶を持ってきている。 

 

 しゃべっているはずなのに、いつの間にか空になる皿。わんこそばのように注がれる酒。加速度的に近くなる距離。一体どれだけの時間が経過したかもわからないまま、ただ呑み、食う空間。

 

「ふふふふ、楽しいですね。おいしいお酒においしい肴。楽しまなくては損ですね。」

 

 千歳とは危険すぎる距離だ。ほとんど肩がついている。酒でほてった体温が軍服越しに伝わってくる程度に。

 

「楽しんで呑んでいるのはいいけれども、もう少し味わってくれてもいいではないですか。」

 

 助けを求めて、いつの間にか宴席に参加していた女将さんに目を向ければ、彼女もまたハイペースに酒をあおっていた。目が据わっている。周囲に一升瓶が何本も転がっている。

 

「うむ、暑いな。」

 

「ホントホント、暑くっていけないや。」

 

「火照ってきてしまいましたね。」

 

 もはや味方など存在しない。暑い暑いと三人が脱ぎ始め、どんどんあられもない格好になっていく。女将さんだけは脱いでいないが、彼女たちを止める事もない。

 

 可能な限り彼女たちを視界に納めないよう顔を背けて呑んでいたのだが、背後に回っていた千歳が絡んできた。

 

 いきなり両頬をホールドされ、ほぼ真後ろを向かされる。首の筋を違えたような痛みが走るが、次の瞬間にキスをされた。視界一杯に広がる美人の顔に硬直していると、唇をこじ開けられ、焼酎が流し込まれる。

 

「い、いきなりなにもが!?」

 

「んふふ、もっと呑みましょう?」

 

 全て飲み干した後、あわてて唇を離すと、焼酎のビンを口に突っ込まれた。

 

 流れ込む灼熱の液体。粘膜を焼く刺激にむせそうになるが、むせるともできずに飲み込んでしまう。どうにか酒瓶を口から抜いたが、すでに遅かったらしい。

 

「まぁ、甘えん坊さんですね。」

 

 この時点で、俺の意識は完全に落ちた。最後の視界に移っていたのは、肌色の二つの山とくっきりとした深い谷。微笑んでいる千歳の肩越しに見えた、上半身裸の隼鷹と、ウイスキーのビンを逆さに振って出てこないのが不思議そうにしている那智だった。女将はわからん。

 

 翌日、店で目覚め最悪の二日酔いをこらえつつ本土へと飛び立つことになる。良心的な価格だったが、量が量だったがゆえにかなり財布が軽くなってしまった。

 

「げ」

 

 ふと携帯端末を見れば、限界まで酔っ払った自分が千歳の胸に倒れこんでおり、女将が団扇で扇いでくれている写真が待ち受けになっていた。そばに爆笑している半裸の隼鷹がいて、フレーム内に那智の右腕がこちらを指差している形で移りこんでいた。そのほかにも、露出過多な彼女たちが写っている写真が何枚も保存されていた。何時の間に。

 

 「あの美人たちと飲めただけましか。……またあの店に行こう。女将さんに会いに。」

 

 今度は一人で飲めることを祈ろう。たとえ美人に囲まれていても、あの地獄はもうたくさんだ。

 

 




 本土に帰って、この写真がばれると、男共からは嫉妬され、女共からは汚物を見るような目で見られるようになった。

 特に高瀬真紀少尉には、土産まで渡したのに足は踏み抜かれるは、レバーに良いのもらうはでひどい目に会わされた。

 俺が一体何をしたというのだ。
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