大変遅くなりました。久しぶりの投稿です。
夜分遅くに失礼。栄えある帝國陸軍中将、秋葉時康である。
本日は硫黄島要塞に詰める唯一の同格者にして海軍駐留艦隊司令官である四辻中将の応接室にお邪魔している。本土からの封緘命令を持ち込んでくる我が陸軍の大佐を迎えるためだ。
封緘命令の署名が大本営であることと、直接通信によって齎された
【秋葉陸軍中将、ならびに四辻海軍中将は、封緘命令第4022号を同時刻、同室にて開封閲覧せよ。なお、六条海軍大佐を召喚し、同時に閲覧させよ。】
という命令に従ってのことだ。
本来であれば島の中央にある迎賓館にでも呼び出すところだが、今回は長旅で疲れているであろう陸軍大佐に配慮して、港湾に近い海軍司令官応接室で面接する事にした。
部下同士の見苦しいやり取りに辟易した末の決断ともいえる。たかが、どちらの司令官が相手の応接室に出向くか、などというくだらない事で二日以上の激論を交わせる参謀達の気が知れん。まったくの無休憩で二日間の激論を交わし、最終的に殴りあいになって、全員栄養不足でノックアウトするという意味不明さだ。
その事件によって有能ながら理解に苦しむ参謀達が全員入院しているため、私の執務室には想像を絶する数の書類が山積みになっている。たかが陸軍大佐を迎えるために、あの書類の山を処理するくらいなら、素直に四辻中将の応接室にお邪魔するほうが楽だろう。
今私は、四辻中将の応接室で、秘書艦が入れてくれた紅茶を飲みつつ談笑していた。長テーブルの最も上席に中将が着き、私が右側の席に着いている。
「四辻殿、この部屋の内装は御自分で選ばれたのか?」
始めて中将の応接室に入ったが、おそらく内装は部下達がそろえたのだろう。あまり彼の趣味とは思えないほどに豪華絢爛だった。
明らかに高価であろう各所家具に加え、磨きぬかれたフローリングに緋毛氈が敷かれ、細緻な彫刻の入った天然マガホニーの六人がけテーブル。私が座っっている肘掛椅子も細かな彫刻の入った一品で、そのクッション性は高く、絹張りの座面は滑らかだ。
私の質問に、四辻中将は顔をわずかに顰めた後、大きくため息を吐いた。
「いや、部下達が勝手に決めてな。私は余計なものは要らんから、官給品だけで十分と言ったのだが。」
それはいささかどうかと思うが、内装には確かに無駄な豪華さがある。無骨で頑強な男の応接室には、財による威圧感など不用だろうに。そんなものなど無くとも、放っている威は十分に過ぎる。私のような参謀畑の人間では到底太刀打ちできないほどのな。
それにしても、このトラのような男にはむかう部下達の気が知れん。海軍参謀は怖くないのだろうか。『猛虎将軍』という二つ名は、外見と、反乱を起こした部隊をたった一人でなぎ倒した事からついているというのに。その武名を持ってすら統制しきれないとは。
「私のほうも同じだ。応接セット以外に金をかけるつもりは無かったのだが、いつの間にかシャンデリアと大きな絵画が数点掛けてあったのには驚かされた。」
私自身、想像を絶する出費に驚かされた。そして全てが工事費に含まれていたのにも。大蔵省の目は何時の間に節穴になっていたのか。無論部下達の独断専行は処罰したが、工事を監督していた本土陸軍省の人間まで勝手に処罰するわけにも行かず、申し送り状だけを陸軍省に送付するにとどまった。本土からの回答は無罪放免だったが。
「卿もか。お互い部下には悩まされるな。」
そして陸海軍の対立と現場でのいがみ合いにもな。本土の政治ゲームを前線に持ち込むのはやめてほしい。見栄と体面で戦争はできないし、腹も膨れない。一つの宝石よりも一発の砲弾であり、一食分の食料こそ前線に必要なのだから。
お互い顔を見合わせると、苦笑がこぼれる。
「私は、陸軍さんとこんな関係になるとは想像しておりませんでした。」
「それは、私もですよ四辻中将殿。」
彼は遠い目をしていた。私もしているのだろう。今でも目に浮かぶようだ。あの悪夢の時間が。
創設以来いがみ合ってきた陸海軍。その関係は、私達の間にも存在していた。しかしそれよりも大きな問題だったのは、部下達の関係だ。顔を合わせれば罵り合い、協力などありえず、積極的に妨害していく。
戦闘中に欺瞞情報を流さない事だけが救いなのは、もはや喜劇の段階であろう。そんな態度で生活を続ける先任達に、新人達は染まっていった。私達が選抜してきた数少ない良識派も、一年もすれば立派な過激派になった。
そして毎日のように、大本営や総監部から【協力せよ】という命令が届き続けた。上級司令部もこれらの問題には頭を悩ませていたのだろう。何しろ先代の司令官達が更迭されたのも、双方の連絡不足による民間船誤射・誤爆事件が原因だったのだから。
毎日毎日部下を叱り飛ばし、威圧して無理やりにでも相手に協力させる。お互い様の環境を作ってなお抵抗する部下をまた叱り、更迭し、再教育を施す。
そんな過酷な毎日が十年続いた。
その中で、唯一気を許せるのはお互いだけだった。要塞で唯一の同格であり、その苦労を心底理解できる唯一の存在。部下達にすら明らかにできない内心を吐き出せる相手だった。ただ二人だけで酒を酌み交わし、愚か者どもを罵った。時には互いの妥協点を相談し、問題点を解決しあった。双方の経験とコネを組み合わせれば、大抵の事を解決できた。そうしなければ、今頃二人は死を賜っていたであろう。一発の艦砲射撃が敵陣突破の鍵となり、沿岸砲の攻略が艦隊の安全を担保する。そんな状況では、陸海の軋轢など投げ捨てるべきなのだ。
それでも幾度かの防衛戦を乗り越えてなお、参謀共のいがみ合いは収まるところを知らないようだが。本当にどうすればよいのだろうな。
ままならぬ現実に思いを馳せていると、ノックの音が聞こえた。
「誰かね?」
「は、六条大佐であります。富永陸軍大佐をお連れしました。」
四辻中将の誰何に、まだ年若い青年の声が応えを返す。
「入りたまえ。」
「は、失礼いたします。」
「失礼します。」
四辻中将が入室を許可すると、二人の青年将校が入室してきた。
「海軍大佐、六条であります。」
「陸軍大佐、富永であります。」
「かしこまった礼など要らん、座れ。」
二人がテーブルの端に立ち敬礼してくるのを、中将は適当な答礼を返して着席を要求する。二人とも固まっているのを見かね、中将に視線をやれば肩をすくめた。度胸試しも大概にするべきだろうに。
「よい、座りたまえ。」
「失礼します、閣下。」
「了解です、閣下。」
私が許可を出せば、六条大佐は面食らったような表情を浮かべ、おずおずと私の正面に座った。まともな上級将官の対応ではないし、ましてや陸軍の私が同席しているからな。それに比べて富永の表情ときたら、なんと大胆不敵か。陸軍軍人の典型であろう。ひどく態度がでかい。辻の戯けを思い出させる。
着席もそこそこに、富永が懐から小型機密ケースを取り出し、こちらに差し出してくる。
「両中将に、大本営より封緘命令が届いております。」
後ろで秘書艦殿が開封道具をそろえているのだろう音がする。鍵と個人情報カードが必要だからな。私も懐から個人情報カードを取り出す。中将と六条大佐のカードは白銀、私は青銅、富永は赤だった。カードにはランクがあるが、中将と大佐は名門の出であるから白銀色であり、私と富永は平民であるから将官、佐官として見合った色のカードを与えられている。
ケース上面にある読み取り面にカードを載せ、私達の個人情報が読み取られると、ケースに指定された権利者である事が認識された。
四人ともカードを読み取らせると、仮想キーボードが立ち上がる。中将が、大本営から伝えられたキーコードを入力するとケースが解放される。中に入っていた二つの封筒を取り出すと、中将は片方を六条に向かって滑らせた。
「六条、開封しろ。」
「小官でよろしいのですか?」
白い長方形の封筒には、大本営印の押された赤い封蝋が施されていた。
「開封したら貴様が最初に目を通せ。私は最後で良い。」
「は、了解しました。」
「どうぞ、六条大佐。」
六条が封筒を手にすると、いつの間にか回りこんでいた秘書艦殿がペーパーナイフを手渡していた。
「ありがとうございます、大淀少佐。」
「お。」
彼が手にしたペーパーナイフを見て、富永が吐息を漏らす。精緻な銀細工が施された白銀のそれ。柄にいくつかの輝石が見えたが、陸軍随一の洒落者が感嘆するほどの代物か。そんな代物でもって、何の気負いも無く一閃、封筒を開封した。あの殿下の侍従を勤めていた彼なら、その手際にも納得できる。
「……本気ですか、これは。」
取り出した中身を読んだ六条の眉間にしわが入る。彼は一読して紙をこちらに差し出してきた。私は視線を富永に振る。彼は訝しげな気配を漂わせながら富永に紙を渡した。
「ほう、これはこれは……。」
富永は不敵な笑みを更に濃くしながら読み進めていく。
「秋葉中将閣下、これは厄介です。」
富永が紙をこちらに渡してきた。読まずに中将に渡す。中将は何度か紙を読み返し、徐々に怒りの波動を濃くしていく。中身を読みたくないと思ってしまう。端が握りつぶされたそれを、中将がこちらに渡してきた。
「読んでくれ、秋葉中将。」
中身に目を通す。第178特務師団所属第227特殊歩兵連隊と第310警戒戦隊によるピーコック偽島攻略戦か。先の閃号作戦で機能喪失状態まで追い込んだ離島棲姫の追撃、可能ならば偽島の拿捕が作戦目的とは。
「ふざけた話ですな。最低でも重装師団と五個戦隊は必要です。」
富永の言うとおりである。先の閃号作戦に投入されたのは佐世保の八個戦隊48隻に陸軍一個師団。敵前上陸した第101師団は半壊状態だという。いくら護衛艦隊無しといっても、復旧したであろう陸戦ユニットや砲台を考えれば到底ありえない内容だ。
「大本営は何を考えている。拠点級に戦力の補充が無いとでも思っているのか!」
中将の罵声に思わず全員が首を縦に振る。後退中の鬼・姫級が、周辺海域から戦力を呼び寄せないはずは無い。これまで何度それによる逆撃を受けてきたのか。
「この離島棲姫は偽島を切り離していません。大本営としては収容艦隊が来る前に仕留めたいのでしょう。」
「それならいいのですがね。お偉方には、偽島が金の山に見えてるのではありませんか?」
六条の見方は戦略的に見れば妥当といえる。せっかく大損害を与えた基地を見逃すわけには行くまい。偽島を接続している間は、海中に潜る事は出来ないのだから。
だが、富永の言う事が私に強い懸念を抱かせる。
偽島は離島棲鬼などが製造する巨大構造物だ。元になった島を拡大した構造になっており、植生や岩盤構造なども酷似している。南方の貴重な鉱物資源や植物が得られるのだ。
その上部に要塞として離島棲姫の武装が配置され、かつ母港機能も備えているため、大量の金属資源や燃料が貯蔵されている。民需用物資が欠乏している中、それを拿捕できれば昇進間違い無しだろう。政治家からの要請が無いとも言い切れない。
「派閥争いを前線に持ち込もうというのか大本営は!」
四辻中将が獅子哮する。個人的な利益が絡む可能性は極めて高い。閃号作戦立案は、陸軍参謀本部の財閥系が主体だったはずだ。参加部隊も無能共を集めた「エリート」部隊。個人の武勲と集団の利益が結びついた結果か。
「そうではなかろう。これは大本営の策よ。」
私の発言に三人が反応する。
「それはいかなる次第か!」
「小官にもお教えいただきたい!」
いちいち騒ぐな、まったく。冷めかけた紅茶を一口飲み、のどの渇きを癒す。渋くなってしまったな。それにしても殺気を放つでない。海軍は敵味方の判別もつかんのか。
「中将、私は卿の敵ではない!殺気を放たれては口を開く気も失せるわ!六条、陸軍とは言え私は将官、場を弁えよ!」
「む、すまん。先走った。」
「……申し訳ありません。」
私の言に恥じ入るところがあったか、中将はすぐさま殺気を抑え頭を下げた。六条は納得がいかぬという顔をしたが、頭を下げおった。直情径行も大概にするべきであろう。そもそも、それは陸軍の専売特許だ。
上官に対する態度ではあるまい。これが傍若無人、無人の野を往くが如くと評される佳奈子殿下に長く使えた弊害か。階級社会の外を往かれる殿下のそばにいては階級統制が理解しにくいのかも知れぬ。
「私にもご教授願いたいですな、閣下。」
「貴様にはわかっておろう?」
「答えあわせという事で、御願い致します。」
富永が殊勝にも頭を下げよった。どこにも敬意等無い事は人目でわかるがな!軽薄そのものの態度よ。
「良かろう。しばし傾聴せよ。」
咳払いをして三人を見据えれば、三人とも背筋を伸ばしてこちらに目線を送ってくる。出来る者達の眼光は鋭い。物理的な圧力すら感じてしまうほどに。
「この作戦、大本営としては失敗を望んでおる。特に富永の敗死を望んでおろうな。」
「ほう、邪魔者には消えてほしいという事ですかな?」
まだ、頭も話しておらんというのに!ジロリと睨みを効かせれば富永は肩を竦めよる。
「偽島の確保に成功すれば、勲功第一、功四等金鵄勲章はあろう。撃沈に留まっても寡兵で挑んだ貴様らの勲功第一は確実。どちらにしろ閃号作戦を企画した戯け共の居場所は無くなろう。」
伏見宮大将としては、若き俊英の地位を素早く固めるための踏み台程度にしか思っておるまい。嵯峨野宮大将にしても、陸軍参謀本部の無能を一掃する道具にしているに過ぎない。
「負ければそれもよし。二人が生還すれば、重要人物に尻拭いをさせた責任で予備役編入。どちらかが死ねば、軍法会議の対象となる。」
大本営としては、一番後腐れ無く無能を一掃出来るのが富永の戦死だ。何しろ後ろ盾が無い。兵卒の士気低下は痛いが、それだけだ。新たな英雄を生み出せばいいとでも考えているのだろう。
英雄すら切り捨てられると知った兵卒の士気を取り戻すのに、一体どれだけ懸かるか。現場からすれば頭の痛い問題だ。
「富永であれば参謀と師団長は極刑。そのほかも強制退役。六条の方は読めん。将官十数人の首で済めば御の字程度の粛清の嵐が吹きかねん。」
無任所とは言え、海軍艦娘派の筆頭にして陛下のご信頼厚い伏見宮大将と、陸軍教育総監と憲兵総監を兼任して辣腕を振るう嵯峨野宮大将。軍系皇族の二大巨頭が激情に駆られて動けば、何が起きるか予想もつかん。
「富永大佐はともかく、小官にそれほどの価値がありますでしょうか?」
「六条ならともかく、小官を殺したがっている連中なんて山ほどいると思いますがね。」
我らの言葉が理解できんと見える。四辻中将をみればやり切れぬと見える表情があった。二人同時にため息が出る。
「秋葉中将、二人とも自分の影響力がわかっていないようだな。」
苦々しい声色で、四辻中将が口を開いた。自分自身の影響力を把握しない力あるものなど、組織運営における地雷でしかない。
「富永、陸軍としては貴様をこのような下らぬ戦で使い潰すような事はできぬ。兵卒どもの士気にかかわるからな。貴様の声望というものを知っておけ。……心せよ、大佐。これからは容易には死ねんぞ!」
平民きっての武名の持ち主であるこの男。どんな死地にも笑って飛び込むこの男の存在こそが、陸軍で最も死亡率の高い兵科である揚陸兵の戦意を保っている。栄誉栄達が死地の先にあると思わせられる威を持っているのだ。兵を死地に飛び込ませるという点で、この男以上の者など
今の陸軍にはいない。
「……これまでどおりというわけですな。なに、小官は揚陸兵総監になるまでは死なんと決めておりますので。」
この自信過剰な男でも、この評価には感じ入るところがあったか。一瞬体を震わせ、いつものような大言壮語を吐き散らす。しかし、その頬が紅潮している。
兵たちからの信頼を、改めて感じ取れた事がうれしいか。上級司令部からの信頼があることがうれしいか。平民であるという無形の蔑みと戦い続けてきた男にとって、それは戦勝の証といえるだろう。
「六条、貴官は海軍の希望にして絶望なのだ。新たな艦娘の活性化にした貴官をむざむざ失うわけにはいかん。そして、貴官の死は嵯峨野宮、伏見宮家、軍系二大皇族の暴走を招きかねん。易々と死ねると思うな。」
四辻中将の言うとおり、この男が戦死すれば佳奈子殿下は怒り狂うだろう。孫娘同然の扱いで知られる伏見宮大将と、娘を溺愛している事で知られる嵯峨野宮大将。巨大派閥の重鎮を私情で動かせてしまう皇族令嬢。この二つが結びつく事で、いかなる化学反応が起きるのか。想像もしたくない。
「両家がですか?伏見宮大将は無能者の謗りをくださいましょう。嵯峨野宮大将は小官の戦死を喜びこそすれど……。」
六条がなんとも言えぬ表情で、自らを卑下している。おそらく両大将から普段そのように扱われているのだろう。伏見宮大将は鍛錬の一環としてそのような精神的圧力を掛けていると見た。
嵯峨野宮大将にいたっては愛娘を奪う悪漢扱いなのだ。以前殿下に言い寄っていた侯爵家嫡男が行方不明になった事件に、大将がかかわっていると言われる。やりかねんと思われている時点で、嵯峨野宮大将の素行がわかるというもの。
「判っておらぬな、六条大佐。貴官が世間からどう見られているか。」
下手に上位のものしかいない環境に慣れると、このように卑屈になるものなのだろうか?不思議そうな表情をしている六条を視界に納めながら、さらに言葉をつむぐ。
「貴官は六条子爵家の三男だ。そして嵯峨野宮家の長女佳奈子殿下に幼少の砌より御仕えしてきた。伏見宮大将に師事していた事もある。そして、ある噂もあるのだ。」
これだけでも破格の扱いは確実であろう。周辺に取り入ろうとする取り巻き共がいないのが不思議なくらいだ。帝国権力構造の上層部に、三本もの強力な伝を持つ士官などそうはいない。
「その噂はあれですかな。佳奈子殿下の許婚であるという。」
「それは、幼きころの戯れです。殿下も覚えてはいらっしゃらないでしょう。」
富永が継いだ言葉に、六条が反論する。こやつはそう思っているかも知れんがな。周囲からすれば、もはや周知の事実といっても良いのだ。
「だが、ある式典での問いかけに、伏見宮大将は歓迎し、嵯峨野宮大将はその噂を否定せなんだ。」
宮中で執り行われた即位30周年記念式典においてある伯爵家の婦人が、サロンの噂として持ち込んだ『六条子爵家の三男が嵯峨野宮家に婿入りするという噂』が事実かどうか、両大将と佳奈子殿下がご一緒のタイミングで聞いたのだ。
私と四辻中将はたまたま、両大将と硫黄島要塞についての簡単な打合せをしていたために巻き込まれてしまった。
伏見宮大将は『それは重畳。どうかね、嵯峨野宮大将。あの小僧ならば卿の眼鏡にも適おう?』と軽々しく言い放つ始末。対して嵯峨野宮大将は血涙を流しつつ、亡者のごとき怨念を吹き散らしながら『……否定はッ!……出来ぬ。』と言いきった。苦虫を一個師団は噛み潰したような表情でだ。
周囲の貴族たちはめでたいというべきか、ご愁傷様ですというべきか悩んだ事だろう。皆は結局、曖昧な笑みを浮かべて何も言わない事を選んだが。
「佳奈子殿下もな。殿下はむしろ肯定しておいでだった。」
四辻中将はごまかしているが、肯定というよりは狩猟宣言だったように思う。あの眼光の鋭さは20にもならぬ貴族令嬢が放つ物ではなかった。歴戦の猟犬のような目だったのだ。
殿下が満足げな表情で『ならばよし!決して逃さぬ、地の果てまで追い詰めてやるからなぁ!』と申されたときには、周囲の貴族たちは天を仰いだ。見た目は淑女なのだが、その内面は凶暴な獣である。
周囲の令嬢たちが「さすが佳奈子お姉さま!」「おのれ六条!」と燃え上がっていたのと、令息達が「かわいそうに。」「我々は救われたな。」と口々に言い合っていたのが印象に残っている。六条がいなければ佳奈子殿下は売れ残っていたのではないだろうか?あの性格では、血筋と外見の功を打ち消して余りあるからな。
中将の言葉を聴いた二人からうめき声が上がった。
「……慕われているではないか、六条。男冥利に尽きるな。」
さすがに陸軍一の伊達男でも、これほどの女傑にはお目にかかったことはあるまい。これほどに牙を剥かれた経験など無いのだろう。皮肉げに笑ったつもりだろうが、頬が引きつっているぞ。
「……逃れるためにここに志願したというのにな。」
腹の底から流れ出たような、低く聞き取りにくい声で六条が言う。確かに一種の島流しに近い硫黄島要塞勤務であれば、佳奈子殿下の腕も届くまい。距離の暴虐は海上輸送が主となった現代の方が強力ゆえに。
「なぜ殿下はもう少し女性らしくあってくださらないのか。」
六条の言うやるせない現実に、誰とも無くため息が漏れる。皆の顔には疲れが浮かんでいた、まだ作戦は始まってもいないというのに。いかん、流れを変えねば。
「四辻中将、もう一つの封筒の中身は一体?」
私の疑問に、若い二人は姿勢を正す。そうだ、先の作戦指示書と同封された封書。その中身が気になるのは当然だろう。
「うむ、開封してみようか。」
「こちらをお使いください、閣下。」
「不要だ、ふんッ!」
四辻中将が封筒を手にすると、六条が先のペーパーナイフを差し出した。しかし、中将はそれを受けといることなく素手で千切り、開封してしまった。
「あ、大淀さん、お願いします。」
「はい、しまっておきますね。」
六条はやり場の無いペーパーナイフを数瞬彷徨わせると、いつの間にか彼の背後に立っていた秘書艦殿に手渡した。秘書艦殿が机にナイフをしまう頃には、中将は書類を読み終えていた。それほどの厚さがあるわけではないようだが?
中将が渡してくる書類を読んでいく。富永と六条に渡された二部と同じ内容か?閃号作戦の戦闘速報、周辺部隊による偵察の結果が書かれていた。
「閃号作戦は、随分な無茶をしたようですな。」
富永の言に皆がうなずく。それもそうだろう。本来であれば一個鎮守府96隻を持って叩くべき拠点型鬼級相手に、一個正規艦隊48隻で挑んだのだから。鬼・姫級は直掩として一個正規艦隊48隻を配している事が多い。それらを排した上で、大口径の沿岸砲や浮遊要塞を有する鬼・姫級を相手取らなければならないのだ。到底戦力が足りない。それも三個師団ものお荷物を守りながら戦わねばならなかったのだから。
海戦こそ順調に推移し、護衛艦隊の排除に成功したものの、艦載機が損耗していたため、唯一無傷だった正規空母瑞鶴に制空部隊を移乗させた。残りの雑多な艦載機をかき集め、一個飛行隊を編成し軽空母龍驤に移乗。攻撃の要とした。
しかし、いざ事前砲撃というタイミングで潜水艦による奇襲を受けて戦艦三隻が中破、輸送船団が混乱する。駆逐隊が潜水艦を狩った時点で輸送船七隻が沈没、一個戦車大隊が装備ごと喪失した計算となった。
その後、艦隊は徹底した事前砲撃を持ってピーコック島各地を掘り返した。戦艦、重巡は一戦分の砲弾を残して撃ちつくし、航空隊もその爆弾の半数を投下した。敵も280mmカノン砲や浮遊要塞による反撃を行ったが、弾着観測射撃によって短時間で制圧に成功する。
それでも叩き切れない陸戦ユニットもいたがその数はわずかであり、作戦司令部はどうにかなると踏んだらしい。艦隊司令官は砲撃停止を命じ、第144海兵連隊を先頭にピーコック本島南東突端からの揚陸戦が開始された。
水際防御陣地からの手厚い歓迎をしのぎきった第一大隊の献身によって確保された橋頭堡を足がかりに、続々と計七個大隊が上陸し環礁の制圧に赴こうというところで、ゲートから湧き出た敵に退路を立たれ、包囲殲滅された。
撃滅したに見えた280mmカノン砲も再起動し、あわてて撤退にかかる艦隊を散々に打ちのめしたのだ。大型艦が反撃するも、観測機はすぐに叩き落され、めくら撃ちで280mmを潰しきるまでに、狭い範囲にひしめいていた輸送船はぼろぼろにされ、あらゆる物資を放棄して撤退せざるを得なかった。上陸していた七個大隊を含めて。
さらに後退中に再び潜水艦隊の奇襲と敷設された機雷群に遭遇し、多くの艦が機動力を低下させてしまう艦隊の繋戦能力はうしなわれたも同然となった。艦隊司令官は更なる攻勢を主張する第101師団長を拘束し、作戦失敗、ならびに撤退を宣言。
そして作戦は失敗に終わり、揚陸予定だった第101師団の損耗率は四割を超え、艦隊は轟沈こそ出なかったもののその戦力を喪失した。敵護衛艦隊、および陸上砲台と引き換えとはいえ、あまりにも大きな損害だった。
撃沈を恐れたのか、離島棲姫は撤退を開始。艦隊司令官は小破だった戦艦比叡を旗艦に軽空母1、軽巡1、駆逐3隻からなる快速の追撃部隊を編成し、逃走する離島棲姫を追わせた。残存戦力で最も傷の浅いものたちだった。しかし、集結中の海域戦力に妨害され追撃を断念せざるを得なかったようだ。のちに小笠原の第302海軍航空隊による強行偵察が実施され、その結果が私達の前に披露されているというわけだ。
「航空偵察の結果はあまり芳しいものではなさそうですね。最新の写真でも沿岸砲と飛行場が復旧できていないのが唯一の朗報です。」
第302海軍航空隊によるたび重なる偵察によれば、偽島中心部を埋める形で存在する飛行場と、北西部に突出した形で建設されている港湾付近の大口径砲台は大穴が開いたままになっっており復旧が進んでいないようだ。基地航空隊の援護無しの状況は、鈍足の輸送船団護衛を容易にしてくれるだろう。大口径砲の有無は、砲戦距離を左右する大きなファクターだ。無いのであれば近接射撃による直接火力支援も可能だろう。
「しかし陸戦ユニットもかなり補充されているのが見て取れる。砲兵陣地が複数個形成されているのが痛い。航空支援無しでこの水際防御を抜くのは骨が折れるぞ。」
偵察写真によれば155mmの重砲撃級と105mmの砲撃級が砲列を成し90mmを装備した重戦車級や76mmの戦車級、37mmや20mmを生やした装甲車級がところ狭しと並び、その背後には物資を満載しているであろう補給車級が犇いている。黒光りする、ハリネズミのような無数の銃砲が海に向かっていた。偽装している個体もいるが、数が多すぎて偽装になっていないのが実際のところだろう。
「情報部の分析によれば、陸地部分は4倍程度に拡張されていて、ピール、ウィルクス島に155mmを中核とした中隊規模砲兵陣地がそれぞれ一つ、ピーコック本島に90mmを中核とした中隊規模高射砲陣地が二つ、環礁部に280mmカノン砲6基の残骸と付属する大隊規模砲兵陣地跡が存在するようです。また、重戦車級を中核とした大隊が本島に、中隊がそれぞれピール、ウィルクス島に掩体壕配置されています。護衛要塞級は確認できないそうです。」
いつの間にか秘書艦殿が壁に掛けていたピーコック島の白地図に、六条が分析から得られた部隊配置を書き込んでいく。書き込まれるに従い、深海棲艦どもの重厚な布陣が明らかになっていく。書き込まれた砲の射程と配置は明らかに相互支援砲撃を可能としており、間接観測射撃で上陸部隊が破砕されるのは目に見えていた。
「また、戦闘速報によれば偽島地上部には、偽装された地下へのゲートが複数あるようです。現在わかっているのが本島に少なくとも三ヶ所以上。内陸部への侵攻中に背面攻撃を受けたことが、上陸部隊の損害を大きくした原因のようですな。」
富永がその地図に複数個所の赤丸をつけていく。それぞれ海岸から百メートルもいかない場所だ。各島嶼部を確保し、いざ前進しようというタイミングで背面、側面打撃を受ければどれだけ頑強な部隊でも一撃で葬り去られていしまうだろう。最新の重戦車でも至近距離から背面を撃たれれば致命傷であり、人間は何をいわんやである。
「ウェーク島潜行偵察隊によれば深海棲艦太平洋方面軍主力、空母ヲ級改”シスター・サラ””ビッグE”"レディ・レックス"麾下の80隻前後が四日前にハワイを出航。西に向かっているようです。その進行速度から見て、離島棲姫との合流は約137時間程度。南極海から砕氷級を含む艦隊がタスマン海を突破しつつあるとの情報もあります。」
深海棲艦太平洋方面軍の主力である東方艦隊。有力かつ高い錬度を有する精鋭部隊であり、帝国の主力艦隊と正面から殴り合える恐るべき敵。さらに未だ人類の目が届かない南極に出没する深海棲艦砕氷級の存在。姫・鬼級を収容する事のできる唯一の深海棲艦であるこの艦には、レ級を始めとした強大な護衛戦力がついていることで知られている。深海棲艦は傷ついた姫鬼級を南極に回収し、海底の基地で修復していると見られているのだ。
「収容して修復するつもりか。ますます逃がすわけにはいかなくなったな。」
そうは言っても制限時間つきとなると更に条件は厳しくなる。
「富永大佐の有する戦力は?」
「特殊歩兵二個大隊、重戦車大隊、砲兵二個中隊、陸戦娘小隊が正面戦力の全てだ。あとはあきつ丸と揚陸船団で火力にならん。」
「こちらの砲戦火力は戦艦三隻、軽空母一隻分に換算できることが、事前の評価演習で確認できています。そこに誘導兵器による精密爆撃も加えれば、地上戦力の一掃も十分に可能です。」
いつの間にか背後に立っていた秘書艦殿に差し出された書類を見れば、六条の言にも納得がいく。現在励起されている艦娘だけでも数個戦隊に匹敵する火力を有している事がわかるのだ。
「なら敵砲陣地をミサイルによる長距離攻撃、および空爆を持って破壊。敵沿岸陣地には艦砲射撃を持って牽制を実施。その火力支援下において南東突端に部隊が上陸する形か?」
「上陸前に沿岸陣地も含めて徹底的に叩きますが。ただ内地侵攻前に、沿岸部に防御陣地を形成しておくべきです。また偵察部隊によるゲートの所在確認後、誘導弾でゲートごと伏兵を叩く事で、奇襲を防ぐ事が可能です。いかがですか?」
地殻貫通弾頭ミサイルがありますから、と簡単に言うが41cm砲弾にも耐えた地下壕を吹き飛ばせる代物があるのか!?
「いざとなれば、ゲートから私が少数を率いて進入というのもいいでしょう。うちの連中は苦労しますが、まぁいつもの事です。少なくとも環礁部でブロークンアローを要請するよりは、はるかにましですな。」
富永が肩をすくめる。上陸部隊の宿命とも言える事態ではあるのだ。包囲下で全力打撃支援の要請というのは。攻勢を弱めなくては磨り潰されるだけのときは特に。
「貴官らがそれで良いというなら、やってみたまえ。物資については最優先でまわす。」
「ただし、駐留艦隊は明日、連合艦隊を編成し東方艦隊の迎撃に赴くことになる。航空隊も出払うことになるだろう。支援は出せない。」
四辻中将は現実的な問題を提示した。深海棲艦太平洋方面軍の主力である”ネームド”が三隻出張ってきた以上帝国防衛の要としては迎撃に出なくてはならない。それも全力出撃といっていいレベルでなくては優勢以上は望めないだろう。防衛戦力を残すことも考えれば余力は限りなくゼロに近い。
「陸軍航空隊も大半が出撃待機命令下になる。陸戦部隊は要塞戦体制に組み込まれるゆえ、支援はできん。」
陸軍とてそれは同じだ。定数で3000機以上の作戦機とはいえ、実際には南方の各基地に相当数が出張っている。海軍の支援に爆撃隊を出せば、まともな支援など不可能だ。
「「それでもやるか?」」
「やらせていただきます!」
「朗報をご期待ください、閣下。」
私達二人の問いかけに、若者二人はそれぞれの態度でその意気込みを知らしめる。六条は飛び上がるように立ち上がり、鋭く、しかし美しい敬礼を持って答え、富永はそれを横目に優雅に立ち上がり、流れるような敬礼を行った。
「よかろう、四辻中将、補給命令書をつけておかねば。」
「そうですな、大淀、頼む。」
「こちらをお使いください。」
作戦の大まかな方針は決まった。秘書艦殿から筆記具を受け取ると、私と四辻中将は同封されていた命令書に署名捺印し、最優先補給指示書を付けて二人に渡す。
「後は二人でつめてくれ。詳細は事後報告でかまわん、責任は我々が取ろう。」
「貴官らは結果を出せばよいのだ。これまで通りにな。」
「「はっ!」」
命令書を受け取った二人はもう一度敬礼し、すばやく退室していく。扉が閉まると同時に、私と四辻中将から同時にため息が漏れた。
「なんとも、面倒なことになりましたな。」
「これから部下たちを集めて連合艦隊の編成を急がねばなりません。」
「要塞戦体制への移行と偵察の強化を指示しなくては。」
「「はぁ。」」
「お二人とも、今から気を張り詰めていてもいいことはありません。お菓子と紅茶で一息入れてはいかがですか?」
秘書艦殿が紅茶といくつかの焼き菓子を差し出してくれた。大淀と言ったか?優秀な秘書なのだな、このような秘書を持つとは、うらやましい限りよ。
「ん、あぁ、ありがとう。…グフッ!?中将!まて!焼き菓子には手を着けるな!」
紅茶の味、香りもいい。たとえいい茶葉を使っていても入れる者の技量如何では泥水にも劣る代物になりかねんからな。焼き菓子も美しい焼き色と香りだ、さぞ味もいいのdhjshdkvsdjvbslふぁfぼあ!?
「あsdふぁdヴぇtb!?」
なんなのだこれは!?見た目からは想像もできないほどの凄まじい味覚。これを味と評してもいいのだろうか。舌を劈くような痛みを伴う旨みがしびれるような苦味と共に襲ってくる。おかしい、甘みが無い。
柑橘系のほのかな香りと良質なバター、小麦の香りが合わさり、すばらしい味を確約していると言うのに、実際の味は地獄絵図だ。体が跳ねる。床に倒れこんだようだが、痛みすら感じ取れない。
「間に合わなかったか、衛生兵、衛生兵をここに!」
ばたばたと足音が駆け込んでくるのを聞きながら、私の意識は薄れていく。
最後に思う。新境地だった、意外にいけた。もう一度食べてみるのも良いかもしれない。
個人情報カード
大日本帝國において各個人に対して配布される身分証明機能つき国民票。クレジットカードや公的書類機能、顔写真、個人番号などの各種個人情報が記録されている。
各個人の社会的信用性、身分によってカードの色が異なる。
紫に金 天皇・皇后・上皇・皇太后
紫に銀 天皇の兄弟・皇太子
紫に白 今上天皇直系
紫に黒 皇族当主
紫 皇族
金に白 摂関家(総理大臣)
金 清華家・大臣家(陸海軍大臣)
白銀 羽林家(その他の大臣)
赤銅 名家(大将)
青銅 半家(中将)
青 平民(少将)
赤 平民(大佐)
黄 平民(少・中佐)
白 平民(尉官)
黒 平民(下士官以下)
など。
これ以外にもさまざまな評価基準が存在するため、一概にこの通りとは言えない。(学術的権威であれば白銀位はもらえるため。)
秋葉時康
帝国陸軍中将、眼光鋭く、痩せた体躯の持ち主”痩せ鷲”の異名を持つ。
見た目に似合わず食道楽でありゲテモノ好き。
大淀さんのトラップクッキングの犠牲者であり始めてのファンかもしれない。