艦隊への補給承認印を押していると、ノックの音が聞こえた。壁掛け時計に目をやればすでに13:00を過ぎている。そういえば今日着任する佐官が居たか。
隣の秘書艦に目をやれば、すでに紅茶の準備に入っていた。優秀な秘書艦をもって何よりである。
着任の挨拶をしにきたのであろう佐官に、ドア越しに声をかけた。
「入りたまえ。」
「失礼いたします。」
ドアを開けて入ってきたのは金髪緑眼の海軍大佐。長身ではあるが妙に細身だ。軍人らしくないといえばそうだが、最近の軍事に必要なのは肉体的な強靭さではないからな。
執務机の前まで近寄ってきた彼は書類をこちらに差し出した。何枚もある面倒な書類を処理箱に放り込むと、私は彼の目を覗き込む。
「こんな僻地までよく来てくれた。まぁ、先に面倒ごとは終わらせてしまおう。」
「は、申告します。従五位下陰陽権博士、嵯峨野宮佳奈子内親王海軍少将殿下付海軍大佐、六条実行。大本営令により硫黄島駐留艦隊に着任いたしました。」
なんともすばらしい敬礼だった。全身に一本筋が入ったような凛とした立ち姿は、美貌と評してよい見た目とあいまって、物語の貴公子然とした雰囲気を漂わせている。秘書艦は紅茶の準備で忙しいようだ。
「うむ、ご苦労。従五位上右衛門大将、硫黄島要塞駐留艦隊司令官海軍中将、四辻兼禎である。着任を歓迎するぞ、六条大佐。座りたまえ。」
「感謝いたします、四辻閣下。失礼いたします。」
いつまでも立ったままでは話もしにくい。応接用のテーブルとソファに手をやって着席を促すと、気負いもなく座って見せた。海軍中将を前に臆面もなく正面に座る度胸はあるようだ。もっとも、かの姫君の武官を務めたのだ。私程度では役者が足りないか。
そうしているうちに紅茶の準備を済ませたらしい秘書艦が歩み寄ってきたので、紹介しておく。
「面識はあると思うが改めて紹介しておく。私の秘書艦である大淀だ。」
「改めてご挨拶申し上げます。大淀です。その、先ほどは申し訳ありませんでした。」
大淀の謝罪に思わず耳を疑ってしまった。
「まさか、もうしでかしたのか。」
「……、はい。」
「いえ、お気になさらずに。熱暴走気味だったのを介抱しただけですから。」
思わず天井を見上げてしまう。大淀は真っ赤になって恥じ入っているが私も恥ずかしい。着任してきた新しい提督にいきなり弱みを見せるか普通。大方気合を入れすぎてから回りしたのだろうが。それでもというものだ。
「すまんな。迷惑をかけた。」
「いいえ、こちらが勝手にしたことですから。」
凄まじい威圧感を放つ彼だが、にこやかな表情を浮かべているつもりなのだ。失礼だが彼はその笑みに似合わず性格のいい男なのだろう。おそらくだが。正確なところはこれから見えてくる。判断するのはそれからでいい。消すにしろ、生かすにしろ。
「うむ、何かあったら相談したまえ。可能な限り便宜を図ろう。」
「はい、ありがとうございます閣下。」
銀線飾緒と遣り合っても得など無いからな。せいぜい陸軍との折衝に使わせてもらうとしよう。
「大佐には本日付で硫黄島駐留艦隊第310警戒戦隊を指揮してもらう。艦娘の配属はどうする?建造か、それともこちらから融通するかだが。」
「ご配慮ありがとうございます。ですが、一個戦隊6隻の建造を工廠に指示してありますので、問題はありません。また、例の件もございますので、少なくとも今日中に一隻、私の指揮下に入る事になります。」
可愛げはないな、しかし、前線に出る指揮官としてはあってしかるべき才覚ではあるか。
それにしても、例の件か。
本土から来た技本の異常者達がいじり倒していた金剛型の件。私ですら詳細は知らされていない秘密実験だ。大本営直轄の特殊憲兵隊が周囲を見張り、透過防止シートで囲われている中でなにをするつもりなのか。
海軍の、人類の希望のための実験が行われているのだ、と豪語していたな、あの狂人が。
「そうか、それならいい。しかし、そのような資材の使用は認められていないはずだが?」
ただし、この遠隔地における資源の無断使用については見逃すわけにはいかん。幾多の将兵の命を支える貴重な物資だ。備蓄に備蓄を重ねているとは言え、大規模海戦でもあれば瞬く間に吹き飛ぶ程度でしかない。
「こちらの命令書が初期艦建造依頼書に同封されておりましたので、現場裁量で適正使用しました。ご確認と認印をお願いします。」
彼に渡された書類を読み、最後の署名に思わずため息が出てしまう。それほど余裕があるわけではない前線地に、これほどの優遇を与えるだけの士官を送り込んでくるなど、何かの嫌がらせとしか思えない。伏見宮殿下の思い付きにはほとほと困らせられる。
追伸に書かれていた、追加分の資材が今回の輸送に含まれている旨を見て安堵したが。直前に割り込んできた、理研の10万トン級がそれか。
「仕方があるまい。本土には送付しておく。……大淀、彼の執務室に案内してやれ。」
「はい!お任せください!」
大淀に彼の案内を頼めば、ひどく気負った返事が返ってきた。これはまたしでかすぞ。今から気が重くなってくる。
「もういい。行き給え。」
「さぁ、行きましょう六条大佐!」
「はい、閣下。失礼いたします。」
手を振って、二人を追い出しにかかる。大淀は彼の手を握って引っ張っていこうとしている。すでにダメなんだがなぁ。
彼も困って、いるんだよな?曖昧な表情を浮かべて去っていった。彼には申し訳ないと思うが、しばらく大淀を貸し出すつもりだ。たまには静かな職場を堪能しても罰は当たらないだろう。
執務机に目をやれば、銀のトレーに乗った三つのカップと二つのポットがある。
「自分も飲むつもりだったのか、あのうっかり娘め。」
まだ湯気を上げている紅茶を含むと、ひどい味だった。まるで沸騰させたばかりの湯でじっくり煮出したような、凄まじい渋さが舌に襲い掛かってきた。
客にせっかく入れた紅茶を出し忘れるうっかりを責めるべきか。もてなすべき客に嫌がらせのような茶を出さなかったことをほめるべきか。
私は判断に苦しみつつ、苦味か大淀か、どちらが原因か判らない頭痛と戦うことになる。
「なぜ私の部下にまともなのが居ないのか。」
おそらく答えが出ないであろう難問を思考しつつ、積みあがっている書類の処理をすることにした。
ふむ、横須賀第103戦艦戦隊司令からの『南西海域における姫級戦闘艦の拿捕』か。予備計画として人型深海棲艦無力化実験と拿捕作戦の決行を前段階とする、か。どう考えてもヲ級拿捕が主目的ではないか!何回却下すれば気が済むのだ!
却下印を叩きつけて却下箱に投げ込む。
次はどうだ、第501航空師団司令からの『敵拠点に対する戦略爆撃とそれに付随する敵遊撃戦力の撃滅』か。作戦目標は敵戦力の出方を見つつ高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に変更すること、だと!戦略爆撃する気など無いではないか。そもそも制空機以外では単発の爆雷撃機しか保有していないのにどうやって戦略爆撃するというのか。出撃したければしっかりとした計画を立てるべきだろうが!
再提出印を押して処理済箱に入れる。
呉第106戦艦戦隊司令から駆逐艦の補充要請?こいつ自分が率いているのが戦艦戦隊というのがわかっているのか?何のための連合艦隊方式なのだ。そもそも憲兵の摘発を受けて懲罰で送られたのに反省しないやつめ!却下印をたたきつけて却下箱に投げ込む。……憲兵隊に警戒対象として申し送りしておこう。
駆逐艦からの無記名告発か、第317警戒戦隊司令のセクハラが過ぎるので何とかしてください。ね。この字は明らかに潮君だろう。このバカは以前からマークしていたはずだな。憲兵に一日矯正懲罰コースを申請しておこう。特別処理印を押して憲兵隊箱に入れる。
第421潜水戦隊司令からの告発?伊19がセクハラをし続けてくるのでつらい。どこかに飛ばしてくれ?それと潜水艦娘にスカートをはかせる許可を、か。
残念ながら伊19は貴官から離れたくないらしいので却下、スカートに関しては潜水艦娘の装備は大海指で定められているし、彼女たち自身が嫌がっているので却下。却下箱に。特記で特別休暇届を付けておこう。せめて休んでくれ。
今度は戦艦からの無記名告発か。佐世保第107戦艦戦隊司令官が下半身の露出をしてくると。
憲兵隊への懲罰依頼書に、性犯罪者向け拷問一日コースと重営倉三日を申請し、最優先印を押して憲兵隊箱に入れる。
民間食堂からの嘆願書?なぜこんなものがここに……、ってあれか、戦艦と空母か。ふむ、赤城と加賀、武蔵と長門か。外食禁止令を出しておこう。張り紙を打ち出すようメモを書いて秘書艦席に飛ばす。
間宮食堂からもか。また同じ面子。間食の負担が大きすぎるので節制をお願いします、か。あの間宮が悲鳴を上げるとなると。……間食制限令も出しておこう。
購買部からもか、……おのれ赤城め!ボーキサイトパック10000セット20トンとか一人で買う量ではなかろうが!どれだけ食うのだあのたわけめ!赤城進入禁止令を出しておく。ついでに出頭命令付だ、たっぷり絞り上げてやる!!!!!!
憲兵隊資源貯蔵庫警備班からか。『対艦娘鎮圧用兵装の使用許可』?ああ、大補給後だからギンバイ対策だな。百枚近い運用方針が添付されているが、目次では対戦艦用重装備までなので特に見ずに処理する。日ごろ安全に重点を置いた運用を心がける憲兵隊なら、方針を確認するまでもあるまい。最優先補給、実施後直ちにメモを焼却せよ。と書いたメモを付けて処理箱に。
独身貴族同盟から?初めて聞くな。なになに、陸軍女性将兵との合コンを開催してください?ペラ紙一枚にこれだけとかふざけているのか。
そんなもの自分達でやれバカ者共め!即刻破り捨てて屑箱にぶち込む。
「中将、よろしいですか。」
「なにかね。」
ノックを受けて、入室を許可する。抱えるほどのダンボール一杯に詰まった書類を持ってきたのは事務員の一人だった。
「失礼します、秘書課から決済待ちの書類です。」
「一山まとめてか。」
うずたかく積みあがる要望書を横目に見て、思わずため息が出る。後一体どれだけの話にならない書類を決裁しなくてはならないのだろうか。
「では、失礼します。」
「うむ、判った。ご苦労。」
これは、陸軍要塞司令官秋葉中将からの要望書か。なに、要塞砲兵の実射撃演習のため、一個艦隊以上の砲撃戦力を編成願う。か。海軍兵装に妖精が憑いているとは言え、艦娘が運用することを前提にしている彼らはわずかな補助しかできない。実際に運用するのは陸軍の兵士たちになってしまう。射撃戦演習は確かに必要だろう。
そして、陸軍基地航空隊のための、海軍基地航空隊援護下の輪形陣機動艦隊に対する長距離攻撃演習か。
南方海域や東方海域に展開している深海棲艦戦力は、空母を主体とした機動艦隊を編成していることが多い。そして、敵地上拠点型深海棲艦の支配下に攻め込む以上、陸上基地航空戦力と輪形陣を形成している機動艦隊を同時に相手取る訓練は必要だろう。海軍としても、陸上拠点級の莫大な航空戦力を相手に、友軍艦隊を守りきる訓練にもなる。
消費する資源は莫大になるかもしれないが、寄せ集め故の連携のまずさは、水雷戦隊と主力戦隊の間で問題になっている。これを機に問題点を洗い出し、連携の強化に努めるべきだろう。
それにしても陸軍さんは剛毅なものだ。兵の数と質の悪化を、訓練と物資供給でどうにかしようというのだから。
陸戦娘もいることにはいるが、関東軍の分はシンガポール要塞封鎖作戦に投入され、本土からも抽出してセヴァストーポリ要塞からあふれた分を内陸部で狩り出している。有力で知られる硫黄島兵団でも基幹連隊を抽出されているというのに2000機以上の妖精作戦機を僻地に貼り付ける余裕があるのはうらやましい限り。
本土のお偉方も、正面戦力の増強ばかりではなく、海上護衛総隊に航空隊を回せる位には余裕を持たせてほしいものだ。警戒戦隊から軽空母を供出しなくては、船団護衛部隊の防空もままならない現状を見れば、何を優先するべきか明らかだろうに。年間何万トンの資源が海中に没しているのか想像もしたくない。
さて、愚痴を言っても仕方あるまい。期日に関しては延長されたし、その他編成等については不測の事態なければ要請通り行う、との旨を公文書書式でしたため添付。裁可印を押して、特に優先するようメモに記載し、最優先処理箱へ。次の書類はなんだ……
「閣下、本日は秋葉中将との晩餐会がございます。お着替えを。」
ノックと共に、従卒が今夜の予定を告げてきた。外を見ればすでに日は落ちている。そうか、今日は秋葉中将との晩餐会があったな。要望書は直接手渡せばよかろう。
「わかった、着替えはどこに?」
「第二種軍装に勲章をご用意してございます、隣室へどうぞ。」
すでに上衣を取り替えるだけでいいとはな。まったく、出来がいいのは従卒だけではないか。自分の部下運の無さに思わず苦笑してしまう。
「閣下、何かございましたか?」
「いや、なんでもない。気にするな。」
「はい、閣下。失礼いたしました。」
それを見咎めた従卒が問いかけてくるが、内心を吐き出すわけにも行くまい。
勤めて無表情に否定すると、内心を推し量ってくれたように流してくれる。他の者どもにも、見習ってほしいものだ。
六条大佐がまともであることを祈りつつ、今日の晩餐会に思いをはせる。陸軍さんとの食事が最も心安らぐ現状など、五年前には想像もできないことだ。過去の自分に話ても信じてはもらえんのだろうな。
さ、本土からの食材を使った陸軍さんの料理を楽しむとしよう。心機一転、せめてもの楽しみを心行くまで味わうことに集中しなくては。
さて、駐留艦隊司令官との面通しが終わりました。
次回は執務室と、彼が呼ばれた原因の艦娘の紹介になるかと。
従五位上右衛門大将四辻兼禎
硫黄島要塞駐留艦隊司令官を務める海軍中将。
大柄で筋肉質な海の男。
華族出身であり、四辻子爵家先代当主でもある。
若いころに戦果を上げて昇進してきたのだが、優秀な部下に囲まれていた弊害で現状に大きなストレスを感じている。
本人はそれなりに優秀であり、華族補正が無くても少将まで昇進する才能はある。
未婚
名前だけ登場の秋葉中将
硫黄島要塞防衛司令官を勤める陸軍中将。
陸軍軍人とは思えないほど海軍軍人に隔意がない。
陸軍参謀本部主流派だったが、マレー半島反抗作戦”猛虎作戦”の失敗の責任を取らされ硫黄島要塞防衛司令官に島流し昇進させられる。
三男一女。長男は戦死、次男は陸軍省職員、三男は京都帝国大学文学部教員、長女は陸軍特務憲兵隊所属。
憲兵隊
かつては陸軍組織だったが、命令系統が陸海大臣直下に変更されている。
一般憲兵隊員は陸軍の精鋭から選抜され、対艦娘用倍力装甲服を装備した一般人だが、特務憲兵隊員は人類の枠を超えてしまった者たちに特殊戦闘術であるカラテを習得させることで生み出される。
特務憲兵標語は『ノーカラテ、ノーケンペイ』と『アイサツ重点』。
カラテの錬度によっては、戦艦娘の装甲を素手で叩き割れる。
しかし、その力は主に犯罪を犯した提督に向けられる。
また、彼らに遭遇した提督は恐怖のあまり言語崩壊を起こすとされる。