『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第22話

「……来たね」

 

「ご無沙汰しております、幻海師範」

 

霊界のテロ事件解決後、ヒノカミが魔界へ向かおうとする前に幻海からの呼び出しがかかった。

彼女以外には誰にも声をかけていないようだ。二人きりで向き合う。

 

「それで、儂に何用でしょうか」

 

「……アンタ、霊光玉は作れるね?」

 

「……」

 

それは霊光波動拳継承者の証である霊気を極限まで凝縮したエネルギー球。

幻海はそれをすでに幽助に渡している。そしてヒノカミは受け取っていない。

 

「……これでよろしいでしょうか?」

 

しかしヒノカミは作り上げて見せた。

以前幻海の下で修業していた時に彼女が霊光波動拳の継承者となる話が挙がり、一度だけ見せてもらったことがあるからだ。

彼女は図抜けた記憶力と膨大な霊気で、強引にそれを再現してみせた。

 

「良し……ヒノカミ、アンタが霊光波動拳の継承者だ」

 

「……は?それは幽助では?」

 

「アイツは魔族になっちまったからね。

 本人も気にしてたみたいで、できるならアンタに譲りたいとさ」

 

ヒノカミが幻海の下にいた時間は、幽助よりずっと長い。

彼が習得していない技も多数身に着けている。霊気の制御能力も高い。

霊光玉が生み出せるなら霊光波動拳継承者を名乗る条件はすべて満たしているだろう。

 

「……ですが、儂は」

 

「……いいよ。この世界から霊光波動拳が失われても」

 

「それは!」

 

過去に幻海はヒノカミの特異な魂に気付き、理由を問い詰めたことがある。

そしてヒノカミは洗いざらいを話し、幻海はそれを信じた。

ヒノカミの目的は故郷へ帰ること。そのための手段を探し出すこと。

だが霊界でも魔界でも見つからなかった。残るは魔界の深部しかない。

雷禅や黄泉たちですら命の保証がない領域だ。ヒノカミはおそらく魔界で死ぬだろう。

彼女は霊光波動拳継承者の称号を抱えたまま別の世界に生まれ変わることになる。

 

「アンタの旅には力が必要なんだろ?……持っておいき。

 考えようによっちゃあ、アンタが生まれ変わりを続ける限り霊光波動拳は無くならないんだ。

 これ以上の相手を望むのは野暮ってもんさ」

 

「……いずれ必ずこの世界に返しに来ます」

 

「余計な気を回すんじゃないよ。もうアンタのモンだ。好きにしな。

 余所の世界で気に入った奴がいりゃあ渡してもいいし、ずっと持っていてもいい。

 くたばって消えちまっても恨みはしない」

 

「……わかりました」

 

その一言を聞けて満足したのか、幻海は脇に置いていた茶に手を伸ばし口をつけた。

 

「……そんじゃ最後の命令だ。

 魔界へ行くのはあと数日延ばしな。

 ……アンタにはアタシの最期を看取ってもらう」

 

「!?」

 

とても死を目前に控えた人間には見えないが、霊光波動拳の使い手である彼女なら、ギリギリまで自分の体を誤魔化すことくらい訳はない。

ヒノカミは慌てて立ち上がる。

 

「急いで幽助たちも呼んで……!」

 

「駄目だ。アンタ一人だけだよ。

 死ぬまでの介護も死んだ後の葬儀も何もやらなくていい。

 ただアタシがくたばる瞬間を見届けな」

 

「……理由が、わかりませぬが……?」

 

いよいよもって幻海の意図が読めない。促されもう一度座る。

幻海は残った茶を流し込み、湯呑を脇に置く。

 

「アンタ……看取られた経験はあっても、まともに看取った経験はほぼないんだろ?」

 

「……?」

 

「フン、その様子じゃ図星どころか、それをなんとも思っていないわけかい。

 ふざけた話さ。たった一度のはずの最期を何度も周りに押し付けるなんざ」

 

でなければできるはずがないのだ。

簡単に自分の死を選ぶような真似が。

それがどれだけ周りを傷付け、心に影を落とす行為なのかをコイツはまるでわかっていない。

 

死と転生を繰り返してきたヒノカミの実年齢は数百歳。

しかし幻海に言わせれば彼女はまだ子供だ。

人として大切な経験を積まずに時間だけを積み重ねてしまった、年寄りの振りをしている背伸びしたガキ。

彼女を取り巻く環境が甘えを許さず、彼女は歪んだまま突き進んでしまった。

 

「これが、師匠から馬鹿弟子に送る最後の教えさ」

 

 

三日後。

幻海は眠るように息を引き取った。

霊界への案内人としてやってきたぼたんに幻海の霊を託し、しばらく残された遺体を前に佇む。

 

「……」

 

遺体はまだ暖かい。形も生前のまま。

物理的には体積も重量もほぼ変化はない。

なのに大切な何かが欠けてしまったのだと痛感する。

 

「……静かじゃな」

 

ヒーローの世界でも、死神の世界でも、錬金術の世界でも、そしてこの世界でも。

彼女は家族や仲間の死を何度も目の当たりにしている。

しかしそれはどれも戦いか、一方的な虐殺により失われたもの。

だから彼女はその度に『怒り』を燃やしてきた。

錬金術の世界でのアレキサンドリアは例外だが、彼女の体はヒノカミが作った仮初の体。

だから無意識にフィルターがかかっていたのかもしれない。

 

「ヒノちゃ~ん。幻海師範、確かに霊界にお連れしたよ~。

 ……ヒノちゃん!?」

 

「む?」

 

戻って来たぼたんが目にしたヒノカミの表情は変わらず、しかし彼女の目から涙が零れていた。

本人もようやく自分が泣いていたことに気づき、困惑している。

 

「これは……なぜ?」

 

「なぜって……っ!?」

 

怒りをぶつける仇も無く、慰めねばならない同胞もいない。

たった一人になってようやく露呈した、ヒノカミという人間の精神疾患。

 

 

彼女は『悲しい(・・・)』という感情を、ちゃんと理解できていなかったのだ。

 

 

「ごめんねぇ……気づいてあげられなくて、ごめんねぇ……!」

 

「……??」

 

突然ぼたんに抱きしめられるが、彼女はまだわからない。

何故自分が泣いているのか。

何故ぼたんが幻海のためではなく自分のために泣いているのか。

 

「……師範から話は聞いてるよ。行くんでしょ?

 でも、帰ってきてね!

 アンタが帰ってこなかったらアタシもコエンマさまも大泣きしてやるんだからね!!」

 

「……ああ」

 

この気持ちが何なのか、彼女はまだわからない。

ただ、これを忘れずにいようとは思った。

 

「……お世話になりました」

 

ヒノカミは幻海の遺体に向き直り床に額をつけた。

後のことをぼたんに任せ、ヒノカミは旅立つ。

その後の彼女の足取りを知る者は、誰もいない。




第四章『霊界と魔界の世界』編。これにて完結です。
正午に設定紹介を挟み、夕方から第五章を開始します。
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