安心院さんと言彦の、原作との違いを出すのにちょうど良さそうだと思ったので第0話追加です。
第0話
黒神めだか達と共に、不知火半袖を連れ帰るために不知火の里を訪れた安心院なじみ。
彼女は今、自分の浅慮を後悔していた。
「げ……げげげ……げげげげげげ!!!
あああああああ、ああ安心院、なじみぃぃぃいいいいいいい!!!」
「……獅子目、言彦……!」
彼を呼びに行った不知火帯を武器として振り回し、部屋を破壊しながら半袖を殴り飛ばし、なじみを目にした言彦は憤怒の表情で絶叫を上げた。
「五千年、五千年ぶりか!?
よくも、よくも、よくも儂の前に姿を現せたものだな!?
実に新しいぞ、なじみ、貴様ぁぁぁぁあああ!!!」
「僕のことは親しみを込めて『安心院さん』と……呼ばれる資格はねーな。お前には」
彼の怒りは正当なものだ。
全てはなじみの自業自得だ。
「五千年ぶり……?
安心院さん、この男を知って……待て!善吉!!」
めだかがなじみに確認する間もなく、善吉が飛び出し言彦の延髄に蹴りを入れる。
「てめぇ俺の愛する親友をぶっ飛ばしといて、何無視してくれてんだこの野郎!!」
しかし母親直伝の足技をもってしても、言彦は微動だにしない。
「新しいな、下界では斯様に大きな『蚊』がいるとは。
だが今の儂は羽虫に構う余裕などないわぁっ!!!」
言彦は背後から奇襲しようとしていた球磨川ごと、片手で善吉を払いのける。
それだけで彼らは壁に叩きつけられ重傷を負い、意識を失った。
「逃げろ、めだかちゃん。
コイツは僕でも勝てない……勝てなかった相手だ」
彼こそは五千年の英雄。
世界に勝利を約束された『主人公』。
なじみはとある目的を達成するため彼と敵対し、一億回以上敗北した。
結局は徹底的に彼との戦闘を避けることで彼女は目的を達成し、以後ひたすらに彼を避け続けた。
どれほど強くとも所詮は人間、とっくに寿命で死んでいると考えていたが。
「こっちだ、言彦!」
「安心院さん」
「逃がすものかぁああっ!!」
『希少な物を保存したい』。
それが彼女の影武者である不知火半纏と、彼の作り出した不知火一族に共通する本能。
そして影武者……『誰かに成りきる』才能。
五千年前の人間が生きているという状況と、不知火半袖が里から出られない理由。
『不知火の里が抱えている闇』の正体を知ったなじみは、めだかたちが逃げる隙を作るために囮になった。
「げげげげげげぇあああああああ!!」
屋敷の外へと逃げ出したなじみを、言彦は里を破壊しながら追いかけてくる。
言彦への対処法は単純明快。
『逃げに徹する』。
彼にスキルは通用せず、スキル無しでは傷すらつけられないほど人間離れした身体能力を持っている。
だが時間停止や瞬間移動など、直接彼に作用しないスキルまでは無効化されない。
事実五千年前もそうやって彼から逃げ延びた。
(めだかちゃん……やはり不知火ちゃんまで連れ出してしまったか!)
スキルでめだかたちの様子を確認したなじみは内心で舌打ちをした。
めだかたちだけなら言彦は無視しただろう。
だが『次の彼になる予定』の不知火半袖は何としても取り戻そうとするはず。
これではどれだけ自分が時間稼ぎをしても、本当に時間稼ぎにしかならない。
言彦相手では1分と持たないだろう。
自分を殺した後で彼が引き返し、半袖を取り返すためにめだかたちを追い続ける。
そしてめだかたちは、言彦に殺されるのだ。
(こんなことなら『あの子』を手放すんじゃなかったぜ……。
……そんなことを考えるようだから、言彦に恨まれてるんだけどさ)
『主人公』である言彦だが、歴史上ただ一人だけ、彼に勝利した人間がいた。
自分が捕らえ、利用し、捨てた『彼女』のことを思い出す。
「げぁああ!」
「がはっ!?」
余計な考えを巡らせ隙を作ってしまった。
『ありふれた物を武器にする』言彦は、空気を押し出して疾走するなじみを撃ち落とした。
言彦は『不可逆のデストロイヤー』。
彼から受けた傷は二度と治らない。
なじみは岩壁に叩きつけられ、全身の骨が砕けおびただしい血を流している。
憤怒の形相で言彦が一歩ずつ近づいてくる。
追撃が無くとも、このままでは失血死だ。
(やはり言彦を止められるとしたら、『あの子』しかいない!)
彼女を放り出したのは四千年前。とっくに死んでいるはずだ。
だがだからこそ、もしかしたら偶然にも、『またこの世界に生まれ変わっているかもしれない』。
あまりにも都合のいい可能性にかけ、なじみはスキルを総動員して『彼女』を探した。
「……え?」
そしてなじみは『彼女』の反応を見つけた。
しかし喜びよりも困惑が勝り、思わず呆けた声を上げた。
なぜなら『彼女』はなじみのすぐ後ろの巨大な岩の中にいたのだから。
(不知火……まさか『あの子』も収集していたのか!?)
不知火の里を訪れる前に、3つに分岐した道があった。
右の道が不知火の里に通じていた。
正面の道は帯の言う通りなら、言彦がいた場所へと通じていたのだろう。
そしてここは左の道の突き当り。
「なぁぁぁぁじぃぃぃぃみぃぃぃぃ!!」
言彦がなじみへと拳を振りかざす。
彼女が背にしている、巨大な岩を粉砕する勢いで。
彼の拳が届くまでの一瞬のすきに、なじみは自分の魂の一部を切り離し『とあるスキル』を託して送り出した。
「……頼んだぜ、『ヒノカミ』」
そしてなじみは砕かれ、遺体の残骸は砕けた岩の瓦礫に押しつぶされた。
彼女の死を確認した言彦は足元に転がってきたなじみの髪の端切れを掴み、半袖を連れ戻すためにめだかの後を追う。
……完全に崩れ落ちた岩の中から姿を現した、一人の女性に気付くこともなく。
「……言彦」
呟いた彼女は受け取ったばかりのスキルを使い、遠方から感じる懐かしい魂の元へと転移した。