「かぁぁぁあっ!!」
「げげげげげげ!!」
二人は音速を超える速さで拳の打ち合いを始めた。
威力はほぼ互角、手数はヒノカミがわずかに有利。
互いに時折相手の体に拳が届くのだが、決して吹き飛ばされてなるものかと脚を踏ん張り地面を掴む。
すると二人の身体はどんどんと地面にめり込んでいき、やがて地面のほうが耐え切れず大地が割れる。
「がはっ……ぁぁぁあああ!!」
「げへっ……げっげっげぇ!!」
有効打が多いのはヒノカミだが、彼女が有利というわけではない。
言彦は『不可逆のデストロイヤー』。
彼から受けた傷は、本来決して治らない。
ヒノカミの術は無効化されないが効きが悪く、傷の治りが遅い。
そして言彦本人の体質として彼の傷の治りが異様に早いため、受けているダメージ量で見ればほぼ互角。
ヒノカミが本当に勝ちたいなら、圧倒しているスピードを生かして攻撃を全て躱すべきなのだ。
だが彼女は敢えてそれをせず、さして得意でない殴り殴られ合いに応える。
それでいい。だってこれは『喧嘩』なのだから。
音速を超えた拳は衝撃波を生み出し、やがて二人の拳戟が嵐となり、空を切り裂く。
彼らを中心としたクレーターはどんどんと深くなっていき、絶え間ない大地震が世界を揺らし続けている。
まるで世界の終末を目の当たりにしているかのよう。
五千年間生にしがみつき、己の技を磨き続けていた男。
五千年間存在を抹消され、己の魂を高め続けていた女
血を吐き、骨をきしませ、それでも拳を振るい続ける二人の天災。
彼らこそが、今この世界の中心だった。
戦いが始まるとすぐに白い大蛇はめだかたち6人と、ついでに負傷していた寿と杠を回収し戦場から離れた。
今は彼らを背に乗せ、遠方上空から二人の戦いを見下ろしている。
二人の姿が点でしか見えないほど離れているはずなのだが、それでも時折岩塊や衝撃波が襲ってくる。
それらは傍に待機している八咫烏が熱線で焼き、炎の巨人が拳で振り払っていた。
「これが本当に、ただの身体一つでの殴り合いなのか!?
本当にアブノーマルも、マイナスも、スタイルも使っていないのか!?」
「『……これが憧れの週刊少年ジャンプのバトルなのかな?
だったらやっぱり憧れのままでいいや。
スキルと違って理屈が理解できるからこそ、現実を理解しかねるよ。
安心院さんの方がまだ受け入れやすいや』」
「……カッ!認めたくねぇが、コレに関しちゃ同意見だぜ」
人間技じゃない。
人間に出来ていいことじゃない。
だが彼らは間違いなく人間なのだ。
他ならぬ『人でなし』の安心院なじみが認めた『人間』。
「だが、なんつうかさ、今のアイツら……」
「うむ……楽しそうだな!!」
二人は笑っていた。
血だらけになって、痣だらけになって、それでも不敵な笑みを浮かべて拳を振るい続けている。
怒るのではなく、脅えるのでもなく、拒絶するのでもなく、ただ純粋に己の感情をぶつけ合っている。
「儂は貴様に勝ちたかった!!」
自分は誰もが認める最強の英雄だった。
だが突如ふらりと現れたこの女は、その自分がただの一度も勝てない相手だった。
「儂は貴様が羨ましかった!!」
その強さの秘密を知りたいと思った。
そして彼女が死ぬ度に生まれ変わり、歩み続けている存在だと知った。
「儂は貴様が眩しかった!!」
彼女が超えてきたのは死と再生の無限地獄だと悟った。
それでもなお自らの道を真っすぐに歩み続ける姿に惹かれていった。
「儂は貴様が愛しかった!!」
やがて愛を告げた。初めて挑んだ細工作業、手作りの無骨な水晶の首飾りを添えて。
『儂のすべてを知ってそんなことを言ってきた者は初めてだ』と、照れくさそうにはにかんだ彼女の笑顔は今も脳裏に焼き付いている。
「儂は貴様といたかった!!」
しかし返事をもらう機会すらなく、突如別れが訪れた。
彼は彼女が『最強』だと思い込んでいた。
だが彼女は『最強』ではなくまして『無敵』でもなかった。
彼女もまた自分が守るべき存在だったのだと気付いたのは、彼女を失った後だった。
「儂は貴様に会いたかった!!」
だからこの道を選んだ。
他ならぬ彼女自身が決して望まぬやり方だとわかっていても、彼女が戻ってきてくれる日まで生き続けることを選んだ。
生きて、生きて、生きて。
そしてようやくまた会えた。
「儂は!!」
また会えて、それから、それから……。
「……儂は……」
決着はついていた。
ヒノカミの拳が、言彦の腹に深々と突き刺さっていた。
彼は拳がさらにめり込むことをいとわず、傷だらけの体で更に一歩前に出る。
振るえる両腕を掲げ、目の前の女の肩を掴み。
「儂は……貴様と
自分の胸へと抱き寄せた。
自分の全てを出しつくしても壊せなかった彼女を、まるで壊れ物を扱うかのように。
彼の胸に感じる確かな痛み。
それは彼女の首にぶら下がった小さな水晶が、自分に押し当てられているからだろうか。