ヒノカミの指示はどうやら功を奏したらしく、焦凍がエンデヴァーを見る目は尊敬に変わり……とまではいかないが、少なくとも改善はされたらしい。
インターン開始からは夜中に3人揃って島の研究所へと転移しそのまま彼らの修行に付き合っているが、エンデヴァーはその日にあった出来事を嬉しそうに話してくれる。
今日は陰から自分をストーキングしていたヴィランを察知し捕らえたとか。
……ヒーローをストーキングするヴィランとはいったい何なのだろうか。
しかもよりにもよってナンバーワンを。
「なんじゃそりゃ、自殺志願者か?」
「……自殺志願者だった」
「……世も末じゃの」
ちなみにヒノカミは日中は主にエンデヴァー事務所のサイドキック達のパトロールに付き合っている。
今のところ大きな事件もないので、エンデヴァーが焦凍と緑谷に付きっ切りでも問題は起きていない。
ミルコは午前中だけ大々的に活動し、午後からは島に戻って麗日との組手ばかりしていた。
麗日は防戦一方だが、体捌きの伸びが尋常でない。
爆豪は夕方、ベストジーニストは夜に来訪する。
その日の業務を全て済ませた後でなければ訓練に身が入らないのだとか。実にキッチリした彼らしい。
なので爆豪は彼よりも少し先に来て、訓練用のホムンクルス調整体相手に鬱憤をぶつけている。
ホークスは自由だ。元々一人で活動することが多いので、好きなタイミングで仕事をして、好きなタイミングで研究所に来ている。
気が乗るとき、乗らないときがあるとか。
自分で自分のリズムを把握しているのなら問題はないだろう。
ただ彼の事務所には雄英A組の常闇がインターンに来ているので、サイドキック任せにせずたまには直接指導してやれと苦言を呈す。
そして一週間後の夕方。
「すまん、ヒノカミ。
今日の夜の修行、俺と緑谷は不参加とさせてもらえんだろうか」
「構わんが……何故じゃ?」
「……冬美から、焦凍の友人である緑谷を夕食に招きたいと連絡が来た。
学校での焦凍のことを聞かせてほしいと……」
「……そう、か」
崩壊寸前の轟一家を辛うじて繋ぎとめているのは、長女の冬美の献身だ。
長男である燈矢がいなくなってから最年長となった彼女は必死に家族の形を取り戻そうとしている。
荼毘の事とヒノカミの世界の自分たちを知ってからは、エンデヴァーは娘にただただ感謝していた。
「……ハァ。もう一人分くらい飯の余剰はあるよな?」
「ぬ……だが!」
「ここでお主がヘマをやらかすと後に響く。……儂も同行する」
ヒノカミはこの世界に来てから、轟家を避けていた。
エンデヴァーに自分の存在を否定されたとき、激しく取り乱した。
別人だとわかっていても、焦凍に敵意を向けられ胸が痛んだ。
彼女は、思ったより自分の心は弱かったらしいと自覚した。
義姉は病院、長男も不在、そこに加えてあれほど親しかった甥姪からも避けられたら……。
「……わかった。冬美に連絡しておく」
「うむ。しかし儂の扱いはどうするか……思えば完全に部外者じゃし」
「……俺の職場の手伝い兼、緑谷の関係者として紹介しよう。
事実、アイツに黒鞭とやらの扱い方を教えたのはお前だからな」
「なるほど。では出久にも口裏を合わせるよう頼んでおかねばな」
そして夜。
焦凍の友人である緑谷と、緑谷のオマケとしてヒノカミが轟家にお邪魔する。
「焦凍がお世話になっております、姉の冬美です!」
「緑谷、出久です」
「ヒノカミと申します。
さほど炎司殿とも、焦凍とも親しくない身で押しかけ恐縮なのですが……」
「いえいえ、ご飯は大勢で食べた方がおいしいもの!
それにお父さんがすごくお世話になってるって、焦凍も言ってたし!」
「夏兄も来てるんだ」
「家族で焦凍たちの話、聞きたくて」
長女の冬美はヒノカミの知る彼女とよく似ていた。
空元気というか、無理やり張り切っているような感じはするが、少しほっとした。
「……ただいま、夏雄」
「……」
だが夏雄は炎司が挨拶をしても少し目をやっただけですぐに逸らしてしまった。
ヒノカミの故郷でもだが、この世界でも次男の夏雄は長男の燈矢と仲が良かったらしい。
だから彼は燈矢を追い詰め死なせてしまった炎司を憎んでいた。
「食べられないものあったら無理しないでね」
「どれもめちゃくちゃおいしいです!」
「そりゃそうだよ。
ずっと姉ちゃんが作ってたんだから」
「夏もつくってたじゃん。かわりばんこで」
「え!?じゃあオレも食べてた?」
「どうだろ。俺のは味濃かったから……エンデヴァーが止めてたかもな」
……食事中でもこの有様だ。
客人がいるというのに明らかに敵意をむき出しにしている。
「焦凍は学校ではどんなの食べてるの?」
冬美が夏雄の腕を掴み無言で控えるようたしなめつつ、緑谷に問いかける。
「学食では、ソバを食べてることが多いです。冷たいのを……」
「えぇ!?もう焦凍ったら!
今は冬なんだから、せめてあったかい方にしなさいよ!」
「やっぱ冷たい方が好きだし」
「……その、腹を、壊したりはしていないか?」
恐る恐る炎司が会話に割り込む。
「寮も食堂もあったかいから、あんまり気になんねぇ」
「そうか、ならいい。……夏雄」
「……なんだよ」
「もう止めない。だから機会があれば……焦凍にお前の料理を振舞ってやってくれ」
「っ!?」
なんとか、辛うじて、親子の会話と言えるものができた。
炎司の隣に座ったヒノカミが割り込むタイミングを指示したり、あらかじめいくつか会話のパターンを想定させたりして、ようやっとだ。
だがどうやら夏雄は彼が団らんの中に入ることすら受け入れがたいらしい。
「……ごめん姉ちゃん。やっぱムリだ……」
「夏?」
自分の皿に乗せていた分を勢いよく腹にかきこむと、彼は食器を持って席を立った。
「逃げるな」
だがここまで何も話さずにいた、話さずにいようとしていたヒノカミが彼を呼び止めた。
「……人は、死ぬぞ」
「「「!?」」」
「『言葉』とは思いを伝えるために生まれた。
『言葉』にしなければ、人は思いを伝えられんのじゃ。
嫌いでもいい。許せなくてもいい。
じゃがはっきりと口に出して伝えておけ。
伝えられなくなった言葉を抱え続けるのは……死ぬよりつらいぞ」
「……なんだよ、アンタ。
突然割り込んで知ったような口きいてさ!」
「っ!?やめろ夏雄!!」
気付いた炎司が止めようとしたが、間に合わなかった。
「『赤の他人』がオレらのことに口出ししてんじゃねぇよ!!」
その場の全員が息を呑む。
夏雄の叫びに気圧されたからではない。
彼と向き合うヒノカミが、無表情のまま滂沱の涙を流したからだ。