「……やはり、駄目かぁ」
たとえ同じ顔、同じ声、同じ姿だとしても彼らは別人だ。
それはわかっている。
わかっている、つもりだったのだ。
「あ……え……?」
「すまんな。こうならぬよう控えていたのじゃが……」
困惑する夏雄を向いて、ヒノカミは困ったように苦笑する。
しかし彼女の目からは変わらず涙が流れ続けていた。
「『逃げるな』などと言っておいて悪いが、儂は暫く席を外そう。
ごちそうさま、冬美殿」
「あっ、待って!」
皆に背を向けたヒノカミは、緑谷から見ても普段と変わらぬ足取りで部屋を立ち去っていく。
「オレ……言い過ぎちまったのかな……?」
「お前は悪くない!」
炎司が立ち上がると同時に叫び、夏雄の前に立ちその両肩を掴む。
「お前は悪くない……悪いのは、全て俺だ……!」
そして炎司もまた泣きそうな顔で、ヒノカミを追いかけ部屋を出ていく。
「……緑谷、あの人は一体どうしたんだ?」
「あ、えっと……」
焦凍だけでなく、冬美と夏雄も緑谷に視線を向けている。
『自分の関係者』という扱いになっているため知らぬ存ぜぬは通用しないだろう。
しかし彼女の事情を全て正直に明かすわけにもいかない。
「……ヒノカミさんにも大切な家族がいたんだって。
ずっと昔に、会えなくなっちゃったらしいんだけど……」
「それって……」
冬美たちは先ほどの発言から、彼女は家族と死に別れたのだと想像した。
間違ってはいないが死んだのは家族ではなく彼女の方。
彼女の家族は生きており、元の世界に戻ることができればもう一度会うことはできる。
だが意図していなかったとは言え都合よく解釈してくれたので、緑谷は敢えて誤解は解かずに続けた。
「その人たちが轟くんやご家族の方たちと、すごく似てるんだって。
……思わず、重ねちゃうくらいに」
「……親父はこの事を?」
「うん……すごく仲のいい家族だったらしいから、自分のせいで嫌なものを見せてすまないって、ずっと謝ってた」
「そっ、か……」
夏雄は罪悪感に押しつぶされそうになっていた。
父親が悪い、父親が憎いという気持ちに変わりはない。
だが自分の意地が他の誰かを巻き込み、不快にさせ傷付けた。
「……緑谷くんも悪かったな。後であの人にもちゃんと謝るよ」
「大丈夫だと思います。……強い人ですから」
そう、彼女は強い。強すぎるくらいに。
部屋を離れたヒノカミは、轟家に隣接している道場の真ん中で胡坐をかいて座っていた。
「……ここは変わらんな」
「……」
彼女は入り口に立つ炎司に背を向けたまま呟く。
「すまん。俺たちの世界に来たばかりに……俺が不甲斐ないばかりに、お前には辛い思いばかりをさせている」
「かか、気にするな。
儂はこの世界に来られて、良かったと思っておる」
「……気遣わなくていい」
「嘘ではないさ。
儂は冗談も誤魔化しも言うが、下らん嘘はつかん。
だってそうじゃろ……この世界に『轟舞火』はいなかった」
この世界に来てすぐに調べた。
『六道リンネ』はいた。『大貝令』も痕跡を見つけた。
だが『轟舞火』だけが居なかった。
他にも気になることを片っ端から調べて、確信した。
この世界と故郷の世界は『六道リンネがワン・フォー・オール継承者となった』辺りで分岐したのだ。
似て非なる平行世界に辿り着いたことで、ヒノカミは己の個性の正体を知った。
六道リンネの個性は『一度きりの転生』だった。
だが『ワン・フォー・オール』を受け継いだことで、そのオリジンである『個性を与える』個性と混ざり合った。
結果『個性を引き継ぎ転生する』個性である『ワン・モア・タイム』が誕生し、『転生する個性』すら引き継ぎ生まれ変わり続けた。
そして『ワン・モア・タイム』が存在したことで生まれた人間が『轟舞火』だというのなら。
「『ワン・モア・タイム』は、本来生きるべき誰かの生を奪うものではなかった」
『轟舞火』だけではない。
『黒崎隣互』も、『鬼束マトイ』も、『麻倉紅葉』も。
「儂は、誰も犠牲にしていなかった」
それはヒノカミ……六道リンネが心の内に抱え続けていた罪悪感。
だがこの世界に来て彼女はようやく知ることができた。罪などなかったということを。
「……だからこれはそう、嬉し涙かもしれんぞ?
お主はもう気にするな、どうせすぐ止まる」
「止めるな!!」
炎司はずんずんと突き進み、ヒノカミ正面に回り込む。
彼女の目からは変わらず涙があふれ続けていた。
「涙は、止めるものではない!
止めようとしても溢れてくるものだ!
耐えきれなくなった心の悲鳴だ!」
彼はそれを身を持って痛感した。
彼女が見せてくれた、彼女の故郷の自分たちを目にして。
「泣くんだ……泣かねばならんのだ!立ち上がるために!
何を恥じることがある……人は誰もが産声を上げて生まれてくるのだぞ!」
炎司は呆けたままのヒノカミの頭を、強引に胸に抱き寄せる。
彼女の顔が見えないように、少しでも声が漏れないように。
「……っぐ」
炎司は腕に込める力を強めた。
「ぐぅぅぅぅううう……うああああぁぁぁ……あぁぁぁぁ~~っ!!!」
ヒノカミは『転生オリ主』ですが『現地主人公』です。
なので彼女は『原作』を知らず、本来そこに誰がいて、誰がいないのかを知りません。
自己犠牲の精神が強かったり、家族や親族に対して過保護なのは、『自分が乗っ取ってしまった当人の代わりに皆を守らねば』という『強迫観念』です。