『っ!死柄木!!』
『落ち着けやバカが!』
倒れて動かない死柄木を見て飛び出そうとした緑谷を、爆豪が操縦権を奪うことで止める。
『……わかるか?』
「意識はないが死んではおらん……というか、何故死んどらんのか不思議なレベルじゃな。
あの姿でいることに相当命を削っておったらしい。
気力でどうにかなる負傷ではない。もう戦えまいよ」
バスターバロンを死柄木の近くに着地させたところでテリトリーを解除する。
結界が消え、間もなくバスターバロンも消滅した。
「緑谷、爆豪」
「……はい」
「わぁってる」
死柄木から十数メートル離れた位置に二人を待機させ、ヒノカミが死柄木の方へ歩き出す。
「……」
身構えることなく自然体で。
散歩をするような気軽さで。
遠足に行く前の子供のような、何かを期待する笑顔で。
あと5メートル。4。3。2。1。
突如死柄木が動いた。
彼の意志ではない。彼の意識がないことはヒノカミが確認している。
テリトリーが解除されたことで、彼の中の『AFO』の個性と獄中のAFOのリンクが繋がったのだ。
AFOはリンクを通じて意識のない死柄木の体を遠隔操作してヒノカミに襲い掛かった。
緑谷たちでも反応できない速さで右手を伸ばし、ヒノカミの首を掴む。
避けることなど容易いはずのヒノカミは微動だにせず、直後口角を吊り上げた。
――――……
緑谷の個性『OFA』は容易には奪えない。
爆豪の個性『爆破』は大した価値もない。
対して目の前の女の個性は詳細不明だが、あれほどの強力な結界やロボットを生み出すことができる能力を奪うことができたならこの戦況を一気に打破できる。
AFOを少しでも知る者なら、奴がそう考えて真っ先にヒノカミを狙うことは容易に想像できた。
「いやー、よう手を出してくれた!
貴様なら間違いなく仕掛けてくると信じていたが、土壇場で日和ったらどうしようかと心配したぞ!」
「……は?」
ここは精神世界。
黒い闇で覆われた、暴風吹き荒れる荒野。
死柄木弔と半ば融合する形になっているAFOが、ヒノカミに向けて右手を伸ばしていた。
しかし彼女を掴むはずだったそれは、直前で何かに阻まれている。
ヒノカミの個性を奪うということは、ヒノカミの個性に『触れる』ということ。
ヒノカミの個性に触れるということは。
『…………!!』
ヒノカミの個性『炎舞』と融合している『スピリット・オブ・ファイア』と、その逆鱗に触れるということである。
「なんだ……この……化け物共は!?』
ヒノカミの背後に立つ山のような大きさの炎の巨人が彼女を守るかのように差し出した爪が、AFOの右手を受け止めていた。
巨人だけではない。ヒノカミの両脇には炎を纏う三つ脚の大烏と白銀の鱗を持つ大蛇が控え、彼らもまたAFOを冷酷に見下ろしている。
「がはっ!?」
スピリット・オブ・ファイアがもう一方の腕を伸ばし、AFOを摘まみ上げるかのように人差し指と親指の爪を胴体に突き刺した。
「「がぁぁぁぁぁああああ!?」」
そしてAFOを死柄木から引きちぎり始めた。
どうやら激痛により死柄木弔の意識も目覚めたようだ。
「『赫烏封月』」
『カァーー!!』
大烏の口から放たれた熱線が、死柄木弔とAFOを切断した。
死柄木は困惑したままその場に尻もちをつき、上半身だけのAFOが宙づりにされる。
「『白鎖彗星』」
『シャーー!!』
大蛇が死柄木たちの遥か向こう側へと猛スピードで伸びていく。
辿るのは目の前の個性『AFO』から伸びている小さな糸。
そして戻って来た大蛇が咥えていたのは、監獄の中にいるはずの『AFO本体の精神体』だった。
「「ごっ!?……ごほっ!?」
糸がゴムのように縮み、二つのAFOが一つとなる。
その衝撃でスピリット・オブ・ファイアの爪から脱出できたが、落下する前に今度は掌でしっかりと握りしめられる。
「くっ……離せ!この……!」
「よしよし、成功じゃ!」
「成功……!?何を、言っている!?」
「かかか!貴様を余さず消滅させる準備が整ったのじゃよ!」
ヒノカミが無邪気な笑みで得意気に説明を始めた。
まず第一に、ヒノカミは何としてもAFOを完全にこの世から消し去りたかった。
平行世界だとか関係ない。彼女にとってAFOは便所虫以下。
存在そのものが許しがたい存在。
見つけた以上は駆除しておかないとイライラで眠れなくなる。
既に睡眠など必要のない体ではあるが。
しかし残念ながらこの世界のAFOは生きたまま捕まり、牢獄の中にいると言う。
勿論ヒノカミならば転移で侵入し痕跡も残さず殺すことも容易い。
だがこの世界の人々が多大な犠牲を払いAFOを捕えたのだ。
彼らの成果を掠め取るような真似はしたくない。
そして何より、今のところヒノカミはこの世界のAFOからは何も被害を受けていないのだ。
元を辿れば同一の世界だったとしても、『憎んでいる相手と似ているだけの別人』。
だからこの世界のAFOを個人的な憎しみで殺すのはただの八つ当たりであり、それもまた彼女の信念に反する。
そこで彼女は、どうすればAFOを殺せる流れに持っていけるかを考えていた。
ベストは正当防衛による反撃。
だが牢獄にいる相手からどうやって攻撃されればいいと言うのか。
不法侵入はもちろん、脱獄を促すわけにもいかない。
「そこでこの世界の先代の方々に教えてもろうたんじゃよ。
本人と個性はリンクが繋がっており、貴様は死柄木弔に『オール・フォー・ワン』の個性を移植する腹積もりだと言うではないか!」
なので個性を移植されたあとの死柄木弔の前に現れれば、攻撃されてからの反撃で個性『AFO』は消せる。
しかし緑谷が『死柄木弔をも救いたい』と言い出したので、まとめて殺すような方法は取れなくなった。
何よりヒノカミは、どうしても本体もきっちり消滅させたかった。
そこで『本人と個性のリンク』を利用できないかと考えた。
かつての世界でヒノカミが六道リンネだった頃、当時所持していた『OFA』の個性をAFOに奪われそうになったことがある。
その時にも今回と同じように精神世界に引きずり込まれた。
むき出しの精神同士が対面する世界なら、個性『AFO』から伸びるリンクを辿って本体の精神にも辿り着けるのではないか。
「だから儂は待っておったんじゃよ。
貴様が儂の個性を奪おうとする瞬間を!」
そしてその目論見は見事に成功した。
AFOの強欲さを利用し、ヒノカミはAFOを抹消する口実と機会を手に入れたのだ。
「大人しくしていれば本体の消滅は免れたんじゃが、自業自得じゃの!
ついにやってきたぞ……他人を食い物にしてきた貴様が、食われる番が!!」
そしてスピリット・オブ・ファイアがAFOを掴んだ手を顔の前にまで持ってきて、大口を開ける。
「ひぃっ!?」
「お、見えたか?見えてしもうたか!?貴様の末路が!!」
スピリット・オブ・ファイアの口の中、その奥に。
ヒノカミが世界を巡る内にスピリット・オブ・ファイアに食わせた悪党どもの魂が、炎に焼かれて悲鳴を上げる姿がAFOの目に映っていた。
「こ奴は灼熱地獄そのものよ。
食われた者の魂は燃料として燃え尽きるまで焼かれ続ける。
無駄に長生きして肥大化した貴様の魂なら、何千年でも地獄を楽しめるじゃろう!」
「ひっ、ひっ、この、離せ!!」
『……』
「ぎぃやぁぁぁあああ!!熱い、熱いぃぃぃいい!!!」
スピリット・オブ・ファイアは手の中で暴れるAFOを大人しくさせようと、掌から炎を発した。
「かかか、その程度の熱で悲鳴を上げてどうする。
こ奴の中はそんな生温い場所ではないぞ~?」
「嫌だ、嫌だ!何故僕がこんな目に!?
世界は……すべては、僕の!!」
「まぁ~だわからんのか。
貴様は全能者でも超越者でもない。
少し力が強かっただけの凡人に過ぎんよ。
猿山の大将、世界を知るのがちぃとばかし遅すぎたな」
「た、助けろ!弔、博士、与一ぃぃぃぃいい!!」
「かっかっか!顔がつぶれて涙が拝めないのが残念じゃよ。
なるほど、これが貴様の感じていた『愉悦』というものか!
確かにこれは癖になりそうじゃの~。
……じゃがわずかにでも貴様のような者に近付くのはごめんじゃな」
そしてヒノカミはスンと表情を消し、告げる。
「喰っていいぞ」
「!?やめ……!」
ボキリ。
魔王を気取った愚かな人間は、炎の神に供物として捧げられた。
遠く離れた獄中で、一人の犯罪者が静かに息を引き取った。