ヒノカミが持ちうる霊力の全てを込めて作り出した女神像は、その圧倒的霊子密度故に霊視能力を持たない人間たちの目にも映っていた。
テリトリーの外側にいるヘリの映す中継映像を通じて、多くの人々が女神の姿を幻視する。
祈るヒノカミの背後に佇んでいた女神像は、軋む音を立ててゆっくりと動き出す。
(遅い……重い……!)
彼女の記憶にあるオリジナルの卍解とは比べ物にならないほど鈍重。
だがそれも当然のこと。知識も理解も欠けているのに形になっただけで奇跡だ。
(時間がない……いや焦るな!
僅かでも気を抜けば崩れかねん!)
女神像の指先から、死柄木の魂と肉体に向けて糸が伸びる。
右手から伸びた糸が、死柄木の魂の残骸を紡ぎ始めた。
そして左手から伸びた糸が、死柄木の肉体に届く。
「……!?」
糸を通じて女神像の左手に亀裂が走り始めた。
(まさか『崩壊』が伝播した!?
いや違う、『崩れるかもしれない』という儂の思い込みじゃ!
これは物質ではない、イメージに押し負けるな!!)
ヒノカミが大量の汗と一緒にさらに霊力を絞り出すと、女神像の左手の亀裂が塞がっていく。
そして『崩壊が決定付けられた遺体の残骸』を性質ごと作り替え、『新たな肉体』を作り上げ始める。
しかしその動きはやはりあまりにも遅い。
(……『模倣』に拘るな!足りない情報は他で補え!
あらゆる知識をかき集めろ!『”儂の”観音開紅姫改メ』を作り上げるんじゃ!!)
他人の斬魄刀の能力という固定観念を捨て、彼女が経験し身に着けてきた全ての力を注ぐ。
個性、死神の力、滅却師の力、錬金術の知識、霊光波動拳、聖光気、シャーマンの力、超・占事略決。
そして彼女の胸の奥で、彼女の知らない何かが光を放つ。
少しずつ女神像の形が変形していく。
体から炎が生じ、背中に光輪が生まれ、顔の形がヒノカミに似通っていく。
そして女神像の動きが段々と早く、滑らかになっていく。
(ぐっ……!)
「「!?」」
だがここまで直立不動だったヒノカミが膝をついた。
滴る汗が水たまりを作り、脳を酷使しすぎて目と鼻から血が流れ出していた。
(まだじゃ……まだ、倒れるな……!)
しかし決意も虚しく、言うことを聞かない体はそのまま地面に倒れこもうとする。
「「ヒノカミ!!」」
緑谷と爆豪が両脇から彼女を抱きかかえた。
「頑張って……頑張れ、頑張れ!!」
「いつもの余裕はどうした!?
アンタはこの程度でヘタるタマじゃねぇだろうが!!」
「……」
ヒノカミは言葉を返す余力すらない。
彼女に触れた緑谷たちは、彼女が女神像を維持する量の霊力を捻出するために、自分の生命力すら削っていることに気付いた。
「テメェらもボサっとすんな!
オレらの霊力、全部コイツに注ぎ込むんだよ!!」
「っ!?わかった!!」
状況に呑まれて硬直していた『ワン・モア・タイム』のメンバーたちも爆豪の発破で動き出した。
ヒノカミに駆け寄り、拙い技術で自分の霊力を分け与えようと彼女に触れる。
「っ!なんという霊力の奔流だ……!」
「こりゃオレら全員分でも、マジで雀の涙ッスね……!」
「弱音を吐くな!我らはヒーローだ!
誰かを救うのが、我らの使命だ!」
「……ヒーローだけじゃねぇよ!」
ヴィランたちが一丸となっているヒーローたちに駆け寄り、彼らの隣に立ち体を支え始める。
「なんだかよくわかんねぇけどよ!
オタクら死柄木助けようとしてくれてんでしょ!?」
「ヴィランだってなぁ、仲間のためなら命張れるんだぜ!」
「と言っても、肩を貸すくらいしかできんがな!」
「情けねぇツラすんな!このクソ親父!!」
「お願いお茶子ちゃん!弔くんを助けて!」
「……任せて!!」
「気張れテメェら!
アタシらのありったけを絞り出すんだ!」
ヒーローたちは自分の体をヴィランに任せ、すべての力をヒノカミに託す。
(……どうじゃ、見たかクソガキ。
ヒーローとヴィランは……『理解し合えた』ぞ!
他ならぬ貴様が、その架け橋となった!!)
仲間たちに上乗せされた以上の霊力がヒノカミから溢れ出し、女神像に注がれる。
そして女神の動きが明らかに加速した。
彼らの視線の先で、死柄木の魂と肉体は新たな形へと造り替えられていた。
「……アレって……!?」
その姿を見て、彼らもヒノカミが何をしようとしているのかを理解した。
……しかし、そこまでだ。
(やはり、届かぬか……)
見た目はそれらしく出来上がった。
しかしこれはヒノカミが初めて使う力で咄嗟に作ったツギハギだらけの欠陥品。
このまま魂を肉体に押し込めても適合する可能性は限りなく低い。
自分の力だけでは完成まで至らないだろうと最初からわかっていた。
だから繋ぎが……『犠牲』が必要なのだ。
(……さらば)
糸を切り離した女神像の腕が。
(さらば。『ワン・モア・タイム』)
ヒノカミの背中を貫いた。
――――……
「『死』に逃げようなど……許すものか」
全てを終えたヒノカミが、大の字になって地面の上に寝転がる。
彼女が掌を離したことでテリトリーが解除され、女神像も間もなく消失した。
しかし事が終わってもその場にいた者たちは目の前の光景が信じられず、硬直したまま一点を凝視していた。
「……貴様も、『もう一度』やり直せ」
「……おぎゃぁあああ!!
おぎゃっ、おぎゃぁぁあああ!!」
死柄木弔は『死んだ』。
そして彼がいた場所には、あらん限りの力で産声を上げる新しい命があった。
「……『神さま』」
誰かの呟きが、皆の耳に響いた。
・個性『ノー・モア・タイム』
『ワン・モア・タイム』の基幹である『一度だけ転生する個性』は摘出された。
もはや生まれ変わることは二度とない。
『もう一度は、もういらない』。