幼い頃に黒崎隣互が家を離れた理由は、自分を狙う虚から家族を遠ざけるためだった。
滅却師だった母が突如力を失い彼女を守れる者がいなくなったため、自分の身を自分で守るための力を手に入れねばならなかった。
そして彼女は6年間自らを鍛え、その後数千年の転生の旅を繰り返し、強すぎる力を手に入れて帰って来た。
加えて、死神としての力に目覚め隊長格に匹敵する戦闘力を得た弟の一護。
一護が自分の力を制御できるようになったことで死神の力を取り戻した元隊長である父の一心。
母方の親族である滅却師の石田雨竜と、特異な霊能の力を持つ井上織姫に茶渡泰寅。
進化した虚である破面たちとすら渡り合える強者揃い。過剰戦力もいいところだ。
もはや隣互が黒崎家から距離を取る理由は無くなった。
……無くなったはずだったのだが。
「はい、隣互サン。
これが虚圏でも通じる通信機です。
ただちょ~っと霊力の消費が激しいんですよねェ」
「ならば片割れは一護か父上に預けるか……」
「数は揃えてあるんでお二人共に渡してもらっても大丈夫っス。
ちなみに一つはアタシが持たせてもらいますんで」
「……下らん要件で呼ぶなよ?
おふざけするなら命を懸けろ」
「イエスマム!!」
彼女は暫く虚圏にて精神修行することにした。
崩玉が暴発しないよう、制御する方法を見つける必要があると判断したからだ。
あそこなら自我を持つ存在はほとんどいない。周囲の者の心に振り回されることはないだろう。
それでも虚に襲われる可能性はあるが、たとえ十刃に襲われたとしても傷一つ負うことはないので問題はない。
「待て隣互」
「師匠?」
「預かっていたものがある。返しておこう」
部屋にやって来た夜一が持っていたのは、隣互が母から受け継いだ滅却師十字。
尸魂界の双殛の丘に落ちていた物を彼女が回収していたのだ。
「無くしたかと思うておりました。ありがとうございます」
「今のお主なら複製品を幾らでも作れるようじゃがな」
「それでもやはり、本物があると安心感が違います。
何より母からの贈り物ですので」
『シャー♪』
左の手首に巻き付けると、白星が十字を咥えて嬉しそうにふるふると動かす。
「精神を鍛えるとなれば一朝一夕ではどうにもならん。
あまり根を詰めるなよ」
「わかっております。ひとまず半月ほど籠ってみるつもりです」
「……飲まず食わずで済む体を持つがゆえか。
羨ましくもあるが、もの悲しいことだな」
「頼り切るつもりはありませぬ。
……儂はまだ、人でいたいので」
――――……
「…………」
『カァー……』
『シャー……』
『…………』
「いやお主らは儂に付き合う必要はないじゃろ。
現世に残って妹らと遊ぶでも、虚圏を散歩するでも、好きにしてええんじゃよ?」
『『『?』』』
「……はいはい、すでに好きにしておると言うわけか」
「そもそも貴様が一番好き放題をしているがな」
虚夜宮の天蓋の上で胡坐を組み瞑想していた隣互の後ろから声がかかる。
「せめてそのデカブツは隠せ。
……下のヤミーに気取られる」
「むぅ、確かに。
スピリット・オブ・ファイア、ヒトダマモードになってくれんか」
『……』
「ん、すまんの。
……お主にも迷惑かけるな、ウルキオラ」
「そう思うなら何故ここに来た。
虚圏は広い。より相応しい場所はどこにでもあるだろう」
「儂はこの辺りとお主らしか知らんからな。
知らぬ場所、知らぬ者の傍への転移は難しゅうての」
「……重要な情報だろうに、あっさりと明かすものだな」
「その辺の地べたじゃと襲ってくる野良虚の対処も面倒じゃし。
その点ここなら他の虚は近寄らぬからな」
ため息をついたウルキオラは隣互の横にまで歩み寄り、腰を下ろした。
「なんじゃ?」
「こちらの状況を話しておくべきかと思ってな。
藍染様……いや藍染の敗北により、今はバラガンが虚圏を統治している。
序列で言えばスタークの方が上だが、アイツは支配や統治に興味がない。
ヤミーも貴様への復讐で頭が一杯だ。
ハリベルは不満を言いつつも従っている。
バラガンの振る舞いは傲慢だが、指示や判断は的確だからな」
「序列と言えば、貴様が4じゃったか。
刀剣解放第二階層を明かさぬのか?
1か2ぐらいまで上がりそうな気がするぞ?」
「それこそ興味も意味もない。何より俺に人を使う才能はない。
この状況で力を示しても、バラガンとの間に余計な不和を招くだけだ」
「……かっかっか!」
「?」
ウルキオラは突如笑い出した隣互の顔を訝し気に覗く。
「『不和を招く』か。
それもまた心を理解しておらねば出ない言葉じゃよ。
お主もしっかり成長しているようではないか」
「……よくわからん」
そこでウルキオラは気付いた。
隣互の体がほのかに光っている。
「それはなんだ?」
「気にするな。ちょっとした気まぐれじゃ」
心がわからぬと悩む青年の心が、いつか晴れる日が来るようにと、隣互は心から願った。
そしてその願いに反応し、彼女の中の崩玉が光っていた。
「……やはり貴様はわからん」
「心ある者にも、よく言われる。
『お前は何を考えているのかよくわからん』とな。
かっかっか……地味に傷つくんじゃがのぉ」
それから2週間。
ウルキオラは暇を見つけては天蓋の上にやって来て、不思議な女と下らぬ会話を続けたのだった。
隣互も心が幼い彼ならば崩玉が暴発する心配も無かろうと、彼との会合を楽しんでいた。