山本元柳斎の卍解、『残火の太刀』は四つの技を持つ。
それぞれを東西南北に当てはめており、今使用しているのは『東:
流刃若火の熱の全てを刃先の一筋に集約した状態だ。
ただしこの形態は周囲へ放出される余剰熱を除けば、隣互の『赫烏封月』の下位互換に過ぎない。
彼女の刀は刀身どころか柄に至るまで触れる全てを焼失させる絶対切断能力を有しているが、彼の刀は刃先だけ。
よって山本は隣互の刀をその刃先だけで対処しなければならない。
もはや山本ですらかつてのように、彼女の斬撃を『躱す』ことはできないのだから。
(儂からすればわずか数十日……これほどの変貌を遂げるとは!)
かつての戦いでは斬魄刀の能力を除き、あらゆる面で山本の方が上だった。
加えて自分は始解で相手は卍解。さらに相手が双殛を取り込み強引な強化を行った上でその評価だ。
しかし今、彼がかろうじて勝っていると言えるのは剣技のみ。
『力』も『強度』も『速度』も『霊圧』も、圧倒的に隣互の方が上。
互いに絶対切断能力があるのだから『強度』の差は大した問題ではない。
だがこちらの刀を相手の刀にぶつけても力押しではじき返されるし、隙を突いても見てから反応されてしまう。
霊力が尽きるのもこちらが先だろう。
では戦法を変えるべきかと言えばそうもいかない。
残る三つの技の内二つは、隣互に対して無力だからだ。
『西:
しかし彼女は炎を遠隔操作する能力と、炎を吸い取る刀を持っている。
むしろ炎を全て奪われ相手を強化してしまうだろう。
『南:
こちらは彼が今まで切り捨ててきた亡者の灰に熱を与え、骸骨の姿で呼び戻して使役する技。
この圧倒的な力と熱を振りかざす彼女に雑兵をぶつけても足止めにすらならない。
全てなぎ倒し焼き払って突き進んでくるだろう。
何より、命のやり取りではない試合に死者を冒涜する技を用いるほど彼も悪辣ではない。
隣互もまた良い顔をしないだろう。
そして残る一つは隣互にも通用するだろうが、安易に使えない。
消耗も隙も大きい大技だからだ。
不用意に使っても躱されるか対処されればそこでおしまい。
よって山本はただひたすらに、今の形態のまま刀を振るい続けるしかない。
(堪えるのぉ……この上さらに加減されておるとは)
それは開戦前に隣互が宣言した一部の能力の不使用を指しているのではない。
今の彼女はそれに加えて身体能力面でも手を抜いているのだ。
一太刀ぶつければすぐにわかった。
おそらく彼女が本気で動けば、自分は一瞬のうちに切り伏せられるのだろう。
屈辱。
戦う相手に敵とすら見なされていないというのは、戦士としてこの上ない屈辱である。
「く……くくく……!」
しかし山本の口角は歪に上がり続けていた。
最強の死神として護廷十三隊の頂点に君臨し千年。
もはや挑んでくる者もなく、先日の藍染もひたすらに策を弄して自分と向き合うことを避けていた。
しかし今、自分の全力を正面から受け止めてくれる壁がある。
自分の全力で挑んでも届かない頂がある。
人はここまで高みに昇れるのだと、まだ上を目指せるのだとその身で示してくれる。
あぁ……なんと幸福なことか。
「くは、くははははははは!!!」
「……!?」
山本の攻撃の速度が、重みが増していく。
(滾る……血潮が、滾る!)
卍解を使い続けたことで彼は著しく消耗しているはず。
しかし彼の動きは更に大きくなり、苛烈さを増していく。
「ぬぅぅぅぉぉぉおおおおお!!!」
「ぬ、お、おぉぉ!?」
限界を超えて燃え上がっていく。
彼の炎が。心が。
(まさかこの御仁……今『伸びている』というのか!?)
先ほどまでの斬り合いが全力であったのは間違いないはず。
ならばそれ以上を見せたのなら、彼がたった今壁を越えたということに他ならない。
まだまだ余裕はあるが急激な変化に驚き、隣互は加減を誤ってしまう。
「ちっ」
彼が受け止められる以上の力で刀を振るってしまった。
耐え切れず、山本は遠方へと弾き飛ばされてしまう。
しかし彼はその力の差に竦むことなく、むしろ『それでこそ』という笑みを浮かべて領域の壁を足場に着地する。
「……っとイカン!
その刀を壁に当てるなよ!領域が消える!」
「ほぅ、我が刃であれば空間を隔てる障壁すら切り裂けるか。
くくく……なんとも誉れ高いことよの」
「フリではないぞ!?冗談でもやるなよ!?
この熱が溢れ出したら本当に尸魂界が終わる!」
山本の卍解が放つ高熱を閉じ込め続けているのだ。
既に内側の大地は岩すら砂と化し、一部ではガラス化すら始まっている。
内側の熱に対処してからでなければ領域を解除することはできない。
「わかっておる……しかし、終わりか……。
どうやらこの一時にも、終わりが近づいているようだ」
先ほどの隣互の一撃を受け止めた際に、山本の両腕は著しく損傷していた。
もはや斬り合いなどできぬ。
全力で刀を振るえるのはあと一度か二度か。
気力で霊圧を絞り出し続けてきたが、そちらも流石に限界が近い。
「ゆえに」
彼は両手で刀を腰だめに構えた。
「この一太刀をもって……幕を引かん!」
「!?」
「残火の太刀”北”」
『
横薙ぎの一閃にそって生じた巨大な炎の刃が触れる全てを削り飛ばして突き進んでいく。
「『月牙天衝』!!」
隣互もまた同種の技を、触れる全てを焼き消す炎の刃を飛ばした。
どちらも炎。
どちらも絶対切断。
ならばその勝敗は、放たれた炎の大きさで決まる。
互いに同量の熱が対消滅し、残った一方の炎が前へと突き進む。
その刃は相手のすぐ隣を通り過ぎた後に掻き消えた。
「……参った!」
残火の太刀の刀身は、半分しか残っていなかった。