この話がこの作品の世界線における、最大の問題点です。
「霊王はな、最初から全てわかっておったのだ」
水晶に閉じ込められた男を前に、兵主部が呟く。
彼がどのような表情をしているのかは見えないが、その背中は哀愁を漂わせていた。
「何せ未来視すら可能だったのだからな。
だがこ奴は『世界のためなら』と、この仕打ちを受け入れたのだ。
儂はそれを……止めることができなんだ」
「和尚、もしや貴方と霊王は……」
「友だ……少なくとも儂は、今もそう思っておる」
山本は『尸魂界が出来て百万年』と言っていた。
それが霊王によって世界が隔てられた時を始まりとするなら、兵主部の年齢はそれ以上。
そして今日に至るまで彼は友の隣にあり、友を想い尽くし続けてきた。
「この姿となってからは、もはや彼の意思を直接知ることはできぬ。
しかし彼の意思は確かに存在し、この世界を動かしている」
「……その根拠は?」
「『黒崎一護』だ」
「!?」
霊王は世界を護るためにこの仕打ちを受け入れはしたが、望んでいたわけではない。
解放されたいはずだ。
だから『次の霊王』を求めている。
しかし神の代わりに成り得る存在とは『死神』と『滅却師』と『完現術者』、さらに『虚』の因子を全て兼ね備えた強者でなければならない。
特に『死神』と『滅却師』は互いに滅ぼし合った敵対関係。
これらの因子を受け継ぐ子供はよほどの奇跡でも起きぬ限り生まれない。
「あれにもまた『霊王の欠片』が取り込まれておる。
いずれ『完現術者』として覚醒するだろう。
そしておんしらの母が『虚』の因子を得た経緯はすでに聞き及んでいよう。
それが継承され発現した結果があ奴の『虚化』よ。
あ奴は生まれながらに『霊王の資質』を持ち合わせていたのだ」
「父上と母上が結ばれたのは、霊王の意思とでも言うおつもりか?」
「そこまでは断言できぬが、おそらく違う。
人の心まで操れるのなら『死神』と『滅却師』が争う未来すら避けられたはず。
彼らが結ばれ子をなす未来を待っていたのだろう。
……百万年もの月日が流れたが」
「……」
「霊王が操ったのは黒崎一護とそれに関わる者たちの『運命』。
『死神』と『滅却師』の間に生まれる子に、『霊王の欠片』と『虚』の因子が集うように父母の運命を。
そして生まれた子が戦いの渦に巻き込まれ、次の霊王と成り得る存在にまで成長するように世界の運命を操作したのだ。
いずれこの霊王宮すら巻き込む争いが起き、霊王は死ぬ。
崩壊する世界を前に、家族や仲間を護るため、黒崎一護はその身を捧げ次の霊王となる。
それが霊王の筋書きであったはずだ」
「人の一生を弄ぶか。
気に食わん……が、それを責めることはできそうもない。
百万年の献身……儂ごときには想像もできぬ苦痛であろうからな」
「……だがここに来て、霊王の描いた未来図を覆す存在が生まれた」
振り向いた兵主部は、憂うような憐れむような縋るような、複雑な表情で隣互を見た。
「……儂か」
「『この世界の全ての事象の名を知る』のが儂の権能であるが、おんしの真名や能力はわからんことだらけだ。
当然じゃな、この世界の存在ではないのだから。
だから霊王が見た未来に、きっとおんしはおらんかった」
次の霊王となるはずの一護の隣に、霊王の資格を持たない隣互が現れた。
そして彼女は一護の受難と苦痛の一部を肩代わりしてしまった。
このままでは一護が次の霊王に相応しい力と精神を持った存在に成長しなくなるかもしれない。
だから彼女が早々に退場した時、兵主部は『霊王の意思により排除された』と考えた。
しかしあろうことか彼女は圧倒的強者として舞い戻り、欠けていた虚の因子すらも手に入れた。
一護以上に霊王に相応しい、霊王以上の存在として大成してしまった。
「霊王がどのような事態を引き起こそうと、霊王以上であるおんしをどうこうすることはできん。
黒崎一護に降りかかる試練は全ておんしによって排除される。
黒崎一護が次の霊王として成長することはなく、次の霊王の座を受け入れる理由も生じぬ。
……霊王の目論見は潰えた」
先ほどは推測のように語ったが、兵主部はやがて起きるであろう霊王宮を巻き込む争いとやらに心当たりがあった。
三界の全てを知っているのなら当然だ。
霊王の見た未来にて、霊王を殺すであろう敵の実力も知っている。
……それが隣互には遠く及ばないということも。
「となれば、次の霊王に相応しい者はおんししかおらん」
「今までの話を聞いて、儂が頷くと?」
「思わぬ。おんしの気性は理解しておるわい。
如何な理由があろうと家族の人生を弄んだ霊王を、おんしは許さぬ。
元より異界からの旅人。帰る故郷があり、この世界に身を捧げる義理もない。
しかし無理やり王の座に据えても意味が無い。霊王の意思は世界を動かす。
次の霊王に世界を慈しむ心が無ければ、それこそ世界は破滅へと突き進む。
……そして今の霊王にも、それは当てはまる」
霊王の素質を持った者が生まれ、霊王に相応しく成長し、霊王を引き継がなければならない状況を作り出す。
そのために百万年を必要としたのだ。
『失敗したから次の機会を』と、簡単に開き直ることができると思うか?
二度目の機会はまた百万年後か?もっと先か?
その前に『死神』か『滅却師』の因子が滅びるほうが先かもしれない。
もし彼の目に『次の霊王が生まれない』という未来が映れば、挫折し世界との心中を選ぶ可能性もある。
神のごとき力を持っていようと、霊王は決して神ではないのだから。
「故に儂には……こうすることしかできんのだ」
霊王に背を向け隣互を正面に捉えた兵主部は、その巨体を小柄な隣互よりも更に低くした。
「頼む。どうか霊王の座を継いでもらいたい。
儂の友を……おんしの家族や友が生きるこの世界を救っていただきたい」
『慈悲にすがる』。
彼にできることはもはやそれだけだった。
ヒノカミがいれば一護は成長する必要がなく、ユーハバッハは敗れます。
おそらく次の霊王が生まれる機会はありません。
よって今の霊王は永遠に解放されません。
その未来に心折れた時がこの世界の終わり。
この世界線ではヒノカミが何らかの行動を取らない限り、いずれ世界が滅びます。