「ヴィクトリア」
「……パパ」
錬金戦団亜細亜支部、共同墓地にて佇んでいた娘に、ヴィクターが声をかける。
彼女の目の前には20年以上前に亡くなったアレキサンドリアの墓があった。
そしてその隣には鬼束マトイ……ヒノカミの墓が。
遂にホムンクルスを人間に戻す技術が確立し、二人が人間に戻ってからすでに5年。
そしてヒノカミが亡くなって2年が経過している。
当時はまだ幼い少女だったヴィクトリアも人間に戻ったことで成長を再開し、今の肉体年齢は18歳。
亡き母に似た、美しい女性へと成長した。
彼女は人間に戻ると同時に錬金戦団亜細亜支部の技術局長に任命された。
そしてヴィクターもまた先代である坂口照星より大戦士長の座を受け継いでいる。
亜細亜支部と銘打ってはいるが、今や権威と戦力が集中する錬金戦団の最大派閥。
ここが戦団本部を名乗っても反論できる者はいないだろう。
そのトップが『裏切りの戦士と呼ばれた元反逆者』と『戦団によりホムンクルスにされた少女』の親子。
何がどう転ぶかわからないものだ。
「……部屋に戻ろう」
「わかってるわ……飛び出したりしてごめんなさい。
ちゃんと……現実と向き合わなきゃね」
ヴィクトリアは父に連れられ、施設の奥へと戻ってていく。
2年。
百年以上を生きている彼らからしても長い時間だ。
しかし思い出が風化するには濃密で充実して騒がしすぎる日々だった。
寿命が短いなどと信じられぬほどハチャメチャで、しかし宣言通りにある日あっさりと息を引き取った、お節介で身勝手な人間。
笑って見送ると決めていたのに、情けなく泣き崩れてしまった。
引きずって、引きずって、最近ようやく立ち直って前を向き始めた。
二人は支部の一角に設けられた彼ら親子のプライベートエリアの扉を開く。
「……お、戻ったか。おかえりー」
「なのになんでアンタがいんのよ!
もぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!」
しかし自室の客間に看取ったはずの当人が堂々と座っているという現実は、それ以上に受け入れがたい衝撃だった。
ヒノカミの享年は50歳。
年齢以上に若々しい見た目と性格ではあったが、流石に突如ヴィクトリアの前に現れた同年代の女性ほどではない。
しかしかつての面影もあり、会話して確認する限り間違いなく本人。
父の制止に耳を貸さずに胸倉掴んで問い詰めて、平行世界だとか霊だとか生まれ変わりだとか、戦団一の才女ですら理解しがたい単語がつらつらと並び、彼女はついに耐え切れず先ほど部屋を飛び出した。
「追っかけようとも思ったが、流石に他の連中に見られたらまずいからのー」
「そりゃそうだけどさぁ……そうだけどさぁぁああああ!!」
「落ち着きなさい、ヴィクトリア」
「逆になんでパパは落ち着けるのよ!?」
「……彼女に関しては、火渡や斗貴子が良く口にしていただろう」
『不条理の権化』。
『ヒノカミとはそういうものだと思え』。
幾度となく聞かされたありがたい教えが脳裏によみがえり、ヴィクトリアは眉間に皺を寄せたまま大きく深呼吸。
「……で!?
戻ってきて、アンタはどうしようっての!?」
「いや、再び居座ろうなどと言う気はない。
この世界に霊子は薄く、蘇生も生まれ変わりもおそらく前例がなかろうからな。
公にしても余計な騒動しか起こらぬじゃろう」
様々な発明をしたせいでヒノカミの顔と名は表舞台にも知れ渡っている。
流石に本人とは思われないだろうがよく似た人間が現れれば邪推する人間も出てくるだろう。
悪用は禁じられているとはいえ、クローン技術の存在は証明されているのだから。
何より当時は個性複数所持の負担で短かったとは言え、キチンと寿命で死んだのだ。
知人との別れも済ませているし、この世界に悔いは残していない。
……遠くから覗くだけに留めて顔を出さずに去るべきだった。だが。
「……今日はお主らに頼みがあって来たんじゃ。
今や錬金戦団の中核であるお主らにな」
「……聞こう」
彼女の声色と真剣なまなざしを見て、大戦士長ヴィクターは姿勢を正す。
「……儂が……鬼束マトイが使っていた『核鉄』を譲っていただきたい」
「わかった。ヴィクトリア」
「えぇ、取ってくるわ」
「……っておい!!」
未だに複製にも成功しておらず、現存を確認した全てを戦団が厳重に管理する希少で危険な兵器。
戦士への貸与だけでも厳しい審査が必要なのに、独断での譲渡など認められるはずがない。
事実上の錬金戦団のトップであるこの二人の立場であってもだ。
無茶な願いだと承知しており、場合によっては異界の技術を提示して交換条件に持ち込んででもと考えていたからこそ、二人があっさりと了承したことにヒノカミが逆にツッコミを入れた。
「お前の功績を思えばこれくらいの特別扱いは然るべきだろう。
それにお前の使っていた核鉄もお前同様に特別視され、ヴィクトリアが管理……死蔵していたくらいだからな。
無くなっても気付かれはしないさ」
「いや儂から頼んでおいてなんじゃが、流石にゆる過ぎぬか……?」
「いーのよ。最近は野良ホムンクルスなんてほとんどいないし。
パパもいるから戦力も十分足りてるし。
他の支部のちょっかいの方が面倒なくらいなんだから。
はいコレ」
別室から戻ったヴィクトリアが投げてよこした核鉄のシリアルナンバーは6。
間違いなく、鬼束マトイが使用していた物だ。
「目を見たら気付くわよ。
アンタまた、なんか面倒ごと抱えてんでしょ?」
「!?」
「異界とやらにまでは手を貸せないからな。
俺たちにできることはこれくらいだ」
「……かたじけない」
ヒノカミは受け取った核鉄を懐に入れ立ち上がる。
「もう行くの?せめてチトセ達には顔見せていきなさいよ」
「それは次の機会に取っておくさ。
……どうせそろそろお主の結婚式で、その場に全員集まるじゃろうからな」
「ぶっ!?ちょ、ちょっとアンタ何言って……!」
「なんじゃ、まだ踏ん切りつけておらんのか?」
「……あと一歩で尻込みしていてな。
俺もそろそろ孫の顔が見たいんだが……」
「ちょっとパパ!?」
「あんだけ熱烈なアプローチ受けとるんだから、いい加減腹を括らぬかこの『逆・光源氏』め」
「~~~~~~~っ!!!」
ヴィクトリアは見た目が少女でもすでに長い年月を生きている。
だから友人たちが結婚して生んだ子供を、それこそ生まれた時から面倒を見ていたりして。
本人はお姉さんのつもりなのに、子供たちからすれば外見年齢がどんどん近くなって。
しかも自分と同年代になった頃に人間に戻り共に成長を始めたものだから、純情直情暴走遺伝子を受け継いだ少年が、なんというか……彼の父親と同じことを……。
亜細亜支部では今日もブラックコーヒーが愛飲されている。
「あーもう!やることあんならさっさと行きなさい!
全部終わらせるまで戻ってくんじゃないわよ!?」
「かっかっか、わかったわかった。
……全部終わらせて、もう一度戻ってくるさ」
「……フン!」
「頑張れよ。世界を超えては届くとは思わぬが、応援している」
「ああ」
そしてヒノカミは現れた時と同じように、忽然と姿を消した。
武装錬金に続編は今のところ有りませんが、PS2でゲームが出ています。
そこで登場するのが武藤ソウヤくん。
彼の未来ではホムンクルスが暴れて結構酷いことになってるようですが、本作では錬金戦団とホムンクルスの関係が良好なため問題が起きません。
元凶であるムーンフェイスは改心していませんが、彼が暴れたところで戦団には現役バリバリのヴィクターがいます。