「すまん、遅れた」
「おせーぞヒノカミー」
「なぁに言ってやがる、テメェも今来たバッカじゃねぇか」
幻海が亡くなって一年。
浦飯を始めとするかつての仲間たちが、幻海の寺へと集まった。
皆が彼女の眠る墓を掃除していたところに、遅れてヒノカミがやってくる。
ヒノカミは幻海を看取った直後に魔界に旅立ち、そしてつい先日ふらりと戻って来た。
探し物は見つかったようだが、今度は『結界術』を学びたいと言い出し霊界特防隊に弟子入りした。
コエンマがトップとなって日が浅く、特防隊もまだまだ多忙。
彼らから合間を縫って指導してもらっている立場なので、どうしても時間通りにやってくることができなかったらしい。
「かつて『霊界は地力で劣る』と評したが、その劣る力で魔界の結界を作り上げた彼らの技術力は本物じゃよ。
まだまだ学ぶことは多いの」
墓の掃除を終え、寺の中で休息する一同は雑談に興じている。
「んじゃあしばらくは霊界に籠んのか?」
「そのつもりじゃが……もうすぐ2回目の魔界統一トーナメントじゃろ?
彼らと一緒に、今度は霊界産の素材だけでまた屋台を開くつもりなんじゃ。
魔界に霊界をアピールするには丁度良い機会じゃから、本格的に定例行事にしようと思ってな。
その用意もあって中々に慌ただしいんじゃ」
「そっかー……なんとか時間取れねぇか?
また相手してくれよ。
調子乗ってるクソ親父に一泡吹かせてーんだ」
食事を続けすっかり体調も良くなった雷禅は完全に全盛期の力を取り戻してた。
次の大会での優勝が確実視されているほどだ。
ただ妖気が増えすぎたせいで今度は制御するのに手間取っており、彼が人間界を訪れるのはまだまだ先の話になるだろうとのこと。
「……ヒノカミさん。
良かったらオレも手伝いましょうか?」
「そりゃ助かるが……いいのか?蔵馬よ」
「オレはもう前回の戦いで完全燃焼してしまいましたしね。
どのみち今回は見送るつもりだったんですよ」
「大学が休みの日だったらオレも手ぇ貸してやってもいーぜ。
アンタにゃ世話んなったからな」
「あの、私にもお手伝いできることがあれば……」
「桑原も雪菜もすまんな。
ちゃんとバイト代は出す。儂の懐からじゃから僅かではあるがの」
「オレの分はいいので、多少余裕ができたなら幽助の相手をしてやってください。
彼にはオレたちの分まで活躍してほしいですからね」
「ん、わかった」
「サンキュー、蔵馬!」
浦飯が約束を取り付けたところで、桑原の姉である静流が幻海の遺書を持ってやってきた。
彼女が所有している土地を浦飯たちに分配して譲渡するとのこと。
彼らは帰宅する途中にその土地を見てくることにしたらしく、予定より少し早めに出て行った。
「……」
ヒノカミだけが寺に残り、一人で幻海の墓の前に佇んでいる。
「……ヒノカミ」
その後ろに青年の姿のコエンマが現れた。
ヒノカミは彼に背を向けたまま呟く。
「……多分な?今の儂ならやろうと思えば、師範を蘇生させることもできるんじゃ。
儂や幽助たちの記憶から情報を収集して、現世に残る残滓とあの世の霊体の欠片を呼び寄せ再構成すれば……」
「……それは」
「わかっておる。師範がそれを望んでおらぬ。
そのような行いをすればそれこそ合わせる顔が無くなるわ」
ヒノカミはそのまま地べたに座り、胡坐をかいて前かがみになり俯く。
「……どんなに強くなってもできないことと、やってはならぬことがある。
こんなことで悩むくらいなら、いっそできない方が良かったんじゃろうがな……」
ヒノカミは懐に手を入れ、中から小さな白い棒を取り出し口に咥える。
「おい」
「別にいいじゃろ。儂は『大人』じゃぞ?」
先ほど浦飯からもらったタバコの先端に指先の火を押し当て、思いっきり吸い込んだ。
「っ!?ゲホッ、ゲホッ!」
「馬鹿、何をやっている。
慣れないことをするから……?」
「ゲホ、ゴホッ……くぁ~、これはキツイの~。
幽助はよくこんなものを……目に染みるわ~」
「……」
「かかか、だがこれもまた『大人』の苦みと言うヤツかの」
「……あぁそうだな。お前は『大人』だよ」
コエンマは彼女の背中を、少し悲しそうに見つめている。
ヒノカミは大人になった。
大人になったから……涙を流すのにも言い訳が必要なのだ。
「……」
コエンマは咥えていたおしゃぶりを外しハンカチで拭う。
「ヒノカミ」
「?」
そして彼女に放り投げた。
ヒノカミは背中を向けたまま受け止め、それが何なのかに気付いて振り返る。
「オマエにやる。好きに使え」
「好きにって……霊界の至宝じゃろ?」
「親父も完全に失脚したし、いい加減ワシも子供を卒業せねばな。
いつまでもおしゃぶりを咥えているわけにもイカンだろう」
コエンマはヒノカミの隣に座り、お供え物のつもりで持ってきていた酒瓶を涙の痕が残る彼女の目の前に掲げる。
「お互いに大人を迎えた記念日だ。
今日はとことん飲み明かそうか」
「……おいおい、まだ公務が溜まっておるのではないか?」
「たまにはサボりもいいだろう?
大人とは、ズルいものだからな」
コエンマはにやりと笑い、ヒノカミも悪い笑みを返す。
ヒノカミは掌を叩いて器を三つ作り出し、コエンマがそれに酒をなみなみと注いだ。
一つを幻海の墓前に添え、それぞれが一つずつ掲げ、無言で器をぶつけて鳴らした。
「ワシらに聞かせてくれ。お前の土産話をな」
「かかか。長くなるぞぅ?
……魔界に旅立った儂はなぁ」
幻海を看取ってからこの日に至るまでに、ヒノカミも経験を重ねました。
彼女の成長と変化を表現できていたら幸いです。