そしてヒノカミは協力者と共に神となるための準備を始めた。
まずは成功率を上げるために、今できる限界まで自分の魂の格を高める。
零番離殿で曳舟の食事と麒麟寺の湯治を繰り返し。
兵主部の離殿で瞑想して魂魄の質を上げ。
二枚屋にヒノカミのためだけの斬魄刀を作り上げてもらい。
滅却師最終形態を習得し。
虚圏を巡ってスピリット・オブ・ファイアの中の虚の因子を成長させ。
山本たちが集めた霊王の因子と浮竹の中にあった霊王の右腕を自分に移植し。
銀城らから完現術を学び正しく習得した。
およそ1年後、ついに彼女は計画を実行に移した。
彼女はグレートスピリッツの母体となり、世界を見守る女神となった。
ただ彼女の中のグレートスピリッツが正しく育つかは確実とは言えない。
世界中の魂を受け止め続けるのだ。当然その影響を受ける。
ヒノカミの頑固さは言うまでもないが、ベビー・オブ・ファイアは無垢。
どんな色にも染まりうる。
世界を愛する者が多ければ、グレートスピリッツは世界を愛し、守ろうとする存在になるだろう。
しかし世界に対して恨みや憎しみを抱く者、絶望した者が多ければグレートスピリッツそのものが世界への脅威となり得る。
だから彼女は集めた魂の遺志を束ねて『大願成珠』に祈り続けている。
この世界が優しく、素晴らしい世界になるように。
そこに生きる人々が世界を愛せるように。
……だがこうも言っていた。
そんなことをしなくても、この世界を嫌いな者よりこの世界を好きな者の方が多いはずだと。
先代の霊王が作り支えてきたこの世界は、間違いではなかったはずだと。
「だからアナタが力を与えた者が死んでも、アナタに還ることはない。
彼らの魂はアナタが与えた力と共に、既にグレートスピリッツに導かれたんです。
アナタよりも彼女の方が霊子支配……滅却師として優れた力を持っているのだから」
「ふざけるな!私が全ての滅却師の父だぞ!?」
「子が親を超えていくのは当たり前でしょう?
信じられないならどうぞ、何度でもお試しください。
……アナタ如きが、彼女に勝るはずがない」
「……ならば教えてやる!」
「陛下!?」
「この世界の全ては、私が奪い去るためにあるのだ!!」
そしてユーハバッハは『眼を開いた』。
ユーハバッハが力を取り戻す9年は、まだ終わっていない。
完全に力を取り戻す前に自分の力を開放しては制御を失い、力が暴走してしまうかもしれない。
それでも他の力では目の前の『新たな霊王』を下すことはできなかった。
零番隊にも追い付かれてしまった以上、この力で今すぐに霊王を支配する以外に残された手段はない。
ユーハバッハが自らの能力に付けた名は『
これから起こる未来の全てを見通し、全てを知り、知った力は自分の味方となる。
その『眼』で持って頭上の球体を睨みつけた。
「……何故……見えぬ……!?
何故だ!?何故理解できぬ!?」
「理解できるはずがないでしょう。
アナタが奪えるのは『この世界の全て』だけなのだから」
先代霊王ですら彼女の存在も未来も見えなかった。
兵主部ですら彼女の真の名を知れず、奪うこともできなかった。
『この世界の全て』しか理解できない程度の力で『この世界を超えた存在』を支配しようなどおこがましい。
「例えるなら……言語でしょうか。
アナタがこの世界の言語全てを理解し改変できるとしましょう。
しかし彼女はこの世界の言語だけでなく、多数の異なる世界の言語を混ぜて自分という文章を形作っている。
故に彼女を理解するなら彼女が使う言語全てを知り、彼女と同等以上のレベルで修めねばならない。
……アナタは知らないでしょう?他の世界のことを、何も!
彼女を真に理解できる者はどこにもいないんですよ!」
「ぐぬぅぅ……っ!?」
そしてユーハバッハの隣で、何かが崩れ落ちる音がした。
「ハッシュ……バルト……!?」
強引に眼を開いた代償だ。
制御を失った力は、ユーハバッハが力を与えた者たちの力を命ごと奪い取ろうとした。
「ハッシュバルトぉ!!」
そして倒れた腹心の体から抜け出た魂がユーハバッハの下ではなく、上空の光の玉へと昇っていった。
ユーハバッハが手を伸ばし必死に引き寄せようとするも叶わず吸い込まれていく。
腹心だけでなく霊王宮表参道に残してきた親衛隊たち、瀞霊廷の配下たちの魂も軒並み吸い込まれていく。
彼らに与えていた自分の力ごと。
「ぬぅぅぉぉおおおおおおおお!!!」
新たな霊王の力を奪い取れば奪われた力も死んだ配下も取り戻せると思っていた。
しかしユーハバッハは賭けに敗れ、生きている配下すらも死なせてしまった。
たった一人残された滅却師の王は慟哭し膝をついた
全てを奪うと宣言した簒奪者から、全てが奪い取られていく。
この世界を生と死が入り混じる混沌の世界に戻し、世界から恐怖を消し去ること。
そのためには世界を維持する霊王を排除しなければならない。
そして彼には新たな霊王を降す手段がない。
彼の野望はここに潰えた。
「んなこたぁどうだっていい!!」
一護はユーハバッハを無視して、再び浦原の胸倉を掴む。
「そのグレートスピリッツってのが生まれるのはいつだ!
姉貴が解放されるのは、一体いつになるんだ!?」
「……十年や二十年で済む話じゃないのはわかるでしょう?
百年か、二百年か……千年でも足りないかもしれない。
少なくともアナタが生きている内に、彼女が目覚めることはない」
「テメェッ!!」
一護は力の限り浦原を殴り飛ばした。
彼は一切の抵抗をせずその拳を受け転がって行った。
「……殴り殺していただいても構いません。
アタシにはその責任がある」
最初にヒノカミを利用した者として、罰を受けなければならない。
全ては浦原が始めたことだ。
浦原が力と責務を押し付けなければ彼女がこんな結末を迎えることは無かったはずだ。
「クソッ!クソッ!!
……チクショウ……ッ!!」
「一護……」
「一護くん……」
「……一護」
仲間たちに止められ、一護は拳を下した。
彼の拳は誰かを護るためにあるのだから。
「ならば儂がぶっ殺してやるわぁぁぁぁぁぁぁあぁああああ!!!」
「ぶべらぁぁあああああっ!!!」
そして浦原は飛び込んできた見慣れた影から顔面に飛び蹴りを喰らい、平面状の大地を更に向こうへ、どこまでも転がって行った。
攻撃を喰らう瞬間、彼はこう思っていた。
殴り殺してよいと言ったが、蹴り殺してよいとは言ってない。