「な、なぁ!
オラおめぇに会ったことあるかなぁ?」
「ある!」
怒りの感情が籠った女性からの猛攻に、見知らぬ相手から恨まれているという困惑もあって悟空はたじろぐ一方だ。
攻撃は全て余裕を持って回避できているが反撃に転じることができずにいる。
「なかなかやるのぅ。独力であそこまで鍛え上げたか」
「かなりの達人だな……彼女の動き、どこかヤムチャたちに似てないか?」
「そりゃ、あ奴も元を辿れば亀仙流じゃからな」
「えぇっ!?」
「あ、そうか。彼女の父親がオレたちの兄弟子に当たるんだった」
「……亀仙流は門戸が広いんだな」
「いや、これはむしろ世間が狭いと言うべきかもなぁ」
未だ気付いていない悟空に対し、正体を察しているヒノカミやヤムチャは気楽なものだ。
「乙女心も知らねぇでよ!
ずーーーーっと待ってただぞ!」
「な、なにをさ……!」
「約束も忘れちまっただかっ!?」
「や、約束……?」
「……なんであんなに怒ってるんだ?
約束って、あの時に何かあったのか?」
「儂も覚えがない。悟空の奴が何か言ったんかのぅ?」
「な、なんて約束したんだ!?」
「おらのこと、お嫁にもらってくれるって!!!」
「「「なにぃーーーーーーっ!!!!!」」」
会場全体が振るえた。
一番大きかったのは舞台裏からの女の声だった。
そのせいで耳が良すぎるピッコロは頭を抑え悶えている。
「……あぁーーーーっ!
おめぇチチかぁーーーーっ!!」
「ふん!今頃やっと思い出しただか……?」
「忘れてねぇって!
こんなでっかくなってるなんて思ってなくてよ!」
ようやく疑問が氷解した悟空はスッキリした表情で気安く接するが、彼の関係者は慌てふためいている。
「ヤムチャさん!結局あの子誰なんですか!?」
「ぎ、牛魔王の娘の、チチだ……。
最初のドラゴンボール探しの旅で、悟空と出会って……だが……」
「悟空!嫁とはどういうことじゃ!?」
舞台の上に乗り出す勢いで顔を出すヒノカミたちに、悟空はそういえば他の誰にも伝えていなかったことを思い出す。
「あん時さ、チチに『嫁にもらいに来てくれ』って言われたから『でっかくなってそん時まだチチにその気があったらな』って約束してたんだ」
「……なん……じゃと……!?」
「つまり悟空は、婚約してたのか……?
そんなカワイイ娘と……!?
ずるいぞコノヤローーー!!!」
「……ほ、ほんとに忘れてなかっただか……?」
「あぁ。でもよぉ、オラでいいんか?
結局あの後、一度も顔も合わせてねぇってのに……」
「っ!ふ、ふんっ!まったくだべっ!
……しょうがねぇっ、おらに勝ったら許してやるだよ!」
「そっか!じゃあ行くからな!」
「やれるもんならやってみるだよ!」
試合中だということもあり、改めて身構える二人。
しかし残念ながら迷いの晴れた悟空が相手ではチチに勝ち目はない。
彼は目にも止まらぬ速さでパンチを突き出し、その衝撃でチチを舞台の外にまで吹き飛ばした。
「あ、ヤベッ!」
チチが舞台と観客席を仕切る壁にぶつかる前に悟空は先回りし、宙に浮いたままチチを受け止める。
「わりぃわりぃ!ちょっと強すぎた」
「ご、悟空さ。なんで……」
自分は場外負け寸前だった。
なのになぜわざわざ庇うような真似をしたのか。
「だってよ、ダンナはヨメを守るもんなんだろ?
怪我なんかさせらんねぇって」
「~~~っ!?
負けだ負け!おらの負けだ!
……とっくの昔に、ホレたが負けだったべ」
『匿名……いえ、チチ選手降参!
孫悟空選手の勝利です!』
悟空は舞台の上にチチを下ろそうとしたが、彼女が赤い顔で悟空の胸元をギュっと掴んだものだから、彼女を腕に抱えたまま舞台裏へと引き返していった。
それはいわゆる『お姫様抱っこ』というものであり、観客からは妙に拍手やら口笛やらが聞こえるが、当の悟空には何が何だかさっぱりだ。
「おい孫!アレを止めろ!!」
「どうした?ピッコロ」
「いいからさっさと行けって!」
次の試合に参加する予定のピッコロとクリリンが、戻って来た悟空を控室の奥へと追いやる。
そして悟空の眼に入って来たのは、天津飯たちに羽交い絞めにされるヒノカミの姿だった。
「はなせぇーーーーっ!
今すぐ世界中の赤飯を買い占めるんじゃあーーーーっ!!」
「アンタはもうすぐオレと試合だろうが!
今度は試合前に棄権するつもりか!!」
「チャオズ!拘束を緩めるな!絶対に転移させるなよ!?」
「うん!」
「式場は……そうじゃ神殿使おう!
神父役は儂がやれば良いとして参列者は……ちょっとあの世から悟飯連れてくる!!」
「神が神父の代わりをするな!
職権乱用もいい加減にしろ!!」
「あ!悟空!
2階に行って武天老師さまと先代さまを呼んでくるんだ!!
ヒノカミさまがまた発作を起こしていると伝えろ!」
「ふんごぉ~~~~~~~っ!!」
「……あー……わりぃ、チチ。
ちょっと行ってくるわ」
「えぇと……ヒノカミさまはどうしたんだべか?」
「オラも良くわかんねぇけど、たまーにあんな感じに暴れ出すんだよなぁ」
「???」
呼ばれてきた先代に叱られたヒノカミは、彼女が出場する第4試合まで正座で説教されていた。
それを遠目に見ていた鶴仙人は自分の中の天女のイメージが崩れ落ちる音がした。
経験者である亀仙人が彼の肩を優しく叩く。
今の二人なら旨い酒を飲みかわせるかもしれない。愚痴を肴にして。