日本のとある海辺の岬の上には、一軒家が建っている。
それは別荘を改装して作られた自宅兼個人診療所。
へんぴな場所で交通の便も悪く、近寄りがたい異様な雰囲気を醸し出している。
しかしその診療所には、世界中から多くの、そして様々な人間がやってくる。
その家で暮らす世界最高の腕を持つという、無免許医の男を頼りにして。
「ふんふふふ~~ん……あや?」
その家で暮らしている玄関の外の掃除をしていた女の子が、歩いて近づいてくる人の姿を見つける。
真っ赤な和服を着た、小柄な少女だ。
「あんたしゃんだぁれ?患者さん?」
「こんにちは、お嬢ちゃん。
儂は患者ではなく黒男……いや、『ブラック・ジャック』の知り合いでな?
あ奴に会いに来たのじゃが」
「お嬢ちゃんだなんてしつれーしちゃうのよさ!
こう見えてもピノコは18才のれでぃーなんだから!
お嬢ちゃんはあんたのほうなのよさ!」
「げらげらげら。儂は三十路すぎじゃよ、お嬢ちゃん」
「アッチョンブリケ!」
「……ピノコ」
「しぇんしぇ?」
ピノコが来訪者と話している内に、男が家の外へと出てきていた。
彼は少し前に難しい手術を終えて帰宅したばかり。
疲れで爆睡していたはずで、普段の彼ならそう簡単には目を覚まさない。
「お久しぶりです……六道先生」
「うむ」
だが近づいてくる巨大な気配とにじみ出る怒気を感じ取り、本能的に目を覚ましていた。
「話がある。入ってもよいな?」
「……ピノコ、この人は私の恩人だ。
しばらく席を外していてくれ」
――――……
「突然押し入って悪かった。
じゃがどうしても確かめねばならぬことがあったのでな」
診療所の中へと入った女……六道は、全身からピリついた気を放っている。
それは対面するブラック・ジャックへと注がれており、彼が『自分が何か彼女を怒らせるようなことをしてしまったのだろう』と察するには十分だった。
そして彼は悪名高い無免許医。身に覚えなら腐るほどある。
「……要件をお聞かせいただきたい。
私に非があるのであれば、心より謝罪し改めさせていただきます」
六道とは古い付き合いだ。彼女が怒ったらどれほど恐ろしいかを彼はよく理解している。
だから余計な言い訳も何もせず、ストレートに彼女に尋ねた。
「儂の怒りは理解しておるようじゃな。
……では何に対しての怒りか、当ててみるがいい」
「…………」
だと言うのに、彼女は逆に問いかけをしてきた。どうやら付き合うしかなさそうだ。
彼は己の悪評のめぼしいところをかたっぱしから挙げていくことにした。
「……無免許のまま医者をしていることでしょうか」
彼はとある理由があって、日本医師連盟を嫌っている。
だから事あるごとに反発し、相手からも嫌われているため免許が下りない。
だと言うのに彼は医者を名乗っている。真っ当な規則を破ることは彼女が嫌うところだ。
「違う。お主が免許を取れぬのは連盟のいやがらせによるところが大きい。
個人的な感情を組織の運営に織り交ぜる奴らのやり口の方が間違っておる。
腕前が足りぬというならともかく、良い方向に隔絶したお主に免許の有無など些末なことよ」
「では……法外な報酬を請求していることでしょうか?」
ブラック・ジャックは患者に対し数百万から数千万、場合によっては億単位の治療費を請求する。
彼女はえり好みをするが、見返りを求めず他者を救う。
金に執着する振る舞いも気に食わないはず。
「違う。事後承諾ではなく相手がその金額で同意したと言うなら何の問題もない。
何より、命にはそれ以上の価値がある。金で買えるだけ良心的じゃろ」
「……では、悪人を治療していることでしょうか?」
ブラック・ジャックは基本的に、金を積めばどんな悪人であろうと治療を引き受ける。
対して彼女は外道の類を許さない。
「違う。相手が悪であろうと『命を救う』行為そのものは清く正しい。
救った相手が悪行を成すとわかっていたとしても、それは悪行を成した当人の罪。
お主が責を背負う必要などない」
「…………では」
言葉を区切ったブラック・ジャックは、彼の目の前で掌を広げて。
「せっかくいただいた力を、ろくに使っていないことでしょうか?」
掌の上に白い炎を生み出した。
続いて全身からも炎を吐き出す。
しかしそれらはブラック・ジャック自身も、木造の家も、一切燃やすことはなかった。
幼い頃の彼の家があったのは、元々米軍の射撃訓練場だった。
それが民間に払い下げられるにあたり自衛隊が不発弾の処理作業に当たっていたのだが、一刻も早く土地を売ってしまいたい不動産業者が作業員に金を握らせ、作業員は処理を完全に行わないままに『危険区域』の立て札をはがしてしまった。
そして不発弾は、彼の住む家の下に残っていた。
彼が8歳の頃、彼と彼の母は不発弾の爆発に巻き込まれ瀕死の重傷を負った。
バラバラになった自分は本間丈太郎という医者の尽力により奇跡的に人の姿を取り戻した。
しかし母は、腕も足も失い何も言えぬ人形のようになってしまっていた。
当時海外に出張していた彼の父は、別の女を作って香港へと移住した。結局日本には帰ってこなかった。
世を呪い、人を憎んだ彼の前に現れたのが、今目の前にいる六道という女だ。
『仙人のようなもの』と名乗った彼女が白い炎を浴びせると、彼の母は瞬く間に元の美しい姿を取り戻した。
そして彼自身に『人の生命力を増幅する炎』と『人を癒やす白い炎』の種火を授けた。
リハビリを兼ねた長年の修行により、彼もまた二つの炎の力を操る超人と化した。
だからこの白い炎を使えば、ほとんどの病人は一瞬で治すことができるのだ。
しかし彼はかたくなに医者であることにこだわり、手術をもって患者を治療しようとする。
それは彼の母を救ったのは六道でも、彼自身を救ったのは本間丈太郎であったからだ。
彼が憧れたのは六道のような超人ではなく、本間のような医者だった。
だから彼は継ぎ接ぎの己の皮膚を癒やすこともせず、自分の手術の腕ではどうやっても助けられない時にしか白い炎を使わない。
「『使わぬのなら返せ』ということであれば……どうぞ、没収してください」
「違う。それはお主にくれてやったものじゃ。
どう使うかはお主の判断に全て任せる。
例えそれで悪行を成したとしても、結果に責任を持つのならばお主の自由じゃ。
……まぁ、悪行に使えんようにはしてあるがな」
「……お手上げです」
まだまだ後ろ暗いことはいくつもあるが、ブラック・ジャックが思い当たる節はこれくらいだ。
だから彼は降参し、彼女が何に怒っているのか答えを教えてほしいと頼んだ。
「……貴様に連れ子ができたと聞いてな」
「は?」
「まさか『めぐみ』という者がありながらどこぞで不逞でも働いたのかと」
「ぶふっ!!」
想定外の回答に思わず吹き出してしまう。
その連れ子というのは先ほどの『ピノコ』で間違いないだろう。
「あの子は私の子ではありません!」
「げらげらげら。の、ようじゃな。直接見て確信した。
しかし随分と面白いことをしでかしたようじゃの?」
「……まったく……」
六道から放たれていた気がぴたりと止んだ。どうやらからかわれていたらしい。
「しかし、いい加減に祝言上げい。両想いのくせに。
あんないい女をいつまで待たせておくつもりじゃ」
「……できませんよ。復讐を終えるまでは……!」
彼は彼の生涯をかけて、不発弾を放置した作業員たちに地獄を味わわせると誓っていた。
全てを終わらせこの怒りを捨て去るまでは、研修医時代に出会った女性との結婚も、老いてきた母との同居もしない。できるはずがない。
「復讐は過去の清算であろうが。
それで今を犠牲にしては本末転倒であろうに。
……まぁともかく、めぐみにフォローを入れておけ。
噂は彼女の元にも届いておろう。
放置すれば押しかけてくるかもしれんぞ?
儂としてはそちらの方が都合がいいがの。くけけけ」
「……わかりました」
どうやら六道は本当に、たったこれだけのために自分の下を訪れたらしい。
立ち上がり部屋の外に出たところで不安げに待ち構えていたピノコと出くわす。
「あんた、しぇんしぇにひどいことしたんじゃないのよね?」
「しておらんとも。全ては儂の誤解であった。
お主にも嫌な思いをさせて悪かったな」
「……ふんっ!ならいーのよさ!」
かがんで目線を合わせ、ピノコの頭をなでる六道。
子供扱いされることを嫌うピノコだが、ブラック・ジャックの恩人であり自分と同じく幼く見える大人の女性であるためか、六道への反抗心はあまりないようだった。
「……そういえば、まだ開業祝をしていなかったな?」
「はぁ?」
「誤解していた詫びも兼ねてじゃ。受け取っておけ」
「……!?」
そして六道は、触れていたピノコの体を『作り変えた』。
かつてブラック・ジャックが、とある患者にくっついていた奇形嚢腫に残された臓器と部位を組み合わせて作り出した人造人間。それがピノコだ。
合成繊維や合成樹脂で組まれた骨組みが、一瞬で『人間と全く同じ構造』に改変していく。
「……ふにゃ?今なんかしたの?」
「なんでもないさ。ではなピノコ。
『大きく育て』よ」
どうやら改変中は意識を失っていたらしいピノコの頭をもう一度雑に撫で、六道は今度こそ背を向け診療所から離れていく。
「……お世話になりました」
深々と頭を向けたブラック・ジャックに対し、六道は背を向けたまま軽く右手を挙げて応え、そのまま立ち去った。
前回と同じくタイトル通り、『ブラック・ジャック』より一幕。
中々オカルトも多い世界なので、ヒノカミの出力も割と高め。
ブラック・ジャックの母を元通りにするくらいは容易く、『天神武装』と『不可死犠』を授かった彼自身も超人であり奇跡の癒し手となっています。
それでも救えない人やどうしようもない事例はいくらでもありますが、少なくとも母や恋人との別れは生じておらず、原作よりもはるかに幸福であると言えるでしょう。
彼自身の意向により姿はそのままとしていますが。
彼もまた幼少期に不幸な目にあった子供であること。
家族への深い愛情。
強い復讐心。
医者としての腕前。
そして仁義。
ヒノカミとの性格的な相性はかなり高いです。
そして彼女がブラック・ジャック以上の名医でもあるため、孤独感を感じることもないでしょう。
振り回されて色々と苦労もしているでしょうが、やれやれとつぶやきながら人々を救い続けていただきたいものです。