「ただいま!」
「おかえり、お兄ちゃん」
「おかえりなさい、カナヲ」
「はい、しのぶ姉さん」
蝶屋敷に戻って来た炭治郎とカナヲを、ヒノカミと禰豆子、胡蝶姉妹が迎え入れる。
「……炭治郎。思えばお主はこれが初めてであったな。
鬼と対峙して、どう感じた?」
「……悲しい匂いがしました。
鬼は凶暴で残忍だったけど、彼らは望んでそうなったんではないんですよね?」
「全員ではないでしょうけど、大半は無惨に無理やり鬼にされたんだと思うわ。
……悲しい存在よね、鬼って」
「そうですね……」
「……ともかく、今はお祝いしましょ!
炭治郎くんも姉さんも中に入って。
アオイたちが作ってくれたお料理が冷めちゃうから!」
「っとその前に。炭治郎、カナヲ、もらってきたか?」
「「はい」」
二人はヒノカミに、鬼殺隊が使う『日輪刀』の原料である鋼の塊を差し出した。
本来は鬼殺隊専属の刀鍛冶が選んだ鋼を元に刀を拵え、後日担当した鍛冶師が直接持ってくるという流れなのだが、二人は特別に鋼をそのまま持ち帰る許可を得ていた。
二人の刀は、ヒノカミが作る。
鬼殺隊の刀鍛冶たちの腕前は一級品、しかし所詮は人間技。
神の技術を学び振るう彼らには、同じく神の力で作り上げられた刀こそ相応しい。
「……『十、九、八、七、六、五枚!終い(四枚)に三枚、二枚屋Oh-etsu!』」
霊王を務めたヒノカミのかつての配下であり、死神の世界の全ての斬魄刀の生みの親。
『刀神』二枚屋王悦。
「流石に彼には劣るが……何を隠そう、儂は刀鍛冶の達人じゃあ!」
炎を操り剛力を持つヒノカミは、作業場どころか道具すら必要としない。
まるで飴細工のように預かった鋼を素手で成形し、他の材料を生み出して混ぜ合わせ、装飾を足し。
「……ほい完成。大事にするんじゃぞ?
滅多なことでは欠けすらせんがな」
「「ありがとうございます!」」
刀の切れ味は多少良い程度だが、とにかく強度が桁違い。
後の時代にて数百年先までオーパーツとして語り継がれることになるだろう。
「……ホント、刀匠に喧嘩売ってますよね。
刀鍛冶の里の人たちが知ったら刀持って襲い掛かってきますよ?」
その様子を見ていたしのぶが呆れ果てるが、彼女と姉の刀もすでにヒノカミ製である。
「抜いてもいいですか!?」
「えぇぞ。さて何色になるか……」
日輪刀は別名『色変わりの刀』。
持ち主の呼吸、すなわち剣技の適性に合わせて刀身の色が変化する。
「黒い……」
「なるほど。黒は鬼殺隊でも情報が少なく何の呼吸に適性があるのかわかっていなかったのですが、おそらくその呼吸が『ヒノカミ神楽』ということなのでしょうね」
「……黒刀の隊士は長生きしないと言われているのだけれど、もしかして?」
「無惨と鬼に積極的に狙われるんじゃろうな。
始まりの呼吸ならば当然か」
「カナヲは?」
「桃色……」
「あら、お揃いね!」
「姉さんと一緒か。やっぱりカナヲには『花の呼吸』が合ってるのよ」
「……はい」
カナヲが嬉しそうに、少しだけはにかむ。
普通の人と比べればまだまだ感情が薄いが、それでも随分と表情豊かになったものだ。
「皆さーん!まだですかーー!?」
「っと、いかんいかん。話は祝いの後じゃな」
本来なら刀ができるまで半月ほどの時間がある。
だから炭治郎とカナヲにも同様の休息期間が与えられ、その間にヒノカミや鬼殺隊の先輩である胡蝶姉妹から指導を受けた。
そして彼らに与えられた伝令役の『鎹鴉』より指示を受け、二人は揃って旅立っていった。
「大丈夫かしら、大丈夫かしら……!」
「落ち着いて姉さん。あの二人の実力はとっくに柱並みよ。
二人一緒なら十二鬼月が来たって、そう簡単にやられはしないわ」
「それは、そうなのだけど、そっちじゃなくて……」
「妙に狼狽えるのぅ。何がそんなに不安なんじゃ?」
「だって年頃の男女なのよ!?
ずっと二人きりなんて、もし何か間違いが起きたら……!」
「何言ってんの!?」
「当人たちにその気があるならいっそ祝言あげたらどうじゃ?
炭治郎も元服は済んでおるんじゃし」
「黙りなさい!!」
保護者たちの歪んだ心配を余所に、二人は次々と鬼を退治していく。
やがて彼らが辿り着いたのは、東京浅草。
「街はこんなに発展してるのか!?夜なのに明るい!
建物高っ!なんだあれ!?」
「落ち着いて、炭治郎……」
「めまいがする……!」
「人の少ないところへ、行こう?」
カナヲもそれなりに困惑していたが、それ以上である炭治郎を見て必死に冷静さを保っていた。
「人が多すぎる……いろんな匂いがして、頭が痛くなってきた……!」
「香水をつけてる人とか、大勢いるみたいね」
炭治郎は異常なほど優れた嗅覚を持っており、鬼との戦いではそれが役に立つことも多いのだがこの状況では足かせになっている。
ただでさえ田舎上がりで人混みに慣れていないのに、鼻を通じて流れ込んでくる情報が多すぎて完全に混乱していた。
「…………っ!?」
「どう、したの?」
「鬼だ……強い、鬼の匂いがする!!」
「!?」
炭治郎を追ってカナヲも走り出す。
(なんだ……とんでもなく禍々しくて、匂いが濃い!
まさか、十二鬼月!?)
炭治郎は匂いの先にいた身なりのいい、今の時代でもまだ珍しい洋服姿の青年の肩を掴んだ。
青年は眉をひそめて、鬱陶しそうに炭治郎に振り向いた。
(……隣にいる女の人と女の子は人間だ!
コイツ、人間の振りをして暮らしているのか!?)
「お知り合い?」
「いいや、知らない子ですね」
追いついたカナヲと並んで硬直する二人の前で、女性が呑気に鬼と会話を交わす。
女性は目の前の男が鬼だと知らないようだ。
彼女に気付かれないよう、二人は刀に手を添える。
「人違いでは……ないでしょうか」
「「っ!?」」
鬼が女性の死角で、爪を振るった。
通りすがりの男性の首が傷付けられた。
「うぐっ……がぁぁぁぁーーっ!!」
「キャァアアアアア!!」
(人が、鬼になった!?じゃあまさか!!)
人間を鬼に出来る鬼は、一体しか存在しない。
鬼の首領『鬼舞辻無惨』。
「……鬼舞辻無惨!俺たちはお前を逃がさない!どこへ行こうと!!
絶対にお前を!許さない!!」
鬼となって暴れる男性を抑え込みながら、騒動を利用してこの場を離れていく無惨の背中に炭治郎が叫ぶ。
「うっ、ぐ、炭治郎!」
「カナヲ!俺が抑えるから、薬を!」
「うん!」
炭治郎が姿勢を変えて羽交い絞めにしたところで、カナヲが男性から手を放し鞄の中から注射器のような道具を取り出す。
「お願い、効いて!」
針を鬼となった男性の体に突き刺した。
ビクンと跳ねた男の体はゆっくりと動きを止め、やがて眠りについた。
「やった……戻ってる!」
しのぶがヒノカミと協力し開発した『鬼を人間に戻す薬』。
鬼になって時間が経つと効果がないとは聞かされていたが、今回は間に合ったようだ。
「あなた……!」
「もう大丈夫です、あなたも」
眠った男性をカナヲに任せ、炭治郎は男の妻らしい女性の首の傷に白い炎を纏う掌を当てる。
医術を修めているしのぶだけでなく、炎を扱いなれている炭治郎も『不可死犠』を使えるようになっていた。
彼の力はヒノカミやしのぶとは比べ物にならないほど弱いが、女性の傷は浅くすぐに完治した。
「傷が……あなたたちは……?」
「えっと……」
どう説明したものかと迷っているうちに騒ぎを聞きつけ警官がやって来たようだ。
鬼殺隊は非公認組織。廃刀令の時代に刀を差した彼らは警官に捕まれば厄介なことになる。
「炭治郎、逃げよう!」
「もし困ったことがあったら、藤の家紋の家を探して助けを求めてください!」
叫ぶように伝えて逃げ出す二人を、警官たちが追いかける。
次々と応援が来て、警官の数がどんどん増えていく。
「……大ごとになっちゃったなぁ」
「どこかに隠れて、やり過ごそう?」
「そうだね……っ!?」
そこで炭治郎は、先ほどとは別の鬼の匂いが近づいていることに気付いた。
(なんだ……匂いが、薄い?
嫌な感じがしない……)
「……こちらへ。近くに私共の診療所があります」
「女の、人?」
突如声をかけてきた女性と、その後ろに突き従う青年。
二人とも間違いなく鬼だ。
だが炭治郎たちが知る鬼とは決定的に違う。
悪臭がほとんどなく、瞳や振る舞いに理性が感じられる。
「私は珠世と申します。この子は愈史郎。
鬼ですが、鬼舞辻無惨を倒したいと思っている者です。
……どうか教えていただきたいのです。
『鬼を人間に戻した』先ほどの薬を、どうやって手に入れたのか……!」
炭十郎が健在なため、炭治郎はまだ耳飾りを受け継いでいません。
そして強すぎるので今の時点では鬼の前でヒノカミ神楽も使っていません。
姿を見られてしまったのは失態ですが顔や立場なら簡単に変えられるので、現時点での無惨の中の炭治郎に対する警戒度は他の隊士と大差無しとしています。
よって追手はありません。