新年を迎える最後の夜。
一般的な家庭は家で家族たちと静かに過ごし、除夜の鐘の音を聞いて煩悩を祓おうとするものだ。
しかしここ、産屋敷家の邸宅は未だかつてない賑わいを見せていた。
これは『鬼舞辻無惨討伐』を祝う、少しだけ早い祝勝会。
隊士はもちろん隠や刀鍛冶、藤の家紋の家の者にまで声をかけ、盛大な祭りを開いていた。
当然庭に収まりきるはずもなく、屋敷の中の至る所で各々が好き放題に飯を喰らい、酒を飲み、肩を組んで歌い出す。
庭の中央の舞台では宇随と彼の妻たちの演奏で、炭十郎と炭治郎がヒノカミ神楽を披露している。
アオイと蝶屋敷の子供たち、禰豆子と竈門家の弟妹たちは自主的に給仕に奔走していたが、やがて酔っ払いに絡まれ無理やり座らせられる。
炭治郎と禰豆子が鬼殺隊で稼いだ給金のお陰でかなり裕福にはなったが、それでもこれほどのご馳走を目にしたことが無かった竈門家の子供たちはあっさりと誘惑に負けてしまう。
そんな子供たちの様子を母は微笑ましく見守っていた。
玄弥は舞台の上で竈門親子に混じって獅子舞をカチカチ言わせている。
伊之助は甘露寺に大食い勝負を仕掛け討ち死にしている。
善逸は大きな丸眼鏡の隠と議論に花が咲き、周囲の特に女性隊士から冷めた目で見られている。
カナヲはうっかり酒を飲んでしまい酩酊し、酒を注いでしまったカナエはしのぶに引きずられていく。
そして誰かの醜態を見て、また誰かが笑い声をあげる。
誰も彼もが立場も時も忘れてバカ騒ぎをしていた。
喧騒は夜が更けても、日付をまたいでも鎮まる様子が無かった。
しかし間もなく夜が明けるというところで産屋敷が立ち上がり、手を叩いて皆の注目を集める。
「みんな、そろそろ時間だよ。
整列して準備をしようね」
「「「「「はい!!」」」」」
――――……
「はぁ、はぁ……出せぇぇーーーっ!!」
閉じ込められた異空間で、今日も無惨は元気に声を張り上げていた。
自分で出る手段を考えるのではなく手段を探して努力するのでもなく、自分が命じたのだから従うのが当然だろうと、今なお一切の変化も改心もなく。
しかし今日、この状況に陥って初めての変化がこの世界に訪れた。
「……なっ、なんだ!?」
銀色に光る小さな何かが群体を成して、彼方から無惨の方へと一直線に飛んでくる。
「まとわりつくな!くっ、これは!?」
無数の銀色の六角形の板……武装錬金『シルバースキン』が『リバース』状態で無惨を囲むように組みあがり球体を作り上げる。
無惨が全力で拳を叩きつけるがびくともせず、続いて伸びてきた巨大な白い腕、ヒノカミの『帛手割砕』が無惨入りの球を掴んで一気に引き上げた。
何も知らぬ隊士たちの前だからと神霊の姿を取っていたヒノカミが庭の襖から白銀の球体を取り出すと、間もなく襖はボロボロと崩れ落ち消滅した。
「『天射矛砲』」
そして巨大な球を掴んだまま真上へと掲げられた腕は、巨大な筒へと姿を変える。
天を見上げる巨大な大筒の付け根から炎が溢れ出す。
ずらりと並んだ人間たちが、ワクワクしながらその様子を見守っていた。
「……少し時期は違うけど、掛け声はやはりこれだね。
みんな、準備はいいかい?」
「「「「「はいっ!」」」」」
「それじゃあいくよ?せ~の……!」
「「「「「鬼はぁーーーーー外ぉーーーーーーーーー!!!!!」」」」」
大合唱と共に、大筒が火を噴いた。
無惨を包み込んだ球が天高く打ち上げられた。
――――……
「……ぐぁっ、くっ、なんだ……空!?」
遥か上空でシルバースキンが剥がれて消滅し、無惨が身一つで宙に放り出される。
状況はよくわからないが、脱出はできた。
己を閉じ込めたあの鎧の男や、散々揶揄ってきた産屋敷と珠世、そして鬼殺隊の隊士たちにどのような罰を降してくれようかと、無惨が思考を巡らせ始めたところ。
「あ」
地平線の彼方から、初日の出が昇った。
「あああああ”あ”あ”ぁ”ぁ”ァ”ァ”----ッ!!!!!!」
遮蔽物どころか雲一つない空で御来光から身を隠すことなどできるはずもなく。
落下しながら宙を掻いたり、肉を膨らませて崩壊を遅らせようとしたりと、この期に及んでまだ生に縋りつこうとした無惨だったがどうすることもできず。
やがて全身が灰となり、絶叫と共に空に消えていった。
――――……
そして無惨の断末魔の叫びは、地上にいる祭りの参加者にもしっかりと聞こえていた。
「………………ぷっ」
皆耳を澄ませていたため、思わず漏らした誰かの声はよく響き、伝播し、やがて屋敷全体に大爆笑が響き渡る。
「「「「「ぶわぁ~~~~~はっはっはっは!!」」」」」
「ひぃ、ひぃぃ~~~~っ!」
「ぎゃはははははは!!」
これが本日の祭りのメインイベント。
監督、産屋敷耀哉。
脚本、珠世。
演出、ヒノカミ。
そして主演、鬼舞辻無惨による一世一代のはれ舞台。
演目、『汚ねぇ花火』である。
笑い声が響く中でも、ヒノカミは無惨が消えた空を無言でじっと見つめていた。
(……来たか)
あの世からのお迎えが、無惨の霊体を引きずっていく。
当初はスピリット・オブ・ファイアに食わせるつもりだったが、やはりこの世界にはちゃんとあの世があったようだ。
であれば呵責は地獄の獄卒たちに任せるべきだろう。
あの世としても散々好き放題して方々に迷惑をかけた無惨に恨みつらみはあるだろうから。
じっと見上げていたら、お迎えの獄卒たちもヒノカミに気付いたようだ。
……視線を逸らされそそくさと立ち去って行った。何故だ。
夜が明けた。
長い、永い夜が。
そして新たな門出を祝う初日の出が、人々の笑顔を照らし温めていく。
――――……
無惨討伐から間もなく、ヒノカミはあっさりとこの世界から立ち去った。
竈門一家や友人であるカナエなどの最低限の相手にだけ直接別れの挨拶を告げ、他の者たちには頭の中に声だけを届けて。
『もはや諸君らには神の助けは必要ない』
『過ぎた力はむしろ諸君らの歩みの妨げとなる』
『私のことなど忘れ、輝かしい未来を生きよ』
要約するとこんな感じで、神として振舞っていた彼女の姿しか知らぬ一般隊士たちは純粋に感謝の祈りを捧げていた。
しかし彼女に深く関わってしまった柱たちは『お前はそんな性格じゃないだろう』と即座に心の中でツッコミを入れた。
多分、ここが去り時だと思ったのだろう。
当初の予定では滞在は炭十郎の体調が戻るまでの予定だったらしい。
だが無惨討伐まで付き合った結果すでに5年以上が経過している。
確かに彼女の強大な力を知っていれば頼りたくなってしまうのも事実。
だがだからと言ってこんな別れがあるものかと、柱たちは憤っていた。
まだ彼らは彼女から受けた恩も、引っ掻き回された仇も、返しきることができていないというのに。
抱えきれない感情を抱えて、それでも、生きていくしかない。
全ての悪鬼討伐を成し遂げたことで鬼殺隊は一度解散したが、鬼への復讐に生きてきた隊士たちの中には他の生き方を知らない者も多かった。
産屋敷としても我が子とまで呼び愛した彼らを『目的は果たしたから』と放逐するつもりなどなく、彼の主導により新たな組織が結成された。
引き続き歴史の影に隠れ、世を守り人を救う治安維持組織として、『鬼殺隊』は再出発した。
長く、長く続く歴史ある組織となった。
年月が過ぎれば人は入れ替わり、時代に合わせて活動も変わり、しかしそれでも変わらぬものもあった。
その一つが毎年大晦日の夜に開かれる、新年を祝う年越しの祭り。
通称『ヒノカミ祭り』である。
組織の構成員たちは拠点に集まり夜通し続く宴を楽しみ。
特設の舞台では有志たちにより妙な『神楽』が披露され。
そして夜明けと共に『汚い音』を放つ花火を打ち上げ厄払いにするという、大変謎めいた祭りであった。
しかしこれは彼らの祖が、とある神への感謝の想いを込めて始めた伝統の祭りなのだという。
そして盛大な祭りを執り行うとごく稀に、その神が祭りに現れるというのだ。
「崇めるな舞い踊るな語り継ぐなぁ!
なんで年重ねるごとに豪勢になっとるんじゃ!
いい加減にせぃよ貴様らぁぁぁぁああああ!!!」
お説教をしに。
『鬼狩りの世界』、これにて完結となります。
思いっきり省略しましたがそれもヒノカミというチートが大暴れした結果とご理解ください。
物語の方針は、メインキャラ全員の生存と幸福な未来。
生存だけなら早々に無惨と遭遇するイベントを立てればそれで済むんですが、彼らの心も救うとなれば相応の過程を用意せねばならず、少々回りくどい流れとなりました。
イベントそのものは起こしちゃうと一瞬で消化されるんですけどね。
まともなバトルと言えるのは無惨ではなく黒死牟戦でしたし。
上記の両名は疑いようもない悪人なので結構酷い目に会わせました。
他の上弦の鬼たちはあっさりと退場しましたが、本作の世界ではあの世があり、鬼になってからの罪は全部無惨のせいなので、狛治と梅・妓夫太郎はあの世で報われると思います。
童磨と半天狗と玉壺は当然地獄行きですが。こいつらに関してはもっと扱いを悪くしたかったくらいです。
この世界の今後は『鬼殺隊』により多くの人々が救われ、ささやかな幸福が満ちた世界となるでしょう。
『神の存在』を確信した彼らは悪行を行わず、組織として腐敗することもなく、オブザーバーとなった珠世と愈史郎もいるので。
ちなみにですが、ちゃんと主要キャラたちはヒノカミと再会しています。
馬鹿げた祭りを毎年開かれて我慢できなかったので、数年後に怒鳴り込んできました。
まぁ産屋敷はそれを狙って始めたんですが。
彼は本作でも腹黒キャラでいきました。
次の外伝もいくつか候補はありますが、またある程度書き揃うまでは間を開けます。
よろしければ気長にお待ちください。
お付き合いありがとうございました。