バーサーカーとの戦いでアーチャーが戦闘不能に陥ってから、遠坂凛は強固な工房である自宅に閉じこもっていた。
圧倒的な敗北だったが、まだ心は折れていない。
しかしサーヴァントが戦えない状態では聖杯戦争に関わることさえできない。
秘蔵の宝石を使いこみ、己の魔力を注ぎ続け、数日掛けてようやくアーチャーは再び戦線に復帰した。
そして彼を斥候に放ち把握したのは、すでに己の力ではどうしようもなくなった戦況だった。
一度は共闘しバーサーカーと戦った衛宮士郎とセイバーは、何があったのかそのバーサーカー陣営と同盟を結んでいた。
さらに学校にあった人間を喰らう仕掛けの下手人であったらしいライダー。
冬木の住民を無差別に襲い魔力を集めていたキャスター。
そして、どうやらキャスターが不正な手段を用いて呼び出したらしいアサシン。
いつの間にか5騎のサーヴァントが結託しているという有様。
バーサーカーとの初会合当時、アーチャーはセイバーとの戦いで負傷していた。
しかし仮に万全の態勢でもバーサーカー相手ではまともに戦っても勝ち目はないだろう。
奇跡を起こして倒せたとしても、更に4騎。それが連携して襲ってくる。
断言しよう。不可能だ。
それでも諦めず、残るランサーの動きに同調して乱戦に持ち込む形を期待していたがそちらはまるで音沙汰がない。
凛はまるで死刑執行を待つ囚人のような気持ちで日々を過ごしていた。
しかし今日になって衛宮士郎がセイバーを伴い、バーサーカー陣営と共に我が家を訪ねてきた。
ついにこの時が来たかと、凛は快く彼らを迎え入れた。
遠坂の人間として、散り際すらも優雅であるために。
「……は?」
「いや、だからさ。俺たちは特に願いがないんだ。
遠坂とアーチャーの願い次第では聖杯を譲ってもいい。
だから殺し合いなんかせずに話し合いで済ませたいんだ」
「本気で言っているのか……!?
セイバー、君の願いはどうした!?
他のマスターとサーヴァントたちは!?」
「私の抱いていた願いは……願うべきではないと知りました。
そしてこの会合はバーサーカー、ライダー、キャスター、アサシンとそのマスターの了承を得ています。
……シロウの言葉は、我々全員の総意です」
「「……!」」
魔術師と英霊が己の誇りと願いをかけて、最後の一騎になるまで殺し合う。
それが聖杯戦争のはずだ。
だと言うのにもはや勝利は確実と言える陣営がそれを真っ向から否定し、戦うことすらも拒絶し、勝利を譲ってでも争いを避けたいと言う。
「それは聖杯を求める全ての魔術師に対する侮辱よ、衛宮くん」
「遠坂ならそう言うだろうって、イリヤも言ってた。
でもこれが俺たちの願いだ。
欲しくもないもののために、お前と殺し合いなんてしたくない」
そのイリヤとバーサーカーは屋外に控えている。
ランサーの襲撃を警戒してと、自分たちが話し合いの場にいては凛たちを不必要に刺激するだろうからと。
「……はぁ。アーチャー、ごめんなさい」
「リン……?」
「降参するわ。引き際はわきまえているつもりよ」
「!?ありがとう!
それで、遠坂の願いは何だ?」
「私は最初から願いなんてないわ。
聖杯戦争に求めていたのは、その勝者になるという名誉だけ。遠坂の魔術師としてね。
でもこの状況、どう足掻いても無理だもの。
それに……恩もあるしね」
それは士郎がバーサーカーから自分を助けようとしてくれたことだけではない。
内心気にかけていた妹……桜に笑顔を取り戻してくれたことだ。
彼女が本当のライダーのマスターだと知った時には驚愕し、彼女と殺し合うことになるのかと絶望もした。
しかし慎二とライダーと共に衛宮家で暮らすようになってからの彼女は、本当に心から笑っていた。
彼女と戦わずに済むというのも、凛が士郎の提案を受け入れた理由の一つだ。
「じゃあ、アーチャーの願いはなんだ?
アンタも何か願いがあって聖杯戦争に参加したんだろ?」
「……あぁ」
「申し訳ありませんが、あらかじめお聞かせ願いたい。
その願いが本当に願って良いものか、吟味せねばなりませんので」
「その必要はない。
……私の願いもまた、聖杯に願うようなものではない」
「そうだったの?じゃあアンタの願いって何よ?」
「…………」
――――……
遠坂家でアーチャー陣営との会合を終えた士郎たちは家に戻り、一同に交渉結果を報告する。
「衛宮と……戦うだって!?」
「あぁ、それがアーチャーが俺たちに出してきた条件だ」
「間違いありません。私も確かに聞き届けました」
アサシンやランサー等、強者との戦いを求める英霊ならいる。
しかし英霊ではなく、マスターを相手に指定するなど普通ではない。
「おい衛宮!お前そいつに何したんだ!?
何をすれば英霊から名指しで喧嘩売られるほどの恨みを買うんだよ!?」
「知らないって。でも思えば、初めて会った時に妙な敵意を向けられてた気はするんだ」
「「……」」
アーチャーの真名に見当がついているイリヤとバーサーカーは敢えて口を噤む。
イリヤは士郎の師として彼の魔術の適性を調べ関連性を見つけたから。
バーサーカーは相手の魂を見る目を持っているから。
そこから推測しほぼ間違いないと確信しているが、当人が口にするべきだろうと思い、この件に関しては黙ると決めていた。
「先輩はどうするつもりなんですか?」
「殺し合いをするつもりはないさ。そのための交渉だったんだし。
だから殺し合いじゃなくて試合……ただの勝負なら受けると答えた」
「信じていいの?どさくさに紛れて坊やを始末しようとするかもしれないわよ?」
「俺だってそれなりに強くなったし、セイバーの鞘もある。
簡単に殺されてはやらないさ。
それにそんなことをすればみんなが黙っていないだろ?
自分だけならともかく、マスターの遠坂まで危険に晒すような真似はしないはずだ」
「ほぅ、少年も中々したたかになったものだな。善哉善哉。
それで?いつ、どこで戦うのだ?」
「場所も時間もこっちが指定していいってさ。
ランサーが動く前に済ませておきたいし、今度の土曜の午前中にと伝えた。
でも場所が決まってなくて、後から連絡するって言ったんだけど……どこがいいかな?」
「郊外のアインツベルンの城の庭園を使おう。
あそこは儂らの最初の拠点、当時儂ががっつり補強しとる。
結界で囲んだ特設の舞台を用意してやれる。
周辺への被害は完全に防げるはずじゃ」
「ほほぅ、ならば観戦は可能か?」
「無論」
「だったらみんなでシロウの応援に行きましょ!
セラ、お弁当用意して!」
「この人数分をですか!?
……リズ、食材の買い出しに行きます。付き合いなさい」
「えぇー……」
「行・き・ま・す・よ!」
「うへぇ~~い」