「『不動明王像』の肌の色を知っておるか?」
時間を戻し、衛宮家にてバーサーカーが聖杯を浄化する方法を説明している場面。
突然振られた脈絡のない質問に、士郎たちは訝しみつつも記憶の中から答えを探す。
「たしか、一般的には青黒……ドブの色とされていますよね?」
真っ先に思い至ったのは桜だった。
バーサーカーの鎧も赤と青の2色。表面積の半分近くは青色で占められている。
なので冬木に祀られた石像も赤が混ざっているものの、大部分は青色になっていた。
「んむ。それは不動明王が『煩悩という汚泥の中で苦しむ衆生を救うため、自ら泥に飛び込む』存在であることを表している」
「……まさかっ!?」
煩悩とは人間には制御できない激しい欲望、すなわち邪悪なる人の意思の源泉。
ギルガメッシュも穢れた聖杯から溢れ出した力を『泥』と例えた。
ここまでヒントを並べられれば、彼女が何をやろうとしているか理解できるだろう。
「儂が自害し自ら聖杯へと注がれ、『不動明王』の存在をかけて『この世全ての悪』を浄化する」
不動明王とは『心の迷いや煩悩を抱えた人々を、怒りをもって力づくで救済し正道へと引き戻す仏』であり、『いかなる悪に相対しても、泥にまみれても、決して揺るがぬ堅固な意志を持つ』とされる。
人々の救いを求める心が形を取った存在だと言っていい。
その名と資格を持つ彼女は、『この世全ての悪』に対する特効存在。
悪神そのものではなくその名を押し付けられただけのサーヴァントが聖杯を汚染したのだ。
であれば、相反する神の名を名乗るに相応しい力を持つサーヴァントならば確実に浄化できるはず。
士郎は止めようとしたが、彼女は生きている人間ではなくサーヴァント。
いずれ消滅しなければならない。そのタイミングが少し早まるだけのこと。
望んで呼び出されたわけではないが、彼女はアインツベルンに仕えると決めた。
過去のアインツベルンの犯した罪をその身で償うべき立場であり、その覚悟は持っている。
「……が、実行するにあたり2つほど問題が生じたのよ。
あのギルガメッシュのせいでな」
1つ目。ギルガメッシュがおそらく聖杯の泥を飲んで受肉した、いわば汚染されたサーヴァントであること。
加えて厄介なことに奴1騎で数騎分のエネルギーとなり得る霊格の持ち主。
奴が呑まれれば確実に聖杯は活性化し、そうなるとバーサーカーでも浄化しきれる保証はない。
よってどれくらい時間がかかるかわからないが、バーサーカーが聖杯の浄化を終えるまで『ギルガメッシュを倒してはならない』。
2つ目。バーサーカーもまた1騎で数騎分……いやほぼ間違いなく1騎で聖杯を満たす霊格の持ち主であること。
つまり、彼女が死ねば聖杯が実体化し願いを叶えられるようになってしまう。
サーヴァントの受け皿となる大聖杯とは別に願いを叶える小聖杯が存在し、それはユーブスタクハイトの手でイリヤスフィールの心臓に埋め込まれている。
バーサーカーが彼女を調整した際に取り出そうかと提案したが、彼女は自分の中に隠しておいた方が安全だからと固辞した。
言峰は小聖杯をアインツベルンが所有していると知っている。
であればギルガメッシュと共にイリヤを奪い取ろうとするだろう。
邪悪な願いを叶えられるわけにはいかないし、こちらで先に願いを消化するのも危険だ。
汚染されたままの聖杯では何が起こるかわからない。
まとめると、彼らは『バーサーカー抜き』で、『聖杯の浄化が終わるまで』、『イリヤを奪われないよう守りつつ』、『ギルガメッシュを殺さずに無力化』せねばならない。
「……バーサーカーがおらずとも我ら全員で挑めば、ギルガメッシュの討滅は可能と確信しています。
しかし、殺してはならぬとあっては……!」
「腐っても英雄王、私の魔術では長時間拘束できるとは思えないわ。
そして他のサーヴァントにも奴を束縛出来るほどの力を持つ者はいない」
「やれというなら死力を尽くそう。だが、結果の保証はできかねるな」
皆はそのあまりの難度に否定的な意見を口にするが、バーサーカーの話はまだ終わっていない。
「そちらについては、今しがた思いついた別の作戦がある。
上手くいくかは賭けじゃが、成功すれば確実にギルガメッシュを封殺できる」
「なんですって!?」
「じゃがそのためにはお主ら全員の協力が必須。
とにかく戦力と頭数が欲しい。可能ならランサーも自陣に加えたい。
……サーヴァントたちには儂の策が成功するまでの『時間稼ぎ』を頼みたいのじゃ」
――――……
「……は?」
鮮血と炎を撒き散らし、地面に焦げ跡を残して、バーサーカーは消滅した。
間をおいてそれを理解したギルガメッシュは噴火寸前のマグマのように顔を赤くし、言峰は頭上に現れた黒い穴を見上げる。
「おぉ……」
これが彼の求めていた『穢れた聖杯』。
穴の奥から禍々しい泥が溢れ出す様を見て歓喜の声を上げた。
「……む!?」
そして同じ様に穴から溢れ出した炎が、零れ落ちた泥を焼き祓った。
「これは……まさか!?」
言峰は先ほどまでバーサーカーがいた場所に視線を戻す。
そこには彼女が遺した炎が燃え盛っており、散り際に広げた炎が地面を焼いていた。
焦げ跡は、彼も見慣れたとある図形に似ていた。
セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン。
5人のサーヴァントは各々の武器を構え、後ろにいるマスターたちを守るかのように並ぶ。
だがキャスターは人間たちの傍にいた。正確には、今の彼女は『元』キャスター。
人間の肉体を手に入れることで聖杯戦争から離脱したサーヴァントだ。
そしてそれは確かに脱落だが、敗北により消滅したわけではない。
座から一時的に切り離され、聖杯とのつながりも絶たれている。
つまり、今この聖杯戦争において『キャスターのクラスは空席』となっている。
そして先ほど散ったバーサーカー……不動明王は『クラスを指定されずに召喚されていたらキャスターだった』と常々口にしていた。
それほどまでに彼女はキャスターの適性が高く、キャスターである方がバーサーカーであるよりも遥かに強いと自負していた。
何しろ『キャスターであればギルガメッシュなど赤子の手をひねるようなもの』と豪語するほどなのだから。
だったら召喚すればいい。
『不動明王』を、『キャスター』として。
「……『素に銀と鉄』」
「「!?!?」」
彼らの狙いを察したギルガメッシュは口角を吊り上げるが、言峰は目尻を吊り上げ明らかな怒りの表情を見せる。
触媒は不動明王がこの場に遺した炎と、彼女との日々で紡いだ縁。
だが元キャスターであるメディアを含めた魔術師5人全員がすでにこの聖杯戦争でサーヴァントを召喚している。
もはや召喚権を持っている魔術師はこの場にいない。
だが魔術師『もどき』なら一人いる。
魔術回路を持たないが魔術師の血を引いており、一時的にサーヴァントを従えた実績を持つ者が。
5人の魔術師はその一人の肩に触れ、己の魔力を注ぎ続けることで外付けの魔力回路の役割を果たす。
不動明王は維持に魔力を必要としない。
召喚する分だけの魔力さえあれば理論上は誰でも呼び出し使役できる。
しかし正式な魔術師でもない者が他人の魔力を使って、一度脱落した英霊と同じ座から新たにサーヴァントを呼び出そうというのだ。
明らかに外法。だからこそ魔術師たちは、己のサーヴァントへの供給を中断して全ての魔力を流し込み、力技で押し切ろうとしている。
蘇った神代の魔術師と、冬木の聖杯戦争を担う御三家の新当主。
そして不動明王に弟子入りした次代の英雄候補。
「『礎に石と、契約の大公』……!」
彼らの魔力と命運はこの場にいるたった一人の一般人、間桐慎二に託された。