当初は別作品を書く予定でしたがそちらが上手くいかなかったので、序盤の構想だけ頭の中にあったこちらを先に書き始めます。
第1話 イシュヴァールの鬼神
「グンジャ地区の部隊壊滅!モスキトー大佐戦死!
奴は……次はこちらに向かってきていると!」
「くそっ!くそっ!何故だ!」
部隊の指揮を預かるその軍人は、部下の報告に歯噛みしていた。
国家に反逆した弱小部族を殲滅する、それだけの任務だったはずだ。
これは自分が手柄を得て更に成り上がる絶好の機会だったはずだ。
一国家の戦力全てを注いだ勝ち戦だったはずだ。
下らん神を信仰する少数民族に後れを取ることすらなかったはずだ。
しかし『奴』が、どこからともなく現れた『奴』が全てをひっくり返した。
「……アイザック隊壊滅!現れました!」
「っ!?」
「奴が……『イシュヴァールの鬼神』が!!」
軍事国家アメストリスの東部に位置する砂漠地帯、イシュヴァール。
そこには地神イシュヴァラを主神としイシュヴァラ教を崇めるイシュヴァール人という部族が住んでいた。
彼らは『イシュヴァラ教を認める』という条件でアメストリスに併合されたが、『神の作りしものを人が作り替えてはならない』という教義を掲げる彼らは、錬金術を用いた発展を国是とするアメストリスと根本的に考えが合わず小規模な衝突を繰り返していた。
そしてある時、アメストリスの軍将校がイシュヴァール人の子供を射殺するという事件が発生し、これが引き金となってついにイシュヴァールの内乱が始まる。
過酷な環境で厳しい戒律を守り生きて来た僧兵たちは屈強な武人であり、アメストリス周辺の敵国の介入や裏工作もあって内乱は激化の一途をたどった。
内乱勃発から7年後、アメストリスは遂にイシュヴァールの殲滅を決定した。
多くの軍人、多くの国家錬金術師を投入し、女子供問わず一人残らず皆殺しにすると宣言した。
そこでイシュヴァール人の滅亡は確定したはずだった。
しかしそこに、東洋の『鬼』に似た鎧姿の巨漢が現れた。
鬼はイシュヴァール陣営に立ち、イシュヴァール人たちを国外へと逃がすためにたった一人でアメストリス軍に戦いを挑んだ。
そしてたった一人で、次々とアメストリス軍をなぎ倒していった。
多くの軍人と多くの国家錬金術師が、たった一人の鬼に手も足も出ず敗走、そして戦死した。
大陸歴1910年。9年の年月を経て、ようやくイシュヴァールの内乱は終結した。
生存していたイシュヴァール人全員に国外に逃走され、殲滅対象を失うという形で。
それは政府がどれだけ声高に叫び取り繕っても覆しようの無い、アメストリス軍の敗北であった。
――――……
「おとーさん!おかーさん!」
「ただいまウィンリィ」
同じアメストリス国民であるイシュヴァールの民を救うために、戦場にて医者として善意の活動を続けていたロックベル夫妻。
彼らは内乱終決に伴い、揃って故郷であるリゼンブールへと戻って来た。
連絡を受け駅に迎えに来ていた幼い娘のウィンリィと飼い犬のデンが二人の胸へと飛び込む。
「くけけけ。元気なお嬢ちゃんじゃの」
そこでウィンリィは両親の後ろに立つ見知らぬ女性に気付く。
小柄で黒髪、奇妙な赤い服を着ている。
特徴から察するにシン国の人間だろうか。
「お姉ちゃんだれ?」
「この人はね、お母さんたちの恩人なのよ」
配給も薬も滞る中で必死に活動していた彼らに多数の物資を提供し。
彼女自身も優れた医者として共に多くの患者を救い。
そして内乱後のゴタゴタの中で二人を守り抜き、無事に故郷へと送り届けてくれた、まさに命の恩人だ。
「ホラ、ご挨拶して?」
「はじめまして、ウィンリィ・ロックベルです!」
「うむうむ。儂はヒノカミじゃ。
ユーリとサラのご厚意で、しばらくお嬢ちゃんの家に滞在することとなった。よろしくの」
「はい!」
4人と一匹で駅からロックベルの家に向かう道の途中、ヒノカミは歩みを止め周囲を見渡す。
「……いいところじゃな」
「えぇ、自慢の故郷よ」
同じく立ち止まったサラが彼女の呟きに応え、ウィンリィを肩車したユーリは二人に気付かず先へと歩いていく。
そして少女に言葉が届かないだろうことを確認して、ヒノカミは続きを口にする。
「……だからこそやはり、儂は姿を見せるべきではないじゃろ。
軍に儂の正体を知られればお主らも無事では済まんぞ。
相手が軍人であるとはいえ……儂は殺し過ぎた」
「何言ってんのよ、恩人を無下に放り出したらそれこそウィンリィに叱られちゃうわ。
……それに保身を考えてたらイシュヴァールに行ってないわよ。
ねぇ、『イシュヴァールの鬼神』さん?」
「だから、それを口にするなと言うに」
「アハハハ、あの中身がこんなかわいい女の子だなんて気付くはずないって!」
「儂のが年上じゃと言うとるじゃろがい!」
二人に気付いたウィンリィに呼びかけられ、彼女らは再び歩き始める。
やがて辿り着いた小高い丘の上に立つロックベルの家の前でヒノカミは家主である老婆ピナコに紹介され快く滞在を許可された。
「…………」
そして案内された家の中で二人の少年が目に止まった。
「どうしたの?」
「あの子らは?」
「あぁ、エドくんたちね。ウィンリィの友達なのよ。
あの子たちも随分大きくなったわねー」
兄のエドワード・エルリック。
弟のアルフォンス・エルリック。
父は凄腕の錬金術師だが何年も前に家を飛び出して以来消息不明。
母も6年ほど前に流行り病で他界したので、以降は家族ぐるみの付き合いだったロックベル家にいることが多いらしい。
兄弟揃って幼いながらも優れた錬金術師であり、昨年までアメストリス南部に住む凄腕の錬金術師に弟子入りしてこの地を離れていたそうだ。
ウィンリィと共に屈託なく笑う彼らの眼が、その奥にある闇が、妙に気になった。
「…………」
ここでヒノカミがもう少し彼らに踏み込んでいれば、間もなく訪れる悲劇は避けられたはずだった。
外伝4『鋼の錬金術師』。
前書きの通り咄嗟に書き始めたので序盤しか決まってませんが、書きながら考えていきます。
どのタイミングで参戦させるか迷いましたが、『イシュヴァラに救いを求めるイシュヴァールの民の祈りに応えて』としました。
ヒノカミとは無縁の神であっても、神への祈りなら彼女は高確率で反応するはずです。
イシュヴァール人の大半が国外逃亡に成功しており、スカーと名乗るはずだったイシュヴァールの僧兵とその兄もここで離脱しました。よって申し訳ありませんが彼らは出番なしとなります。
逆にアメストリスの軍人たちや国家錬金術師は結構な数が犠牲になり、血の紋は彼らの命で刻まれた形になりました。
自ら戦場に立つことを選んだ軍人や武人が相手であれば、それが外道でなかろうとヒノカミは容赦しません。