ロックベル夫妻が帰郷してからしばらくたったある日の晩。
幼さ相応の全能感と、幼さに見合わぬ優れた錬金術の腕前を持つエドワードとアルフォンスの兄弟は、6年前に死んだ母トリシャ・エルリックを生き返らせるために長年の計画であった禁忌『人体錬成』を試みた。
その結果は。
「畜生ォ……持っていかれた……!」
錬金術失敗のリバウンドにより兄のエドワードは左足を失い、弟のアルフォンスの肉体は完全に消滅した。
「うそだ……ちがう……こんなの……!」
そしてそうまでして作り出した母は、『人の形をしていなかった』。
「……返せよ……弟なんだよ……!」
残酷な結末に衝撃を受け、脚を失った痛みに耐えながらも、エドワードは弟を取り替えそうとした。
「足だろうが両腕だろうが!心臓だろうがくれてやる……!」
彼は再び人体錬成を試みた。
自分の肉体を代価として捧げ、連れ去られた弟を錬成して呼び戻そうとした。
「返せよ!たった一人の弟なんだよ!!」
――――……
そしてエドワードは、再び真理の扉の前に立っていた。
『バカだな。また来たのか』
扉以外は何もない真っ白な空間に、白い靄のような人影が座っていた。
そして靄の左足は、つい先ほど通行料として徴収されたエドワードの左足だった。
『真理』を名乗る靄の後ろに浮かぶ『真理の扉』。
もう一度通行料を支払いその扉を潜り抜けることができれば、弟を取り返すことができる。
兄は文字通り全てを捧げる覚悟で、たった一人の弟を救うために、たった一人で真理と向かい合う。
「あぁ全く、大馬鹿者じゃよ」
「『!?』」
しかしエドワードと真理だけしかいないはずの世界に、聞きなれた女の声が響いた。
「ヒノカミさん……?なんで、アンタがここに……!?」
「しばらくは様子見でよいと判断したが……まさかこの若さで真理に至るとはな。
才能に溢れすぎているのも考え物じゃな」
「……!?」
ここしばらくの付き合いである、友人の家に暮らす異人の居候。
彼女が片足で蹲るエドワードの肩に手を添えると、失われたはずの彼の左足が再生していく。
そして彼女はエドワードを庇うかのように彼の前に立ち、未だエドワードの左足を持ったままの真理を睨みつける。
『……困るなぁ。いくらアンタでも、そんなに好き勝手されちゃうとさ』
「勝手をしたのは貴様じゃろうが」
『錬金術の原則は等価交換だ。
真理を見せてやったんだから、相応の通行料を支払ってもらわなきゃ』
「勝手に通して勝手に徴収したんじゃろ?
前もって説明責任を果たしておらぬならそんな契約は無効じゃよ」
「『…………』」
顔の無い白い靄と、鋭い目をした女が一歩も引かずにらみ合う。
しかしやがて真理はふっと笑い肩をすくめる。
『……ハイハイわかったよ。
どっちにしろアンタに出てこられちゃ
ここは黙って引くとするさ』
「!?」
この世界の真理が『敵わぬ』と認め、ヒノカミを前に引き下がった。
つい先ほど真理の扉に呑まれ強大さと恐ろしさを思い知らされたエドワードはその事実が信じられなかった。
「悪いがアルフォンスも引き取らせてもらうぞ。
勝手に治したエドワードの脚の分も合わせて、通行料は儂が支払おう」
『……アンタの場合はいくら支払っても減らないからなぁ。
ハァ、等価交換なんて言い出さなきゃよかったぜ』
ヒノカミが掌に生み出した小さな炎を真理に手渡すと、彼の後ろの扉が音を立てて大きく開いた。
彼女は左腕の帯を巨大な白い腕に変えて扉の奥へと伸ばし、間もなく意識の無いアルフォンスを掴んで引きずり出す。
「アル!!」
『オイ錬金術師。次にお前や弟がここに来たなら、通行料はお前らに支払ってもらう。
……これで説明責任ってのは果たしただろ?』
「あぁ。今後は儂も手を出さぬ」
『それから……精々そこの『神さま』に感謝しておけよ、クソガキども』
「神さま……!?」
「オイコラ」
『ハハハハ、このくらいの意趣返しは大目に見てくれよ』
「ったく……ホレ、行くぞ」
「あ、あぁ……」
そしてヒノカミは眠ったままのアルフォンスを抱え、エドワードを連れて真理の世界から姿を消した。
――――……
「う……うぅ……?」
「アル!」
「……兄、さん?……ヒノカミさん?」
彼らが真理の扉から現実へと帰還して間も無く、気を失っていたアルフォンスが目を覚ました。
「さっきのは……そうだ!母さんは!?」
「っ……」
「お主らが作り出したのは、アレじゃよ」
そしてヒノカミは人になりそこなった残骸を指さす。
彼が起きる前に焼却することもできた。
しかし幼い子供であっても錬金術師を名乗るのであれば、彼らは己の所業の結果を受け止めるべきだと考えた。
「そんな……なんで!兄さんの理論は完璧だったはずだ!」
「理論上はな。しかしアレでは魂が宿らんよ」
錬成陣とその場に転がっていた設計図を見て致命的な問題に気付いたヒノカミは、あっさりと突き放した。
人間一人分の魂だ。実の息子と言えど、血の数滴程度で足りるものか。
「仮に情報が足りていてもお主らの望む結果にはならんがな。
当人の魂そのものがとっくに霧散し消滅しとるんじゃ。
出来上がるのは『蘇った母親』ではなく、『母親に良く似た誰か』じゃろうよ」
もはや彼らの母トリシャの情報は兄弟や人々の記憶の中にしかない。
あらゆる残滓を寄せ集めて精度を上げても、所詮は劣化模造品。
触れ合う内に『それが本物ではない』と誰よりも痛感するのは、他ならぬ息子たちだろう。
「じゃあアレは、母さんじゃない……?」
「一瞬何かが入り込んだ痕跡はあるが、雑霊であろうな。
最初から無理なんじゃよ、跡形もなく消えたものと全く同じものをゼロから作り出そうなどと。
そもそもお主らにとって母と等価なものなどあるのか?なぁ、『錬金術師』」
「オレたちは……間違えたのか……!?」
「子が母を求める思いが間違いであるはずがない。
じゃがどれほどの力を得ようと……神であろうとできないことと、やってはならないことがある」
そこでようやく彼女は指先から炎を走らせ、人になれなかった『何か』を燃やした。
『何か』が灰すら残さず燃え尽きるまで、兄弟は目を逸らさなかった。
「……咄嗟に家を飛び出して来たのでな。
ウィンリィが心配しとるじゃろう。
お主らも、一緒に来るか?」
「「……はい」」
ヒノカミは二人をそれぞれ片手で胸元に抱きかかえ、彼らの家を後にした。
聞こえてくる嗚咽と服を濡らす雫は……雨のせいだと思うことにした。
違和感があるとは思いますが、本作ではエドもアルもずっと五体満足な生身のままです。