マスタングたちが立ち去ったその夜、彼から預かった書状を子供部屋にいたエルリック兄弟に渡す。
そして国家錬金術師となるメリットとデメリットを、私情を挟まず正しく伝えた。
彼らの実年齢を知った今、マスタングも急いで結論を迫ることはないだろう。
落ち着いたらじっくり考えるようにと添えて話を終えようとしたところ。
「……アンタのことを教えてほしい」
「……もうか?気が早いのぅ」
部屋から立ち去ろうとしたヒノカミをエルリック兄弟が呼び止め、真剣な表情で見上げる。
話を切り出してくるのはもっと先のことかと思っていたが、生き急いでいる彼ららしくもある。
「「…………」」
「わかったわかった。全部話してやるからついてこい」
兄弟の物々しい雰囲気を察したウィンリィも部屋からついてきた。
子供たちを大人が集まっているリビングに連れて行く。
全員が椅子に座ったところで、ヒノカミが掌を叩く。
「「「!?」」」
「めんどくさい話になるから、茶でも飲みながらにしよう」
「え……え?お茶が、出て来た……?」
「師匠と同じ手合わせ錬成!?」
「いや違う!完全な無から……!」
「そう、これは錬金術ではない。儂の力は無から有を生み出す、文字通りの『創造』よ」
「馬鹿な!そんなことができるのは『神さま』だけ……っ!?」
「……真理の奴が漏らしたとおり儂は『神さま』なんじゃよ。
お主らが考えておるのとはちぃと異なるが、少なくとも能力だけならばな」
事情を知るユーリとサラは落ち着いており、ピナコとウィンリィは未だに冗談か何かかと考えていた。
しかしエルリック兄弟は錬金術を修めているからこそ今目の前で起きた事態の深刻さを理解しており、あまりの衝撃で言葉もない。
だが硬直から抜け出したかと思うと二人は勢いよくお茶を飲み干し、カップをテーブルの上に叩きつけるように置く。
改めて真剣な目でこちらを睨みつけてきたところで、人の姿を取った神は語り始める。
「『ヒノカミ』とは異国の言葉で『火の神』を意味する。『日の神』でもあるがの」
「日……太陽神……!?」
「その一種であるという認識で間違いない。
しかし儂は神さまとしては異端での。立場も精神も人に近い。
力を大幅に制限すれば気軽に人の世に降りて思いのままに行動できる。
そして気に入った輩に手を貸し、気に入らぬ輩に手を下す。
……此度は『イシュヴァールの内乱』で善を貫き通したユーリらを救い、自国の民の虐殺を決めた軍を悪と見なした。
多くのイシュヴァールの民を救い、多くのアメストリス軍人を殺した」
「ちょいと待ちな!ってことはアンタが軍が血眼になって探してるっていう『イシュヴァールの鬼神』なのかい!?」
「うむ。儂はこの国においては特級の犯罪者なんじゃよ。
その所在が知られれば町の一つや二つを焼くことも厭わぬ殲滅作戦が取られるほどのな」
軍はただ『イシュヴァールで軍に反抗した犯罪者』という体で鬼神を指名手配しているが、軍が受けた被害は一般人にも公然の秘密として知れ渡っている。
隠しようがないほど、鬼神から受けた被害が甚大すぎるのだから。
まぁそもそも人ではないので犯罪者として人の手で裁くことができる存在ではなく、イシュヴァール人が崇める地神イシュヴァラとも全くの無関係なのだが。
神だのなんだのはともかく、そう名乗るに相応しい力の持ち主と理解したピナコは声を引きつらせながら尋ねる。
「……なんでそんな神さまがウチなんかに来たんだい?」
「知っての通り、儂のせいでイシュヴァールの内乱で軍の面子は丸つぶれとなった。
故に連中は八つ当たり気味に、自分たちの邪魔をした者全てを手当たり次第にひっ捕らえようとしたんじゃ。
……イシュヴァール人を治療していたアメストリス人の医者夫婦も、当然対象となる」
「「……」」
「ユーリらだけでは軍の包囲網を潜り抜けるのは無理じゃったからな。
故郷のリゼンブールまで送ってやり、そのまましばらく警護してやることにしたんじゃ。
適当に偽装工作はしておいたが、軍がユーリらの存在に辿り着き捕らえようとしてくる可能性があるからの」
当初は姿を隠して影から見守るつもりだった。
しかしユーリたちが『恩を返さぬわけにはいかぬ』と強く迫るので、観念して客人として振舞うことにした。
「後はほとぼりが冷めたところで立ち去るつもりであった。
こんなに早く軍人が、別件で尋ねてくるのは予想外じゃったがな。
……とまぁ、儂に関してはこんだけじゃ」
「こんだけだって?アタシの少ない寿命が更に縮んだよ」
「伸ばしてやろうか?世話になった礼に、十年くらい」
「……勘弁しとくれ」
疲れ切った様子で呟くピナコから、すがるようにこちらを見つめるエルリック兄弟へと視線を移す。
「……神さまでも、母さんを生き返らせることはできないんですか?」
「お主らでも気付かぬほど寸分たがわぬコピーなら作れる。
だが当人を蘇らせることは儂でもできぬ。
……死んで間もなくならば魂から肉体を再構成し蘇生できるが、亡くなったのが6年も前ではそれが限界じゃ」
「そう、ですか……」
正確には不可能ではないが、それは消える直前の魂を時間軸を超えて呼び出す形になる。
平行世界が生じる可能性が高く、ヒノカミがあまり大きな力を使えばこの世界に深刻なダメージを与えることになるだろう。
であれば事実上不可能と言っていい。
「神さまも真理も、人間が思うほど自由ではないし大した存在ではないんじゃよ。
人の手で起こす奇跡である錬金術もまた然り。
……自らの無力と神の無能を知って、お主らはなんとする?」
「「…………」」
幼い兄弟が必死に錬金術を修めていたのは母を生き返らせるためであったことは間違いない。
しかし神ですら母を救えぬというなら、彼らが錬金術を学ぶ理由はない。
「……生きていればいずれやりたいことが見つかるさ。
お主らはまだ幼い。焦ることは……」
「いや、やりたいことならある」
兄のエドワードが落ち込んだ弟の肩を掴んで一歩前に出る。
「クソ親父をぶっ飛ばす」
ヴァン・ホーエンハイム。
妻と幼い兄弟を置いて家を飛び出し、消息不明となったろくでなし。
母に負担をかけ、流行り病に倒れることになった一因でもあるだろう。
気の強いエドワードが敵意を向けるのも無理はない。
「でも、今のオレじゃ無理だ。
行方がわからないからってだけじゃない。
……錬金術師として、オレはまだアイツの足元にも及ばない」
年を重ね、錬金術を学び、家に残されていた資料を理解できるようになって痛感した。
悔しいがヴァン・ホーエンハイムは天才だ。
「ただぶん殴るだけじゃ気が済まねぇ。
アイツより凄い錬金術師になって、打ち負かして、引きずってでも連れ帰って母さんの墓の前で額が地面にめり込むほど謝罪させてやる。
それがオレの、新しいやりたいことだ。だから……」
そこでエドワードはヒノカミの前で床に座った。
「弟子にしてください!」
「…………」
「アンタが真理の奴すら超える神さまだってんなら、アンタに師事すりゃ絶対にあの野郎を超えられる!
だからお願いします!オレを……オレたちを弟子にしてください!」
続いてアルフォンスも兄に並び、揃って頭を下げた。
「それが、やりたいことか……」
その場しのぎで適当に思いついたような目標だと思った。
いや実際にそうなのだろう。
おそらく彼らは、止まれないのだ。
立ち止まっては失意に呑まれそうになるから、何でもいいから目標を作って走り続けていたいのだ。
「……どんな理由があるかは知らぬが、家族を置いて飛び出すような輩は儂としても気に入らぬ。
貴様らの指導役を受けてやってもいいが……地獄を見るぞ?」
「厳しい修行ならイズミ師匠のところで慣れっこです!」
「それに……地獄ならとうに見た!」
「よかろう。まず1年ほど面倒を見てやる」
「「ありがとうございます!!」」
そしてヒノカミに弟子入りしリゼンブールで修業を始めた彼らは思い知ることになる。
強者は上には上がいて。
地獄は下には下があることを。
錬金術師としても成長しますが、それ以上に戦士として伸びます。
ただし二人が戦うのはずっと先になる予定です。