急ぎ中央を離れ、東方司令部へと戻った一行はマスタングに面会を求めた。
いつも通り彼の隣に控えるホークアイも含めた二人に、エルリック兄弟がヒューズの惚気に付き合わされたことやアームストロングに何度も抱き着かれ骨をきしませたことなど、当たり障りのない世間話を報告する横で。
『尾行有り。現在建物の上で聞き耳を立てている』
((……?))
『大総統が黒。賢者の石の精製は国家事業と推測』
「「っ!?」」
ヒノカミが筆談により二人に情報を共有していた。
「……でさぁ!ヒューズ中佐はその後どうしたと思う?」
「っ、あぁ、そうだな……」
会話が途切れかけたところで咄嗟にエドワードが強引に話題を振り、マスタングの意識を引き戻す。
「……大方、その男の子たちを脅迫でもしたんじゃないか?」
「正解。銃まで抜きやがったんだよあの親馬鹿。
ありゃエリシアちゃんは大変だな、彼氏を作るのも難しそうだ」
「兄さんがそれを口にしたら、今度は兄さんにからんできたんですよ」
「くっくっく、アイツらしい」
引き続きエルリック兄弟は努めて平静を保ちつつ、ヒューズ中佐の娘の3歳の誕生日会の一幕を語る。
『大総統自身から賢者の石の気配。
今屋上にいる者も同様。人間ではないと判断』
「……ヒューズは奥方に叱られたんじゃないか?無事で済んだのかね?」
「思いっきり凹んでたぜ。
元気に絡んでくるのも鬱陶しいけど、落ち込んでうじうじされんのも鬱陶しいよなぁ」
『無事。アームストロングも。
しばらく敵を刺激する行動は控えるよう指示した。
特製の通信機を渡した。それで連絡を取り合う予定』
「あ、そうだ忘れてた。これ、セントラルのお土産のお菓子です」
アルフォンスが鞄の中から両手に乗るほどの大きさの箱を取り出す。
少し開いて見せると、中には小さな機械が入っていた。
『これがその通信機。近い内に一度動作テストを行う。
使い方とテストの日時は中のメモを参照のこと』
「ありがとう。後ほど部下と共に頂くとしよう。
だが実は、もうすぐ私も中央に異動になる予定でな」
「へぇ、栄転ってやつかい?」
「おめでとうございます」
『疑わしき者をまとめて監視下に置くためと思われる。
軍全て敵と思い行動すべし』
「気ぃつけろよ。下手なことして降格されちまわないようにさ」
「あぁ……肝に銘じておこう」
『報告は以上』
「……エド、アル。そろそろ行こう。
引っ越しの準備があるなら大佐も忙しくなるじゃろうからな」
立ち上がったヒノカミが証拠となる紙を掌から生み出した炎で灰も残さず燃やし尽くす。
『焔の錬金術師』たる自分のお株を奪うような見事な炎の扱いにマスタングは少し顔をしかめた。
彼は未だヒノカミの力が錬金術によるものと誤解しているので少し嫉妬していた。
「そうですね。長々とお話してごめんなさい」
「いや、有意義な時間だったよ」
「そんじゃ大佐……『またな』」
「あぁ。『また』」
伝えるべきことは伝えたと、ヒノカミが退出を促し一行は東方司令部を後にした。
そして気配がまたこちらを追ってくる。
(……くそ、マジでどこまででもついてきやがる!)
キング・ブラッドレイに対しこちらの尾行は魂の気配が濃密で、エドワードたちでもその存在を明確に感じ取ることができていた。
だからこそ、彼らが人間でないと深く痛感することになった。
(ヒノカミさん、本当にこのままリゼンブールに戻るつもりですか!?
僕たちの関係者だって知られたら、ウィンリィや町のみんなにも危険が……!)
(敵は軍そのものじゃぞ?すでに主らがリゼンブール出身であることは掴んでおるはず。
ロックベル家の皆との関係も少し調べればすぐにわかる)
大総統に捕捉されてから今日に至るまで、彼らは監視され続けている。
尾行を撒くだけなら転移で逃げ出せば一瞬だ。しかし確実に警戒され、それこそ故郷と皆を危険に晒す。
こちらが尾行に気付いていると知られるだけでも不味い。
常に自然体を心がけ、怪しい動きは極力避けねばならない。故に不自然に故郷を避け続けるのも好ましくない。
そもそも帰郷の目的の一つはヒノカミがこっそり町全域に張っていた結界の更新だ。
怪我の治りが早くなったり猛獣が近づきにくくなったりする程度だが、明確な巨悪が見つかった以上それでは物足りぬ。
最低でも内側の魂の劣化を遅らせる機能は追加しておきたい。そうすれば最悪の事態になっても後から蘇生できる。
ついでにそのまま一度旅を止めしばらく故郷で長閑に暮らせば、警戒する価値もないと監視の目を外すかもしれない。
(その間に……また誰かが犠牲に……!)
(優先順位を間違えるな。お主らがまず守るべきは自分の命と大切な者たち。
見知らぬ他人はその次じゃ)
(でも!)
(考えなしに安易に動くな。
それで犠牲を増やせば、お主らは死ぬよりも後悔することになる)
((…………))
3人は無言でリゼンブールへと向かう列車に乗り込む。
この世界では機械義肢といった一部の機械技術こそとんでもなく進歩しているが、拙い自動車に蒸気機関車と交通機関の方は今一つ。
イーストシティからリゼンブールまででも、夕方出発の列車に乗って一夜明けてもまだ辿り着かない。
目的地少し手前の田舎町での小休止、エドワードたちは早朝の眠気に負けて気の抜けたあくびをしていた。
一方のヒノカミは睡眠を必要としないため、異常事態にいち早く気付いていた。
「……降りるぞ」
「「へ?」」
「尾行が離れた。この駅で降りて町へと向かっている」
「「!?」」
どうやらこの町の住人である誰かの後をつける形で離れたようだ。気配から新たなターゲットが普通の人間であることは間違いない。
ここまで執拗にヒノカミたちを追って来たのに、ここに来て突然の心変わり。
敵の監視から逃げ出す絶好の機会であり、可能な限り距離を取っておきたいところだが、どうせ用事が終わればリゼンブールにやってきてまた監視してくるだろう。ならば行動あるのみだ。
「連中にとって予期せぬ、見過ごせぬ誰かがこの町にいたのじゃろう。
その相手を把握しておきたい。上手くすれば奴らの情報が手に入るかもしれぬ」
「「了解!」」
出発直前の列車から慌てて降りた3人は、複数の人間の魂を内包するという独特な気配を探って、今まで尾行してきた相手に気付かれぬよう逆に尾行する。
田舎町の少しはずれにある、小さな一軒家。どうやら相手はこの中に入ったようだ。
建物の外から地獄耳のヒノカミが聞き耳を立てる。
少し距離を取っているのでエルリック兄弟はほとんど何も聞こえない。
しかし男性の悲鳴なら彼らにも聞こえた。
「「うぉりゃあっ!!」」
「「!?」」
敵が何者かを口封じしようとしている可能性に気付いた途端、二人は錬金術で壁を壊して突入してしまった。
そのまま地面から棘を生やして、指を槍のように伸ばして中年の男性を壁に縫い付けている女に攻撃を殺到させる。
「……やれやれ」
「うっ、ぐっ、君たちは……?」
「アラアラ。どうやら私のことに気付いていたみたいね」
女の姿をした化け物が爪を伸ばして優雅に構える。
ヒノカミが倒れ込みそうな男性を支え、兄弟が彼らを庇うように前に立った。
「……考えなしに動くなとは言ったが、流石に目の前で殺されそうな人間を見捨てろとは言わん。
しかしお主らが言いつけを破り飛び出したのは事実。
責任もって対処せい。なんとしても捕らえよ。絶対に逃がすな」
「「はいっ!」」
兄弟は女の姿をしているからと油断することなくそれぞれの武器を。
懐から、ヒノカミから譲り受けた六角形のプレートを取り出した。
「「武装錬金!!」」