「これでよろしいか?」
『あぁ。今からこっちがいう地名に印をつけてくれ。まずはリオールとイシュヴァールだ』
ヒノカミは新たにボードに張り付けたアメストリス全国地図の、東部の端と南東部の2か所に丸を付ける。
『次はリヴェリア。アメストリス建国直後、1558年に起きたリヴェリア事変。
……ロイ、少佐。国内で起きた大きな流血を伴う事件とその地名を挙げてってくれ』
『……カメロン内乱と、ソープマン事件。後者の場所はフィスクだ』
『現在進行形の物も挙げるならば、西のペンドルトンもですな』
そしてヒューズたちが挙げる地名に一つずつ丸を付けていく。
「「「…………っ!」」」
途中でエドワードたちも気付いたようだ。
ヒューズたちが思い当たる全ての事件と地名を出し終えた後で各地の点を繋ぎ、国境をなぞるようにぐるりと線を描けば。
「巨大な……賢者の石の、錬成陣……!」
地図の隣に張り付けられたままの、マルコーが描いた図形と同じ形となった。
「もしこれが発動したら、国中の人達が犠牲に……!」
「……たしかに違和感はあった。
国の形が自然に、こんな綺麗な真円になるものかとな」
『あぁ。しかもこれらの事件には全て軍が関与している。
リヴェリア事変……建国の直後から!』
『ではこの国は……最初から賢者の石の生贄にするために作られたと言うことですか!?』
『この円を作るのに必要な分だけ、要領よく……300年以上もかけて……!?』
パチパチパチパチ
『『『!?』』』
衝撃で誰もが口数が少なくなる中で、エルリック家を映すカメラが拍手の音を捉えた。
「正解よ。まさかこんなにあっさりと辿り着くとはね」
「……貴様は何も話すつもりはないのではなかったか?」
「すでに確信しているのでしょう?なら隠そうとするだけ時間と労力の無駄だもの」
『女の声……?』
『オイ、そこにまだ誰かいんのか?』
「……こ奴のことは時間を置いて伝えるつもりじゃったがなぁ」
「フフ、こんな素敵な男たちが揃っているのに、私の紹介を後回しだなんて酷いじゃない」
ヒノカミが呆れながら、カメラの映す範囲外にいた人物を手招きする。
彼女の隣まで優雅に歩いてきたのは危険な雰囲気を漂わせる絶世の美女。
「……儂らの尾行をしていた者じゃ。こちらも捕らえて連行した」
「ラストよ。よろしくね」
『『『な!?』』』
「こ奴がマルコー氏に気付き我らの尾行を止めたことで、儂らも彼に気付けたんじゃ。
こ奴は『賢者の石』を核とした『
ブラッドレイの正体も同様であろう」
『ホムンクルスだと!?』
「何よ、皮肉のつもり?
今の私は賢者の石を摘出されて肉体も変成されて、下等な人間にまで貶められたというのに」
『変成……作り替えた……人間に!?』
『ちょいタンマ!頼むから考えを整理する時間をくれよ!』
「……こうなるだろうからこ奴のことは後日にしたかったんじゃがなぁ」
「ったく、いい性格してやがるぜ」
「まぁ怖い」
ヒノカミやエドワードからジト目を向けられても、ラストは小悪魔的な笑みでクスクスと笑う。
しばらくは頭を抱えるマスタングたちの質問に一つずつ答えていき、彼らの中で情報がまとまるように誘導していく。
『……ホムンクルスを拘束し構造を把握して、力が使えないように作り替えた、か。
エルリック兄弟の腕前にも圧倒され続けているが、彼らの師は伊達ではないようだな』
『ニーナ嬢と愛犬……我輩もお会いしたが、あの子らが一時的にキメラにされていたなど信じられませんでした。
しかしこれほどの腕前であるのならば……』
『俺ぁ錬金術はわかんねぇが、嬢ちゃんがとんでもねぇ腕前だってのはロイたちの反応でよくわかったぜ。
……だが、そのラストってのは味方になったわけじゃねぇんだろ?』
「もちろんよ。隙あらば逃げ出して報告するつもりでいるわ。
この子たちの実力も、マルコーのことも……軍人さんたちが我々の思惑に気付いていることも全てね」
『『『…………』』』
「……ま、そうはさせぬがな。儂が片時も目を離さず監視しておく」
気配は覚えたのでどこに逃げても追えるが、彼女の目が届く場所におけばより確実だろう。
それに隣に置いておけば今回のように、ふとした拍子に口を滑らせてくれないだろうかという打算もあった。
人間ではないからこそ感性も異なっており、どうやら死を恐れていない。
拷問で情報を引き出すのは無理だと判断した。
『……何故ソイツを殺さない?』
『!?』
『おい』
そこでマスタングが怒気を滲ませた声を発する。
『君は躊躇いなく人を殺せる人間だろう?
そして実際に多くの人間を殺して来たはずだ。
おそらく、軍の狗である我々以上に。』
『『!?』』
『君がホムンクルス共を打倒するために動いていることは、今更疑うつもりはない。
だがそれは君がこの国の敵でないと言う証明にはならない。
異国の人間であるならば、この国を狙う第三国の間者である可能性もある』
「っ、コイツはそんなんじゃ!」
「ダメだよ兄さん!」
『その様子ではエルリック兄弟は何か知っているようだな……。
だが我々はそれを知らない。これだけ世話になって無理やり秘密を暴くような真似もしたくはない。
故にせめてそのホムンクルスを殺さずにいる、納得のいく理由を説明していただきたい』
「ふむ、その疑問は至極当然であるの。
わかった、お答えしよう。と言っても深い理由ではないがな」
そしてヒノカミは両手でエルリック兄弟の首根っこを掴んで引き寄せ肩に手を回す。
「この子らが『人殺しはイヤだ』と言うからな」
『……は?』
マスタングなら覚えているだろうが、彼らは死んだ母を蘇らせようとして、失敗した。
人間になりそこなった残骸を見て、命を弄んだことを深く深く後悔した。
だからこそエルリック兄弟は人の命を奪うことを何よりも忌避している。
「儂はこの子らの師を引き受け、師として恥じぬ姿を見せると決めた。
だからこの子らが儂を師と仰ぐ限り儂は人を殺さぬ。
この子らが人と認めるのであればそれがホムンクルスであろうともな」
勿論『この世界にいる間は』の話だが。
もしこの誓いを掲げていなければ、ニーナをキメラにしたタッカーを軍に渡さずその場で焼き払っていた。
『そんな理由で……冗談だろう!?』
「儂は誤魔化しや冗談を言うが、これは冗談ではないさ。そして嘘はつかん」
『たったそれだけのために、己や弟子たちを危険に晒すというのか……!』
「そう思うだろうけどさ、コイツはこういうヤツなんだよ、大佐」
「だから、自慢の師匠なんです」
『だがっ!』
『そこまでにしとけロイ。
嬢ちゃんは軍人どころかこの国の人間ですらねぇ。
俺らは手を貸してもらってる立場なんだ』
『……』
「今は納得はできまいが、これからの儂を見て判断してくれればよい。
……そう、これからの話をしよう。
敵の目的が分かったおかげで、連中が有能な錬金術師を探している理由も推測できた。
この国土錬成陣を発動するために必要なのじゃろ?」
「……えぇ、そうよ」
厳密には少し違うが、シチュエーションとしては同じなのでラストは肯定した。
「それが『人柱』とやらか……」
「となれば連中が目を付けそうな錬金術師を先んじて保護したい。
儂らの知人にも一人おるので明日にでも動く」
『我輩やマスタング大佐も目を付けられておる可能性がありますが、軍人ですからな。
……軍が間違っているというなら、それを正さねば。
他の国家錬金術師たちも狙われている中、どうして我々だけが尻尾を巻いて逃げられましょうか……!』
「むしろ軍人でない者……現状の軍に対して反抗的な者と接触したいのぅ。
何しろ敵は国家そのもの。人手は多いほど良い。しばらくは情報収集と戦力増強が優先じゃな」
国土錬成陣はまだ完成していない。
北部のブリッグズにはまだ流血を伴う事件は起きておらず、今のところその傾向も見られない。
北の国のドラクマがどう動くかがカギではあるが。
『なるほど、俺らはとにかく情報を集めてそっちに回せばいいんだな?』
「話が早くて助かる。お主らが目となり耳となり、我らが手足となり動く。
尾行が無くなり連中は我らの動きを掴めなくなった。
やがてラストが音信不通になったことに気付き動き出すじゃろうから、その前に備えられるだけ備えたい」
『了解した』
『機を見て、我輩がブリッグズに向かいましょう。
あそこを治めておるのは我輩の姉でありますので』
「どこに敵の耳があるかわからぬ。情報の伝達には細心の注意を」
予定よりも長丁場になってしまったこともあり、方針が決まったらすぐにマスタングたちとの通話を切った。
「マルコーはここに残れ。今のリゼンブールはこの国で一番安全じゃ」
「わかった。念のため人前には姿を見せぬよう気を付けよう」
「空いてる部屋があるので、好きに使ってください」
「すまないね」
ラストを捕縛し構造を把握したことで、街を覆う結界にホムンクルスを感知する機能を組み込むことができた。反応があればヒノカミがすぐに転移で戻って参戦する。
賢者の石の錬成陣を弾く機能も明日の朝までに追加する予定だ。
「ラストは言った通り、我らに同行してもらうぞ」
「捕虜らしく大人しく従うわ。
でもどこに行くのかは先に教えてくれてもいいんじゃない?」
「ダブリス。そこにエルリック兄弟の、もう一人の師匠がおる」