『手合わせ錬成』。
正確には手を合わせることで円環を形成し、自らを構築式の代わりとして、錬成陣無しに錬金術を発動させる技法。
それを使うことができるのは真理に到達した者だけ……すなわち何らかの理由で『人体錬成』を試みて真理の扉を通り、『通行料』を支払った者だけだ。
自らも同じ失敗をしたことでその事実を知ったエルリック兄弟は、手合わせ錬成を使えるもう一人の師イズミ・カーティスもまた何らかの欠損を抱えているはずと気付いた。
ヒノカミの下で1年の修行を終えた直後、彼らはイズミを尋ね自分たちの所業全てを打ち明け、彼女に真実を尋ねた。
そして彼女は全て明かしてくれた。
一人目の子を身籠ったときに病気にかかって流産してしまい、同時に二度と子供を産めない体になった。
死んだ子供を蘇らせようと人体錬成を試みて、通行料として内臓をいくつも持っていかれた。
結果、彼女はふとした拍子に吐血してしまう病弱な体となってしまった。
だからエルリック兄弟は話を聞いたその場で、イズミの治療と再生を試みた。
神の指導を受け生体錬成に特化したエドワードと、一度は全身を通行料として捧げ誰よりも深く真理を理解しているアルフォンス。
そこにヒノカミが兄弟の錬成の補助を行えば、失われていた臓器の代用品を新たに作り上げることも不可能ではなかった。
ヒノカミなら錬金術など使うまでもなく四肢でも臓器でも再生できる。
奪われた臓器だけならもう一度真理に殴り込みを仕掛けて取り返すこともできただろう。
しかし兄弟の実力を信頼した彼女はあくまで手を貸すだけに留めた。
これが彼らの、師への恩返しになると考えて。
新たな臓器が定着するまでしばらくは不調に苦しんでいたため、エドワードたちも旅の途中に何度も立ち寄り経過を観察していた。
時間が経つに連れ改善していき1年も経てば真理の扉を開くよりも更に前、病気にかかる前の万全だった肉体を取り戻した。
なのでそれ以降は顔を見せていなかったが、その間に彼女は新たな子を身籠っていたようだ。
「新しく子を産んだとしても、あの子を失った事実が無かったことになるわけじゃない。
だからこの子が大きくなったら、ちゃんと教えてあげるんだ。
『アンタにはお兄ちゃんかお姉ちゃんがいたんだよ』ってさ」
「エド。アル。口にするのは何度目かわからんが……本当に感謝している」
「やめてくれよ師匠。オレたちはあんだけ口酸っぱくして言われてたのに禁忌を犯しちまうような馬鹿野郎だ」
「それでも礼をとおっしゃるのなら、その子が無事に生まれてから受け取ります」
「……そうだな。そうさせてもらおう。
それで、アンタらはどうしてウチに来たんだい?
ヒノカミちゃんはともかく、そっちの美人さんは見ない顔だが……」
「っ、そうだ師匠!大事な話が……って、ここで話して大丈夫か!?」
「周囲に聞き耳を立てている者はおらん。盗聴器の類もない」
「盗聴……?何があった」
エドワードの漏らした単語から事の深刻さを察したイズミとシグの夫妻に、ホムンクルスや国土錬成陣のこと、連中が優秀な錬金術師を探していることを全て説明した。
「……そういうわけで、お主らにはリゼンブールに移ってもらいたい。
あちらにはユーリとサラ……有能な医者の夫婦もおる。
出産と育児を思えばあちらの方が環境も良かろう」
「国民全てが生贄か……以前のアタシなら『尻尾巻いて逃げられるか!』って怒鳴るところだが……」
「イズミ……」
「わかってるよアンタ。今のアタシは、アタシ一人の命じゃないんだ。
……すぐに準備にかかる。だけど店もあるから引っ越しはすぐにとはいかない。
1週間ほど待ってくれないかい?」
「そのくらいの時間は必要であろうな。
しかし万が一もあるので警備としてここに残りたい。
我らの滞在の許可をもらえるか?」
「賑やかになっていいねぇ。
ゆっくりして、なんて言える状況じゃないが、まぁくつろいでいきな」
イズミだけでなく旦那のシグと従業員のメイスンにもリゼンブールに移住してもらうことになった。
すでにマルコーがいるエルリック家に新たに3人も受け入れることはできないが、田舎なので空き地はいくらでもある。
建物はイズミ自身が錬金術で作れるし、材料はヒノカミが創造して提供すればよい。移動も彼女の転移で一瞬だ。
やろうと思えば建物ごと運ぶこともできるのだが、確実に騒動になるので不採用とした。
イズミたちの準備が終わるまで4人はここダブリスに滞在することになる。
とはいえ家の中にいてもやることはあまりない。
素人には触ってほしくないものもあるだろうし、力仕事はシグとメイスンで十分に事足りている。
なので日中、退屈を持て余したエドワードはアルフォンスを連れて街に散歩に出かけている。
ラストをあまり表に出すわけには行かないので、ヒノカミは彼女と共にカーティス家で留守番だ。
二人は主に、身重で動けないイズミの話し相手を務めている。
「……アナタが『イシュヴァールの鬼神』だったの?」
「おや、知らせてなかったのかい?」
「あー、そういや言ってなかったの。
身内がおらぬ場所では口にせぬようにしておったし」
「アナタ、わかってるの?
私はホムンクルス。アナタたちの敵なのよ?
私が情報を持ちかえれば……」
「……なんじゃ貴様、まだ逃げ出せると思っておったんか?」
「……へぇ……言うじゃない。絶対に出し抜いてあげるから」
「げっげっげ……!」
「フフフフフ……!」
「アタシの前でバチバチすんのやめてくれない?胎教に悪いから」
美女(実年齢3桁)と美少女(実年齢〇〇桁)がティーカップを片手にテーブル越しににらみ合っていると、勝手口が騒がしくなってきた。
やがてドタバタと音が部屋まで近づいて、エドワードが大きな音を立てて扉を開け飛び込んでくる。
「おいラスト!聞きたいことがある!」
「静かにせんか馬鹿者!妊婦の前じゃぞ!」
「あ、悪い……いやアンタも……ってそうじゃなくて!」
かぶりを振ったエドワードが改めてラストに向き直る。
「ダブリスにも、ホムンクルスはいるのか!?」
「「「!?」」」
「僕たち気配を感じたんです!西の方で、一人……!」
「西っていうと、工業跡地か?
あっちはほとんどスラム街だから近づくなっつったろ!」
「「すいません!!」」
実は修業時代にそこでよく鬼ごっこをしていたのは秘密である。
ホムンクルスの気配に気づいたのも彼らが当時を懐かしんで足を運んだからだ。
「……」
ラストは沈黙し、頭の中で情報を整理していく。
(今まともに動けるホムンクルスはエンヴィーとグラトニーだけ。
でもグラトニーが一人でダブリスまで来れるはずがない。
それにエンヴィーも私の不在を補うため多忙なはず……)
「その様子では、思い当たる節はなさそうじゃな」
「……えぇ、そうね」
「まさかホムンクルスの仲間が、ラストさんがいるって聞いて駆けつけたんじゃ……!」
「可能性はなくはないが、動きが早すぎる」
長距離転移なんてものが使えるのはヒノカミだけだ。
一行がダブリスに来てまだ数日。初日に中央に連絡が行きその後すぐに出発したとすれば辛うじて辿り着いているかもしれない。そしてその可能性は非常に低い。
何らかの理由でラストの仲間が先んじてこの町に滞在していた可能性もまた、彼女の反応を見る限り同様だろう。
「……どうする?すぐにリゼンブールに逃げるってんなら引越し作業を切り上げるよ?」
「いや、ここは攻めるべきじゃねぇか?
相手は一人なんだ、コイツみてぇにとっ捕まえて……!」
イズミとエドワードの意見、どちらも捨てがたい。
動くとなれば主体となるのはヒノカミなので、ヒノカミが意見を決めれば一方もそちらに従うだろう。
「……攻めるぞ」
「そうかい」
「そうこなくっちゃ!」
「いや、事ここに至っては流石に攻めるべきと言うか……」
「「「へ?」」」
「大勢集まっとる……つけられたな、エド」
――――……
ダブリスの西の工業跡地には、アメストリス南部でも特に後ろ暗い連中がたむろしている。
そんな爪弾き者たちの頂点に君臨する男がいた。
名を『
その名の通り彼はこの世の全てを欲する。
金も、女も、地位も、名誉も、永遠の命でさえも。
だから先日配下から『とんでもねぇ美女がいた』という報告を聞いて、その女を自分の所へ連れてこいと命令を出した。
そして今日、その女と行動を共にしていたらしいガキ二人がこの地区を訪れたため特に尾行に優れた彼の配下が二人を追いかけた。
結果辿り着いたのがとある肉屋。
あとはどうやって女に同行してもらうか。
彼らはアウトローだが仁義は通すし、ある意味仲間に迎え入れようとしている相手とその関係者に手荒な真似をして悪印象は与えたくない。
連絡を受けて集まった仲間たちと作戦を考えていたところで。
彼らは何が起きたかわからぬうちに一瞬で全滅していた。