「……は?あの嬢ちゃんが神さま?マジ?」
「嘘だと思うだろうけどさ、魂を見れるようになったら疑いようがねぇんだよ。
人間なんざとは比べ物にならねぇデカさだし、それに真理のヤローだって白旗上げてたぜ?」
「はぁ?真理よりも上ぇ!?
なんだいそりゃ、『イシュヴァールの鬼神』なんざ過小評価じゃないか」
『そういえば話していなかったな』、程度の気軽さでエドワードはグリードとイズミに信じがたい事実を伝えていく。
「…………」
その間ラストは彼らの話に耳を傾けながらも、シンから来た連中にひれ伏されて困惑している小娘から視線を外せなかった。
ホムンクルスたちの『お父様』の願いは『賢者の石を作ること』ではない。
それは目的を達成するために必要な過程にすぎない。
『お父様』の願いは『神を手に入れ完全な存在になること』。
アメストリスの人間全てを賢者の石に変えて得た強大なエネルギーで『この世界そのものの真理の扉』を開き、その向こう側にいる神を自らの内に取り込み己の力とすること。
それこそがアメストリスを建国して数百年かけてまで叶えようとしたホムンクルスたちの悲願。
だがエドワードの発言が真実だと言うのなら。
真理すらも超える存在がいると言うのなら。
(真理を手に入れても『完全な存在』にはなれない……?)
この国を守るために動いているあの小娘は、どうやら周囲への悪影響を恐れて己の力を著しく制限しているらしい。
ならばもしお父様の計画が成功したら、守る対象が無くなった奴は力を制限する理由が無くなる。
真理を手に入れた『お父様』に、真理を超えた力で襲い掛かってくる。
(では私たちのやっていることは何なの……!?)
「ラストさん、どうしたんですか?」
「……なんでもないわ」
青年の名はリン。シン国皇帝の第十二子。
シンは50を超える少数民族が集まってできている国家であり、各民族の首長の娘が皇帝に嫁ぎ子を産む。
そして今代の皇帝は病に臥せっており、今シン国では次の皇帝の座を狙って各部族の熾烈な覇権争いが行われている。
リンもヤオ族50万人の代表として、皇帝が生きている内に己の地位を引き上げてもらうために動いている。
「そのためにオレは皇帝の望ミ……『不老不死の法』を探し求めてこの地に来タ!
本物でなくても構わなイ、それらしきもので一時的に安心させることができれバ!
神よ、どうかオレに我が一族を救う知恵を授けたまエ!」
護衛の二人と共に深く、深く頭を下げるリン。
万病を治す薬を渡してやることなど容易い。もっと確実な方法だってある。
シン国では魂を感知する能力を持つ者は少なくないらしいので、ヒノカミが直接足を運んでやれば人々は彼女が神だと気付く。
ならば神をお連れしたリンは国の英雄となり、現皇帝に地位を上げてもらうまでもなく次期皇帝へと推挙されるだろう。
「断る」
しかしヒノカミは冷酷に拒絶した。
「ナ……!イヤ、見返りを用意するのは当然カ。
……空手形だガ、オレが皇帝になった暁には必ずお礼ヲ……!」
「儂が物欲で動くと思うたか?見くびられたものじゃな。
そもそも貴様もシンも、儂が望むものなど何一つ持ってはいない。
己惚れるなよ小僧」
「ウ……グ……!」
怒りをのせて放つ覇気を受け、リンは言葉を詰まらせる。
「どうしたんですか、ヒノカミさん?」
「アンタらしくねぇな。助けを求めて来た相手をそこまでキツく突き放すのは」
完全にとは言い難いが、エルリック兄弟は今日までの付き合いでヒノカミの性格を把握している。
このリンという奴は己の部族……家族を救うために危険な砂漠を超えて来たという。
そして老けて見えるので信じられなかったがリンは15歳らしい。
家族や仲間を大切にする奴や子供に対して、彼女は比較的甘くなるはずだ。
「こ奴が言うておったじゃろ?シンでは多数の民族が覇権争いをしておると。
こ奴の一族を救うと言うことは、こ奴以外の民族を切り捨てることに等しいではないか」
「「あ……」」
「『犠牲が出るかもしれない方法』ならまだ一考の余地はある。
しかし『確実に犠牲が出ると分かっている方法』は受け入れられぬ」
「そンナ……!」
どれだけ最善を尽くしても犠牲が生じてしまう事態と、最初から犠牲を前提にした行動は、仮に結果が同じであろうと全くの別物。
そしてヒノカミは後者を絶対に許容できない。それは言い逃れのできない悪の所業だ。
「……それ以上言うことがないなら去れ、小僧。
今この国は未曽有の危機にある。
巻き込まれる前に故郷へ引き返すがいい」
「……それはできなイ、臣下たちがオレを信じて待っているンダ!
一度断られた程度で簡単に諦められるカ!」
「……どうするよ。やっぱりコイツ、リゼンブールまで追っかけてくるんじゃねぇか?」
「……仕方ない、連れていくか。
重ねて言うが儂は協力せんぞ。邪魔をするでなければ勝手に探せ」
「!?かたじけなイ!」
彼らはヒノカミの所在を感知する力を持っている。
もちろん彼らから存在を隠すこともできるが、そうなると力も隠さねばならなくなる。
この3人が敵の手に落ちてこちらが神だとバレるのも避けたいので、仕方なくエドワードの提案に頷いた。
リゼンブールのエルリック兄弟の家の一室に転移で戻った一行。
グリードは転移能力を便利だと欲しがり、リンは神の力の一端を体感し感激していたが。
「……なんだよ、これ……!」
二人の住んでいた家が荒らされていた。
扉は破られ、窓は割られ、本棚やクローゼットはひっくり返され。
「大量の軍靴の跡……おそらく、中央軍の連中が押し入ったんじゃろうな」
これがホムンクルスなら結界が反応しヒノカミに情報が届いていただろうが、ただの人間は検知する仕組みにはなっていない。
「ラストが戻らないことに気付いて、強硬手段に出たのか……そうだ!マルコーさんは!?」
念のためにとヒノカミが設置していた隠し地下シェルター向かうと、マルコーと再会することができた。
彼は指示された通り軍が押し入る前に避難したので見つかることなくやり過ごせたらしい。
彼から話を聞くと、予想通り中央の軍人がエルリック兄弟の所在を探して大挙して訪れたそうだ。
そしてこの家を荒らした後はロックベル家に押し掛けたらしい。
ピナコらは『兄弟は旅に出ていて不在』と突っぱね、軍人たちも彼らが国中を旅していることは把握していたのでその場は引き下がったのだが、『戻ってきたら必ず軍司令部に出頭するように』とかなり高圧的に脅して来たらしい。
連中が立ち去った後でピナコがマルコーを心配してこの家を訪れ事の顛末を教えてくれたそうだ。
「こりゃ、各地で手配書も出回っとるかもしれんな。
ラストと人柱候補、軍を表立って動かすほどに重要ということか」
「だからってここまですんのかよ……!」
「気持ちはわかるが、手を付けるな。
再び押しかけてきた時に家の中が片付いていたら、我らが一度戻って来たと気付かれてしまう」
「「……っ」」
幼い自分たちと母が映ったひび割れた写真立てを掴んでいたエドワードが、震える手でそれを元の位置に伏せて置く。
「マルコーさんはピナコばっちゃんたちのところに避難しなかったんですか?」
「用意してもらった地下室も快適だし、また連中が来た時に私がそちらにいると知られると騒動になりそうだからね。
……そうだ、それだけじゃなかった。
実は連中とは別に君を訪ねて来た者がいてね。
今はロックベルさんの家で待っているはずだが……」
「はぁ?誰かは知らねぇけど、ホントにそいつ軍とは無関係なのかよ?」
「アメストリスとは無関係だと思う。
何しろ遠い異国の少女だったからね」
「「異国の……?」」
エルリック兄弟とヒノカミと、イズミたちとグリードの視線が新参者に注がれる。
「若……」
「アァ、可能性は十分ニ……」
「……直接聞けばよかろう。こっちに向かっておるぞ。ウィンリィと一緒にな」
ヒノカミの予言通り、間もなくウィンリィが扉を開けて入ってくる。
「エド、アル、おかえり」
「ただいまウィンリィ。よくわかったね、僕たちが帰って来たって……」
「この子が『大きな気配が戻って来た』っていうから」
そしてウィンリィが自分の後ろに隠れていた、本当に小柄な少女を前へと押し出す。
「ホラ、アイツが『エドワード・エルリック』よ」
「…………」
しばらくエドワードを見上げて硬直していた少女は。
「乙女の純情を弄んだわねこの飯粒男ーーーーっ!!」
「なんだとこの飯粒女ーーっ!!」
「兄さんあの娘に何したんだよ!?」
「チャン家の娘カ……」
「やっぱりオタクのとことおんなじ?」
「アァ、シン国の皇女の一人ダ」
「…………また面倒が増えた…………」
原作通り、メイはユースウェル炭鉱にてヨキを成敗したエルリック兄弟の噂を聞きました。
しかしエドワードが国家錬金術師でないため行く当てがなく、そこから色々あってリゼンブールに辿り着きました。
その色々は次の話の最初に。