間もなく鬼神がセントラルに到達するというのに、直前になって軍司令部との通信が途絶した。
戦力のほとんどは鬼神の妨害と軍司令部の防衛にあたっており、今街にいるのは軍属ではあるが銃すらまともに握ったことがないような非戦闘員ばかり。
『鬼神が攻めてくる』という噂はすでに街中に広まっており、一部では住民たちが恐慌状態に陥っているが武力も統率力もない彼らでは市民を落ち着かせることすらできない。
「シェスカ!」
「ヒューズ中佐!?鬼神の迎撃に向かったはずでは……」
「ンなこたぁどうだっていい!
俺が指揮を執る!全職員に通達!住民をセントラルから避難させるぞ!」
「は、はいっ!」
ヒューズ中佐が同じく鬼神迎撃に向かっていたはずの軍人……いわゆる『マスタング組』と呼ばれる者たちと共に現れ避難誘導を始めた。
上官の指示というわかりやすい指標が現れたことで、ようやく軍属の職員たちが組織だった動きを始める。
「動けぬ者がおれば手を貸すのだ!力がいるなら吾輩を呼べ!」
「アームストロング少佐まで!?国家錬金術師には待機命令が……」
「何を言う!民を守るために動かずして何が軍人か!
我輩の鍛え上げた肉体はそのためにある!
人命を守ることを最優先とせよ!
壊れた家や物は後で我輩らが直してみせる!」
「全員東に移動させろ!東部軍の迎えが来ているはずだ!」
「えぇっ!?東部軍の参戦は間に合わないんじゃ!?」
「戦力じゃなくて救助要員だよ。グラマン中将に手配してもらった。
輸送用のトラックを走らせるだけならギリギリ間に合うからな」
「よかった……でも鬼神はどうするんです!?
セントラルを破壊したら、そのまま東に向かってくるかも……!」
「……そっちも心配ねぇ。そもそもこの避難誘導だって、鬼神から逃げるためのもんじゃねぇからな」
「えぇ!?」
そしてヒューズは上空を指さす。
シェスカや周囲の職員たちがその先を見上げると、空に浮かんでいる何かがゆっくりと西に動いているとに気づいた。
「火の玉……太陽……!?」
「おい、火の上に何かが……」
「改めて全員に通達!急いでセントラルから一時退避しろ!
……『焔の錬金術師』に巻き込まれるぞ!!」
――――……
『くけけけ、どうやら住民の避難は間に合ったようじゃな』
「……あぁ」
セントラルシティ南西部のはずれにて、鬼の鎧を纏ったヒノカミと炎の玉に乗って宙に浮かぶマスタングが距離を取って向かい合う。
マスタングのつけているスカウターでも、周囲一帯からは生体反応が検出されない。
ヒューズと部下たちの避難誘導は完璧だ。
『……受け入れ難いか?』
「当たり前だっ!」
最初は『人でなしの目』を持つ危険人物と警戒した。
やがて、謎は多いが信頼に足る人物だと判断した。
しかしその正体は異界より来訪した神、イシュヴァールの内乱にて自分とアメストリス軍に辛酸を舐めさせ、多くの戦友たちの命を奪った仇だと、先月の会合にて知らされた。
あの内乱がホムンクルスにより引き起こされたことは理解している。
彼女の……鬼神の行いには正当性があり、どちらが悪いかと言えば『命令だから』と盲目的に従った自分たち軍人だ。
だがだからと言って、簡単に割り切れるはずがない。
割り切れないから人間なのだ。
『受け入れずとも良い。そのままぶつけてこい』
「なに?」
『大人の振りをして感情を抑え込むな。儂から見れば全員ガキじゃ。
そしてガキの癇癪や八つ当たりを受け止めてやれぬほど、儂は狭量な神ではない』
「……ほぅ、私が、ガキと?」
『げらげらげら。『一国の王になる』などガキでもなければ素面で口にできまいよ。
その点では『フラスコの中の小人』も同じじゃな。
軽々しく『神になる』など身の程知らずが過ぎる。中二病かと疑うところじゃ』
「その『チュウニビョウ』というのが何かはわからんが、人から神になった君がそれを言うのかね?」
『うぐっ……やれやれ、藪蛇じゃったか』
これから行うことを考えればマスタングが怒っていた方が都合がいいので挑発気味に話を振ったが、手痛い反撃を食らってしまった。
しかしそれで溜飲が下がったのか、彼の肩の力は抜けたようだ。
「……さて、では始めようか。
八つ当たりを兼ねてよいというのなら加減する必要もないな」
『あぁ、盛大にやれ。
セントラルの外に避難した住民たちにもよく見えるようにな』
「言われるまでもない……さぁ焼き尽くせ!!」
そしてマスタングの下にあった火球の炎が弾け、その中にあった
「『ブレイズ・オブ・グローリー』!!!」
溢れる激情を熱に変えて生じた天を貫く巨大な火柱は、セントラル外周部に避難した住民どころか遠く離れた街からも見えていたという。
――――……
「よぅ」
「……ヴァン・ホーエンハイム」
キメラたちと共にマルコーの操作するシェルターを通り、彼らの援護を受けて先へと進んでいたホーエンハイムは、パイプだらけの巨大な地下空間にたどり着いた。
そのパイプ全てが繋がった機械的な椅子に座るホーエンハイムとよく似た男……『フラスコの中の小人』とたった一人で向かい合う。
『一人で相手をさせてくれ』と、ホーエンハイム自身が望んだからだ。
「……随分と早かったな。約束の日までまだ半月以上あるが?」
『フラスコの中の小人』もホーエンハイムが必ず妨害に来ると予想していたが、国土錬成陣を発動する直前だと思っていた。
「……約束の日、ねぇ」
どこか遠く、呆れた様子で地下の天井を見上げるホーエンハイム。
「……なぁ、その約束の日ってのは一体いつのことだ?」
「何?」
約束の日が『皆既日食の瞬間』だと、ホーエンハイムが理解していないはずがない。
訝し気な視線を向ける『フラスコの中の小人』の前でホーエンハイムが懐から小さな機械を取り出し、ボタンを押す。
「なんだ……窓?空?」
「ここの真上、地上から見上げた形の中継映像さ」
「映像だと?」
地下室の天井に浮かぶ窓のような何かには青い空が映し出されていた。
見慣れぬ機械に興味はあるが、意味もなく映像を見せるだけとは思えずホーエンハイムを警戒し続ける。
しかしホーエンハイムは微笑を浮かべたまま映像をずっと見つめている。
「……!?」
つられて『フラスコの中の小人』も映像へと視線を向けると。
映し出される空に、異変が生じ始めた。