『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第30話

 

『どぉぉぉっりゃぁぁぁぁーーーーっ!!』

 

「うっ、ぐぅっ、このぉっ!!」

 

周囲に遮蔽物のない荒野のど真ん中で、全長50メートルを超える巨大な鎧が暴れまわる。

鬼神襲撃に備え周辺一帯の住民が避難していなければ間違いなく大騒ぎになっていたはずだ。

 

スロウスは『最速のホムンクルス』であり、巨大な体躯にふさわしい剛腕の持ち主だった。

それを吸収したプライドの操る影はスロウスと同様の力と速度を手に入れていた。

 

しかし神から授かった機神には及ばない。

本体が子供のプライドと機神は、まさに蟻と象のような大きさの違いがあった。

プライドはその体格差を利用してこざかしく立ち回ろうとしたが機神の脚部に取り付けられた4枚のブレードは的確にプライド本体へと攻撃してくる。

左腕に掴んだ十文字槍がある限り多少損傷を与えたところで機神は再生し、右腕に掴んだ槍が放つ光がプライドの操る影を焼き消す。

そして何よりスロウスの力が反映されているのはプライドの影でありプライドそのものではない。

子供の姿の本体は子供同様の身体能力しかなく、機神を振り切って逃げだすことができない。

 

『そらそらどうしたぁ!随分力が弱くなってきたんじゃねぇかぁ!?』

 

「くそっ、人間がぁっ!!」

 

おまけにエルリック兄弟は魂を感知する能力を持っており、プライドの中にあとどのくらい賢者の石があるのか、あとどのくらい再生ができるのかを正確に把握している。

はったりは通用せず、プライドはポーカーフェイスを貫く労力すら惜しいと顔をしかめている。

膨れ上がった巨大な影の化け物と、鋼の巨神が荒野の上でぶつかり合う。

 

 

 

しかし機神にも余裕があるわけではない。

この武装錬金は神の指導を受けて鍛え上げたエルリック兄弟が、二人がかりでようやく発動と維持ができる代物なのだ。

ヒノカミも研究と改良を続けているが、どうしても他人の武装錬金を使うのは負担があり、適正がなかったり強力な武装錬金であるほどその負担は大きくなる。

だからヒノカミは相手の実力と相性を見てからどんな武装錬金を預けるかを判断している。

ホーエンハイムも大量の魂を内包していなければ、『フェイタルアトラクション』を預ける選択肢は取れなかった。

 

(残り時間は、持って2分!その間に……!)

 

プライドを殺す、のではない。殺すだけなら本体に武装錬金を叩きつけるだけで終わる。

この期に及んでも彼らは未だにプライドを生かして捕えるつもりだった。

 

影は光がなければ生まれない。

バスターバロンの巨体なら、両の掌で隙間なく抑え込み閉じ込めることができる。

しかしスロウスの力と速さを手に入れたプライドは、余力があれば腕を破壊して脱出するだろう。

 

(殺さないように、抵抗する力をなくすギリギリまで追い詰めて、捕まえる……本当にできるのか?)

 

バスターバロンは凄まじいパワーを持っているからこそ力の加減が難しい。

捕獲に失敗し力を使い果たせば自分たちが殺される。

ハイリスクノーリターン。あまりに分の悪い賭けだ。

 

だが彼らのその想いに救われた者が、ここにいる。

 

『エドワード!』

 

サブコクピットに乗るラストの声が、彼女の提案が聞こえてくる。

 

「のったぁ!」

 

それを聞くや否や、彼は疑うことなく実行に移した。

 

光でのけん制に使っていたサンライトハート+と、防御に使っていた激戦を、バルキリースカートと同じく攻撃に回す。

6つの刃が何度も突き出され、影の化け物を貫く。

攻撃を苛烈にした分エネルギーの消耗が激しくなり、反撃を防げず損傷した部位の再生にもさらに余計にエネルギーを消費する。

プライドは機神の動きを通じてエドワードの焦りを感じ取り、この鎧を動かせる時間は短いのだと気づいた。

ならば持久戦に持ち込もうと考えるのは当然であり、回避と防御に集中するため影を自分の周囲に集めて防壁とした。

 

 

「……っ!?」

 

だから見落としてしまった。

すぐ傍に突き出された十文字槍、その刃の付け根に。

 

全身から異形の腕を生やしたエンヴィーが、グラトニーと癒着した状態でしがみついていたことに。

 

 

「呑め!グラトニー!」

 

「うん」

 

「貴様らぁぁぁぁあーーーーーっ!!!」

 

 

グラトニーの腹が開いた。

巨大な口の奥にある瞳が、プライドをしっかりと捉えていた。

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

グラトニーは『フラスコの中の小人』が作り出そうとして失敗した、『疑似・真理の扉』だ。

腹の中は現実と真理の狭間にある、出口どころか光すらない異空間に繋がっている。

移動は一方通行。一度飲み込まれれば二度と出ることは叶わない。

 

そう、ここには光すらない。

 

「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な!

 私が、この『傲慢(プライド)』が、あんな失敗作共に……!」

 

グラトニーが今まで喰らってきた無数の人間の血でできた、どこまでも続く沼地。

光のないこの世界では影がなく、影がなければプライドはただの子供と変わらぬ力しか持たない。

しかし賢者の石を持ったホムンクルスである。

飢えることも老いることもなく、石のエネルギーが尽きるまで生き続ける。

 

たった一人で、この閉ざされた無限の暗闇の世界で。

 

「ふざけるな、ふざけるな!ふざけるなぁーっ!

 出せぇーーーーっ!グラトニィーーーーーーーッ!!!」

 

一度飲み込んでしまえばグラトニーにすら吐き出せないということを知っていながら、プライドは声が枯れるほどに叫び続けた。

しかしホムンクルスの彼は、声を枯らすことすらできなかった。

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

「だぁーーーっ、やってやったぞチクショーー!」

 

「兄さん元気だねぇ……僕もう叫ぶ気力もないよ」

 

「よくやったわ。えらいわよ、グラトニー」

 

「えへへ。えへへへへ」

 

「……ありがとうエンヴィー。

 まさかアナタがあんな提案をしてくれるとは思わなかったわ」

 

「……フン、ずっとプライドのことは気にくわなかったんだよ。

 散々偉そうにしといて、あっさり食われちまった。ざまぁないね」

 

武装錬金を全て解除し、ボロボロになった荒野の真ん中で転がるエルリック兄弟。

絶好の機会であるはずなのに、エンヴィーは彼らから距離を取り、背を向けて座り込む。

 

「……で、後でヒノカミって奴に出してもらうんだって?

 当人に確認取ったわけじゃないのに、できるって確信していいのかよ?」

 

「できる」

「絶対に」

「造作もないでしょう」

 

何しろエルリック兄弟を救うためにとあっさり真理のところにやってきた前科がある。

まがい物の真理の扉など、散歩に行くような気軽さで出入りするだろう。

 

「マジで化け物じゃん……あ~あ、ホムンクルスとしての自信を無くしちゃうよね」

 

 

見下していた人間に、情けをかけられた。

同胞に殺されかけて、助けられた。

それでもまだ人間たちは綺麗ごとを並べて、ホムンクルスを殺そうとはしなかった。

 

そして自分はそんな連中に力を貸した。

互いに命を預け、共に勝利をつかみ取った。

 

「……はっは」

 

敵と味方の垣根を越えて、力なき者たちが力を合わせて、強大な存在に立ち向かう。

強者であるホムンクルスの自分が、そんな弱っちい『人間』みたいな真似をするハメになるなんて。

 

 

 

 

「バッカみたい」

 

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