『アメストリスに侵攻した鬼神を討伐した』
セントラルの外に一時的に避難していた住民の前に現れた焔の錬金術師は、鬼神の残骸を掲げ己の勝利を宣言した。
アメストリス建国始まって以来とされる危機に怯えていた住民たちは歓声を上げ、救国の英雄ロイ・マスタングを称賛した。
その隙に、ヒノカミたちはブラッドレイを連れて速やかに撤収していた。
ホーエンハイムと『フラスコの中の小人』の戦いの余波で軍司令部が倒壊したのは好都合だった。
グリード率いるキメラたちの襲撃と戦闘の痕跡をまとめて処分できたし、軍司令部に残っていた高官たちも『巻き込まれた』ことにして行方不明にできる。
地下崩落の原因も、鬼神と『焔の錬金術師』との戦闘によるものとしてしまえばいい。
この国に潜んでいた悪は淘汰されたのだ。
歪な国の成り立ちも、軍高官たちの悪行も、ホムンクルスという存在も、民衆に知らせる必要はない。
このまま全て歴史の闇へと消し去ることにした。
後日『崩落から救助された』ということにして表舞台に連れ出したブラッドレイに、引退を表明させた。
鬼神の侵攻に対処できず、いたずらに国に被害を広げ民を不安にさらした責任を取って、という理由で。
彼の支持層であった軍高官たちは軒並み行方不明であり、彼自身もまた負傷していると伝えれば、惜しむ声はあれど反対する声は多くはなかった。
では、次の大総統は誰になるか。
当然最も新しい英雄である焔の錬金術師の名も挙がったが、彼はまだ若すぎる。
そして何より国軍が壊滅状態に陥り、周辺国家の侵攻も懸念される状況で、鬼神を打倒した国内最大戦力を椅子に縛り付けておく余裕はアメストリスにはない。
結果、序列を鑑みて東部軍のトップであったグラマン中将が次の大総統に指名された。
彼は自身が率いていた東部軍を主体として国軍を再編成し、国家の安全にまい進すると宣言した。
そしてブラッドレイは人間として、何も知らぬままの己の妻と共に優雅な隠居生活を送ることになった。
その傍らにはセリム・ブラッドレイ……『プライド』と名乗っていた元ホムンクルスの少年の姿もあった。
ホムンクルスたちは全員ヒノカミの手により賢者の石を摘出され、人間に作り変えられた。
グラトニーに呑みこまれていたプライドも救出され同様の処置を施された。
しかしそれでも彼はまだ敵対的な姿勢を崩さず人間を下等生物と侮辱し続ける有様。
『改心の余地無し』と判断された彼は、ホムンクルスとしての能力だけでなく記憶すらも奪い取られた。
プライドとしての人格が戻ることは決してなく、ブラッドレイ一家は仲睦まじくアメストリスの片隅で暮らすことになる。
エンヴィーとグラトニーはラストと共にリゼンブールに連れてこられた。
そしてヒノカミは彼らをホーエンハイムに押し付けた。
今までエドワードたちを放置した分、『フラスコの中の小人』の分まで合わせて、彼に『父親をやれ』と命じたのだ。
「いきなり子供が3人も増えるなんてなぁ……」
「ふふ、どう呼べばいいかしら?
アナタは『お父様』という感じでもないし、そう呼ばれるのもいい気分はしないでしょう?」
「……パパ!」
「パパ!?」
「あら、いいわねグラトニー。それでいきましょう。
これからよろしくね、パパ♪」
「おいおい、勘弁してくれよぉ……」
「……勘弁してほしいのはこっちだ!
なんでオレだけこんななんだよ!」
変身能力を持っていたエンヴィーの人間の姿はただの肉の鎧であり、本体は胎児のような小さなものだった。
そして本体をベースに人間にされたエンヴィーは生後1年にも満たない赤子の姿になっていたのだ。
ラストとグラトニーはホムンクルスだった頃と同じ姿なのに。
彼は今ラストの胸に抱き抱えられている。
「エンヴィー、かわいい」
「撫でんなグラトニー!」
「……食べちゃいたいくらい」
「おいぃっ!?」
「コラ、だめよグラトニー」
肉体年齢はともかく、精神年齢はグラトニーの方が圧倒的に幼いようだ。
そして本当のホーエンハイムの子供であるエドワードとアルフォンスは、再びリゼンブールから旅立とうとしていた。
父は故郷に戻ってきた。
この国に潜む闇も祓った。
しかし彼らにはまだやるべきことがある。
弟子として、自分たちの師であるヒノカミが破壊した街を復興せねばならない。
アームストロング少佐を筆頭とした国家錬金術師たちも動いてくれている。
彼らと力を合わせれば数年とかからず元通りにできるだろう。
母の墓前に今までの旅路を報告し、『たまには戻ってくるから』と別れを告げ、そのまま街を出る列車に乗り込む。
最後にもう一度故郷を目に焼き付けようと窓の外を見ていると。
「エド!アル!」
「「ウィンリィ?」」
「すぐに戻って!特にエド!
アンタ、医術も学んでるんでしょ!?」
「っ、怪我人でも出たのか!?」
「イズミさんが産気づいてるの!
産まれそうなのよ!赤ちゃんが!!」
「「……なぁにぃーーーーーっ!!!!」」
二人は出発直後の列車の窓から慌てて飛び出し、あまりにも早すぎる帰郷を果たした。
そして件のヒノカミはというと、約束通りリンたちと共にシンへと向かう準備をしていた。
神であるヒノカミが同行し後押しすれば、現皇帝が何を言おうとリンが次の皇帝となるのは変わらない。
だが、現皇帝が生きている方が話が進めやすい。次の皇帝が指名された直後に割り込むと余計な騒動が起きるだろう。
だからヒノカミはアメストリスの復興を弟子と仲間たちに託し、急ぎ旅立つことにした。
シンに訪れたことはないので転移は使えないが、ヒノカミなら海路でも空路でも好きな方法で向かうことができる。
しかし彼女はリンたちがアメストリスに来た時と同じように、東の大砂漠を超えるルートを選んだ。
理由は二つ。一つは砂漠に退避し難民生活をしているイシュヴァールの民たちに、もう故郷に戻っても大丈夫だと伝えるため。
もう一つは、クセルクセスの遺跡を見て情報を補完するためだ。
今のヒノカミの中には『フラスコの中の小人』とホムンクルスたちから取り返したものに加えて、ホーエンハイムを人間に戻すにあたり回収した賢者の石がある。
そしてホーエンハイムが賢者の石にされた魂と対話を続けていたことで、彼の中にいた者たちの魂と人格は非常に安定していた。
50万人もの人間の魂の情報があれば『グレートスピリッツ』としての特性を生かして、自身の中に『クセルクセス国のコミューン』を形成できる。
残されたクセルクセスの遺跡の情報を継ぎ足せば、コミューンは更に正確で安定した形で維持できる。
『フラスコの中の小人』に取り込まれ苦しめられ続けたクセルクセスの民の魂もそちらに送り込んだ。
故郷を模した霊界でかつての同胞と触れ合えばやがて彼らも輪郭を取り戻すだろう。
……彼ら全員が満足し成仏するまで、ヒノカミはこの世界を離れられなくなったが。
尚、シンへと向かうのはリンたち4人とヒノカミだけではない。
彼らの傍には国外追放という形でこのまま行方不明になってもらう元軍高官たちや加担していた研究者たちを閉じ込めた檻があり、そしてグリードとその腹心のキメラ数名が立っていた。
太陽神であるヒノカミは、この世界で最も強大な力を持っている。
ならば際限のない強欲を持つグリードは、その力を手に入れるために彼女に同行するのは当然と言い張った。
「我々の国で余計な諍いを起こせバ容赦はせぬゾ?」
「かてぇこと言うなよ。どうせいずれはオレ様の物になるんだからよぉ」
「貴様ァ!」
「シンの皇帝にでもなるつもりか?」
「ハッ!一国の王なんぞで満足するつもりはねぇよ。
男ならやっぱ目指すは、世界の王くらいじゃねぇとな!ガハハハハ!!」
「強欲が過ぎル……!」
「……やり方は選べよ。儂に殺されたくなければな」
グリードの部下たちの彼に対する態度を思えば、俗物が支配するよりはずっと平和な世界が訪れるかもしれない。
『支配』と『統治』は紙一重だ。当人がどちらのつもりだろうと、受け取る側がどちらと捉えるかはわからないものだ。
「そいじゃ、さっさと行くぞ」
「おうよ!……って、この砂漠を歩いて超えるのかよ?めんどくせぇぞオイ」
「貴様はもう不老じゃろうが……安心せい。足は儂が用意する」
そしてヒノカミは再び異界の本体へとアクセスし、別の眷属を呼び出した。
「白鎖彗星」
『ジィシャァァァァアアアアア!!!』
「「「ぬぉぉぉっ!?」」」
全身に装甲を纏う巨大な白蛇が現れ、絶句している追放者たちを入れた檻を器用に背中に載せる。
「……どうした?さっさと乗れ」
『シャァァァァアアアア?』
「……オレ、暫く大人しくするわ」
「そうしてクレ」
促されて怯えながら白蛇の頭に全員が乗ったところで、ヒノカミが号令をかける。
「んじゃ出発。人がおるかもしれんから轢き殺さんようにな」
『ジシャァァァアア!』
「「「どぉわぁーーーーーっ!」」」
一瞬で音速まで加速した白蛇に振り落とされた一行は、ヒノカミの帯に掴まれて難を逃れた。
シンという国では彼女は己が神であることを隠す必要がなく、だから己の力を隠さなかった。
盛大に暴れ、盛大にやらかした。
その噂は砂漠を超えてアメストリスにも届き、彼女を知る者たちは顔を引き攣らせ胃痛に苦しんだという。
そして10年後。
正式に国交を樹立したアメストリスとシン。
若き大総統と若き皇帝は久しぶりに顔を合わせるや否や即座に意気投合し、愚痴を肴に酒を飲み交わしたという。
女神はすでにシンを離れ、しかしアメストリスに戻らず、また誰かに助けを求められどこぞへ旅立ったという。
だが寂しくはなかった。
彼女のやらかしと武勇伝は、それこそ世界の果てからだって届くのだから。
『異なる錬金術の世界』、これにて完結となります。
活動報告でも書きましたが、当初は『鋼の錬金術師』とは別の作品を書く予定でした。
……この場で明かしてしまうと、『ソードアートオンライン』を書こうとしてました。
しかしヒノカミの能力と適性が高すぎて、どれだけ縛りプレイをさせても蹂躙劇にしかならず、書いてる作者自身すら面白くないと思う有様だったので、断念して別の作品を探した結果この作品に目が留まり、執筆を開始しました。
行き当たりばったりで書き始めたので構成が甘いところも多いですが、作者なりのハッピーエンドにはたどり着けたので問題なしとします。
もう少し武装錬金と絡めることもできたとも思いますが、話数的にもこのくらいが限界。
次の話はもう決まっていまして、2月には投稿を始められたらと思っています。
その先はまだ候補があるくらいで未定です。
感想や活動報告の返信でいくつか要望も来たりしてて、それらの検討も一応はしています。
ただ次の作品は、今のところ要望では名前が挙がっていない作品です。
ご了承ください。