突然現れた超新星アイドルグループ『B小町』は業界を激震させた。
そして苺プロは即座に、一気に売り込みをかけた。
普通なら段階を踏んで少しずつ規模を大きくしていくべきだが、苺プロには金とコネを持つ最強の親バカがバックについている。
何より社長たちも、彼女たちにはそれだけの価値があると確信していた。
ならば勢いに乗って攻勢に出るべきは今を置いて他にない。
とにかく露出を増やした。様々なフェスやイベントでライブ活動を行い、次々と新曲を発表して、各地を巡るツアーを組んだ。
とんでもない過密スケジュールになっているが、この程度で音を上げる軟弱者はB小町にはいない。
彼女たちにはあの地獄を乗り越えてきたという自負があるのだ。
トップアスリートすら裸足で逃げ出す武闘派集団であるB小町は、並みの人間なら過労で倒れるレベルの業務をバリバリとこなしていった。
だが苺プロの一般人たちはそうはいかない。
リンネを筆頭としたオカルトの存在を外部に漏らすわけにはいかず、結果苺プロは信用のおける超少数精鋭で運営する会社としてやっていくしかなくなってしまった。
実はB小町にも中途メンバーを入れる計画があったのだが、今の4人で固定するしかなくなった。
彼女たちの実力は本物で、今更新人を入れてもついていけるはずがないのでそれでもいい。
しかしサポートスタッフの方はそうはいかない。
社長とミヤコはなんとか食らいついていたが、他のスタッフは次々にダウンした。
今フルタイムで働いているのは社長とミヤコとリンネの3人だけだ。
リンネが書類関係の業務は大体自動化してくれたし、彼女自身が24時間不眠不休で十数人分の仕事をこなしているが、しかし彼女は一人しかいない。
どうしても人手が足りないのだ。だが安易に増やすわけにもいかない。
「せめてアンタがもう一人いれば……!」
ある日の深夜業務中、思わずそう呟いた社長に対し。
「分身出そうか?」
とリンネが返したところ。
「……ついに幻聴が聞こえた。今日はもう寝る」
と言い残して机に突っ伏してしまったので、以降はその話題を振るのをやめた。
確かに同じ人間が何人もいたら気持ち悪いだろうし、無関係な人に見られたら騒動になる。
(しかし『イマリ』と『シガラキ』のオーバーソウルは一般人には見えんし、細かい指示を出すのは難しい。
となればやはり儂自身を増やして姿を偽るしかないよな。見た目だけ何とかせねば。
鏡花水月は使いたくないし、トガの『変身』は時間制限がある。
……いっそ葉隠の『透明化』で姿を隠して『見えない妖精さん』で押し切るか?)
そんな恐ろしいことを考えながら、まもなくライブが開始される地方ツアー会場にて見回りをしていたところ。
「……ん?」
入場を待つ列の一部がにわかに騒がしくなっていた。
何事かと苺プロ関係者のネームプレートを掲げて人込みをかき分けていくと。
「ハァ……ハァ……」
「さりなちゃん、しっかり!」
車椅子に座って項垂れている顔色の悪い少女と、彼女を支える眼鏡をかけた青年がいた。
「失礼」
「キミは?……え、スタッフ!?」
一言断って膝立ちになったリンネが少女に触れる。
「……脳腫瘍、しかも末期か……!」
「!わかるのか!?」
「儂も医者でありますので」
青年から感じる薬や血の匂いから、彼も医者だと気づいた。
おそらくこの少女がライブを見に来たファンで、青年がその主治医。
しかしライブ直前になって少女が体調を崩してしまった、こんなところか。
「……お嬢ちゃん、ちぃっと痛いが我慢せいよ」
「…………?」
そしてリンネは少女の腹に深々と指をねじ込んだ。
「っ!?」
「さりなちゃん!?」
同時に体の奥でほんの少しだけ癒しの炎を発生させ命を注ぎ込み、指を引き抜くと同時に突き刺した跡を残さず消し去る。
「ゲホッ、ゲホッ……あれ?なんか楽になった!!」
「え?えぇぇっ!?本当かい!?」
「うん!なんかここ最近で一番調子いいかも!」
「体の奥のツボを押して、気脈を刺激しました。
これでしばらくは大丈夫でしょう」
「ありがとう、おねぇちゃん!」
「ありがとうございます!
ツボと、気脈か……東洋医学かな……?」
花の咲いたような笑顔を向ける少女と、医者らしく未知の技術に考えを巡らせる青年。
これで騒動は解決かと立ち上がったところで、今度は後ろが騒がしくなってきた。
「は~い、みんなどいて~!ごめんね~!」
「!?この声!」
「あ、いたいた!おば……六道さ~~~ん!」
「「「アイ!?」」」
彼女自身のせいでできた人込みを力尽くで押しのけて、アイドル衣装を着たままのアイがやってきた。
「ばっ……ゴホン。アイ、なぜこのようなところに!?もうすぐ開始時間でしょう!」
「六道さんが戻ってこないから社長が慌ててて、代わりに探しに来ちゃいました~☆」
確かに広い会場でリンネの気配を察知して向かうことができるのはアイだけだろうが、それを社長が許可したとは思えない。
制止を聞かずさっさと舞台裏から飛び出してしまったのだろう。
社長の胃痛が進行することを申し訳なく思い、今度術で治療してやろうと心に決めた。
原因の半分、いや下手をすれば6割は自分のせいだという事実を受け入れることもなく。
「アイ……本物のアイ!」
「およよ?キミは~?」
「私、さりな!アイのファンなの!」
「お~~っ、来てくれてありがとっ☆
思いっきりファンサしちゃうから、ライブ楽しんでいってね!さりなちゃん!」
か弱い少女を気遣って優しくその手を握りしめたアイは、最後に投げキッスをしてリンネと共にその場を立ち去った。
「せんせ、せんせ!アイと握手しちゃった!」
「よかったね、さりなちゃん」
「まったく……お主はこのまま3人のところへ行け。
儂は社長たちのところへ戻る」
「は~~い。じゃ、行ってきまーす!」
関係者専用エリアに入ったところでアイを追い払い、リンネは苺プロスタッフに宛がわれた部屋に向かおうとして足を止める。
先ほどの少女に対し、リンネは活力を与えただけで病の治療はしなかった。簡単にできるにも関わらずだ。
なぜなら彼女の病は現代医学では治療不可能と言われる不治の病。
突然難病が完治するなんて奇跡が起きたら絶対にとんでもない騒動になる。
周囲には携帯のカメラも向けていた者もいたから、わざわざ癒しの炎も体の内側に、表に出ないように量を絞って放出せねばならなかったほど。
あの場で全力の炎を注ぎ少女を救ったとして、話題が治療した自分自身に集中するだけならまだいい。
しかし義理の娘のアイや、所属している苺プロの皆、そして何より完治した少女自身も巻き込まれるだろう。
「……脳腫瘍関連の医療技術、公開速度を早めるか」
リンネの注いだ活力を鑑みても、治る確率は著しく低いだろうがゼロではなくなるはず。
そう呟いて彼女は再び歩き出した。