全国ツアーも終わり、ようやく一段落した苺プロとB小町。
結成からおよそ2年で、彼女たちは新人アイドルグループの地位を脱却し一気に中堅所に躍り出た。
社長の夢でもあるドームライブ……にはさすがに早すぎるが、夢ではなく現実的な目標として道筋が見えてきた。
だがここで、リンネがもう一度トレーニングを挟むべきだと進言した。
確かにB小町の4人は、4人全員が超一流のトップアイドルに相応しい実力を既に持っている。
しかしその中でもいまだにアイが頭一つ飛びぬけているのも事実なのだ。
半年の地獄は高峯・渡辺・ニノを超人へと押し上げたが、アイもまたその地獄に参加していた。
レベル1とレベル50の成長速度が違うのは当たり前だが、同じ修行をしていてはいつまでたっても前者は後者に追いつけない。
よってB小町はアイドル活動を少し減らし、アイ以外の3人は空いた時間でもう一度地獄を味わうことになった。
彼女たちの瞳が真っ暗な星を宿した。見る者を飲み込む深淵の瞳だ。
この瞳だけなら彼女たちもアイには負けない。
彼女たちの成長を実感したリンネは満足そうに頷いていた。
そしてアイは今後を見据えて一歩先に進む。
アイドルはライブで歌って踊ってが基本だが、それだけでは満足な収入を得ることはできない。
チケット代やグッズ代から会場のレンタル料や会社への配当などの諸々を差し引くと、アイドル当人に還元されるのは雀の涙ほどしか残らない。
アイドルとしての知名度を生かしたテレビコマーシャルやドラマなど、女優としての活動こそが大きな収入となる。
一人で十数人分働いて、衣装も全部作ってくれて、時々楽曲も用意してくれて、知名度がなくても企業案件を引っ張ってきてくれて、いくらでも投資してくれるなんて都合のいい存在がいるはずがないのだ。普通は。
だからアイは3人より一足先に、女優としての実力を磨くことになった。
『劇団ララライ』という一団のワークショップ……職場体験のような形で、劇団員である役者たちから演技を学ぶことになった。
アイは役者としても天性の才能を持っていたようだが、それでもプロに囲まれては自分の力不足を実感することとなり、早く上手くなりたいとやる気にあふれていた。
だから自分の担当に宛がわれた一つ年下の少年に熱心に指導を求めるあまり。
「連れてきちゃいました~~♪」
「お、お邪魔します……」
「スキャンダルぅぅぅうううううう!!」
ララライ所属の役者、カミキヒカルを家へと連れ込んだのである。
「このっ……阿呆がぁ!貴様は一応アイドルじゃぞ!?
堂々と男を連れて家に入る奴があるかぁっ!!」
「一応ってなによ~~、バッチリアイドルですぅ~~。
それに余計なことする人たちはおばーちゃんが全部やっつけてるじゃん」
「……いや……まぁ……そうじゃけど」
ネット工作や電子戦、隠密活動に関してリンネに並ぶ存在はいない。
流石にアイの足取りを追われれば自宅を完全に隠すのは無理だが、スキャンダル目当てで張り込んでいる連中やアポなしで突撃してくる輩に対して彼女はとにかく容赦がない。
悪事の証拠を押さえ警察に通報するくらいならかわいいもので、深い反省の色が見られないなら潤沢な資金を使って最高級の弁護士を雇い、裁判まで持っていき社会的に抹殺する。
そんなことを何度も続けているものだから『苺プロには鬼が住んでいる』と言われ、マスコミ関係者の間ではアンタッチャブルな会社と認識されているのだ。
失礼な話だ。彼女は相手の態度と誠意に応じた対応を取っているだけだというのに。
「あ、やっぱり僕、帰った方が……!」
「いや、いい。問題なのは無策無警戒で連れてきたことじゃからな。
すでに到着した後なら何も言うことはない」
別に友人や仕事上の関係者を家に連れてくることには反対してはいないのだ。
ただ誤解を招くようなことがないよう、細心の注意を払えと言っている。
困るのは自分だけでなく、相手や所属事務所にまで迷惑がかかるのだから。
とりあえず後でネットを確認し、二人が並んで歩く画像などが出回ってないか調べておくことにした。
そして見つけたら全部削除しよう。場合によっては、アカウントごと。
「この時間なら、晩飯はまだじゃよな?食っていけ」
「あ、おかまいなく!」
「腹すかせた相手の前で儂らだけが飯食う方が気を遣うわい。
アレルギーや好き嫌いはあるか?」
「……トマトが、苦手で」
「……わかった」
そして1時間後。
「今日の晩御飯は……『完熟トマトカレー』じゃああああ!!」
「なんで!?」
「わ~~い、おいしそ~~っ!」
カレーに混ぜ込んでいるだけでなく、一玉丸ごと上に乗っている有様である。
「なんでって、小僧。お主トマト嫌いじゃないじゃろ?」
「っ!?」
完璧だと思っていた自分の嘘が見抜かれたことで、ヒカルの仮面が少しだけ綻んだ。
「儂やアイに嘘は通じんぞ」
「っ、アイ、も?」
「うん、嘘だってわかってたよ?
だって最初からキミ、ず~~っと嘘ついてる、嘘つきの眼をしてるもん」
「!?」
二人ともすでに確信しているようだ。
『嘘』に気づかれてしまった。きっと心証を悪くした。
誰かに嫌われることを恐れているヒカルは少しずつ顔を青くしていく。
「儂は、正直者の方が好きじゃな」
「……え?」
「儂は嘘は言わんが、冗談や誤魔化しはする。
嘘が必要な状況もあると理解もしておる。
しかし大した理由もないのに嘘をつかれると傷つくぞ?」
「そんな、ことは……」
「自分にも他人にも嘘ばかりついていると、本物が何かわからなくなるもんじゃ。
たまには正直になってみぃ。儂に言いたいことがあるんじゃろ?
顔を合わせたときからずっと何か言い淀んでおるではないか」
完全に見抜かれている。逃げ場もない。
嘘が嫌いというのなら、むしろ嘘をつかない方が嫌われずに済むはず。
愛されるために嘘を続けてきたヒカルは観念して、本当に久しぶりに、心のままに言葉を紡いだ。
「そのシャツのセンスはありえないと思います」
「ぐっはぁっ!?」
常に着用している真っ赤なジャージの上着、家の中だからと全開にしているファスナーの間から覗く真っ白なシャツには。
『ぶらぼぅ!』という文字が刻まれていた。
「ぐふっ……嘘では、ないようじゃな……!」
「どこで買ったんですかそんなもの……」
「昔の友人からのもらい物での。手作りじゃぞ?カッコよくないか?」
「おんなじのいくつも持ってて着回してるの。
ありえないよねぇ~~」
「アイも人のこと言えないと思うよ。なんで靴下左右別々なのさ」
「え!ダメ!?」
この少女にしか見えない女性がアイの親代わりであり、とっくに成人しているという。
いろいろと信じがたいが、私服のセンスのダサさだけはおんなじだなと呆れ、ヒカルは無意識に口元を緩めていた。
普段から和服を着ているのでごまかされていますが、黒崎一心の娘で、キャプテンブラボーとは仲の良い友人で、ギニュー特戦隊のスペシャルファイティングポーズを絶賛するヒノカミは私服のセンスが壊滅しています。
むしろ壊滅しているのでおとなしく柄のない和服を着とけと諭されてきたというか。
しかし現代社会の日本で男物の和服は目立ちすぎると、ずっとジャージを着ています。