『ワン・モア・タイム』   作:緑のおっさん

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第7話

 

翌日リンネは社長に話を通し、『劇団ララライの役者カミキヒカルにB小町の演技指導を依頼している』という情報を苺プロから公開させた。

後ろ暗いことをしているのではないのだから、いっそ堂々としてしまえという彼女の意見を飲んだ形だ。

普通の芸能事務所ならこんなにあっさり開き直ることなどできるはずもないのだが、苺プロにはパパラッチたちが恐れる最強のセキュリティがある。

証拠もない誹謗中傷の一つでも書けば即座に反応し、必ず下手人を突き止めて裁判沙汰を起こす『鬼』の存在が、彼らの安易な追求を遠ざけていた。

 

そしてカミキヒカルは頻繁に、やがてほぼ毎日、アイの家に足を運ぶようになった。

親の愛を知らず、まともな家庭環境で育ってこなかった彼は、まともなコミュニケーション能力を持っていなかった。

『人畜無害で純朴な少年』という皆が知る姿は彼が『周囲に受け入れられるための嘘』。

しかしアイの家を訪れるにあたり『不必要な嘘はつかない』という条件を付けられ、空気を読めない彼の失言の数々は何度もアイとリンネを怒らせた。

 

だが彼女たちはヒカルを叱りはしたが、嫌いはしなかった。

そして彼女たちも、ヒカルに対して嘘をつかなかった。

 

やがてヒカルはアイもまた自分と同じく親から愛を受けられずに育った子供だと知り、そして彼女の母となり愛を教えたのがリンネだと知った。

どう見ても同い年くらい、ひょっとしたら自分より幼いかもと思わせる外見だが、彼女は大人。

そしてヒカルにとってはおそらく初めて出会った、信頼できるかもしれない大人だった。

 

だからある日、ヒカルは意を決して彼女に尋ねた。

 

 

「『愛』って、なんなんですか?」

 

「ふむ」

 

脈絡もない突然の質問、しかしリンネはぞんざいに聞き流すことなく思案する。

 

「難しいのー。『愛』が何かと言えば、『愛』としか言えんなぁ」

 

「どういう意味ですか?」

 

「それ以外の言葉で例えようがないんじゃよ。

 定義が広く、そして複雑すぎる。

 親が子に注ぐ純粋な気持ちも、外道が物品に注ぐ歪んだ執着も、分類としてはどちらも『愛』じゃ」

 

純愛、友愛、恋愛、博愛、家族愛。

溺愛、偏愛、憎愛、貧愛、略奪愛。

善きも悪しきもすべて愛。人間の欲望の発露だ。

 

「美しい物として扱われがちじゃが、『愛』とは決して綺麗なだけの言葉ではない。

 ありふれたつまらぬ感情にすら『愛』という名がついておる。

 しかしだからこそ、世界には『愛』が溢れている。

 それが当人の望む形とは限らぬが、愛に触れたことがない者などいるものか。そして……」

 

少女のような大人が少し背伸びをして目線を合わせ、自分より大きな子供の頭に手を添える。

 

 

「『愛』とは『頭で理解するもの』ではなく『心で感じるもの』じゃ。

 『愛されたい』と願うのならば、自分に向けられている『愛』に気付くだけでいい。

 ……少なくとも確実に、ここに一つあることは覚えておけ」

 

 

ヒカルの瞳から、雫が溢れた。

 

 

「貴女は僕を……愛してくれていたんですか……?」

 

「くけけけ。紛らわしいしわかりにくいんじゃよ、『愛』というものは。

 いろんな形があるから、それが本当に『愛』なのか自信が持てぬのも無理はない」

 

『愛』が何かを理解していない彼は、『愛』に気付くことができずにいた。

リンネがずっと彼に注いでいた『愛』は、言葉にしてようやく彼の心に届いた。

 

「そして『愛』とは『与えられるもの』ではなく『受け止めるもの』。

 相手の意志に関係なく、『愛』を感じるかどうかは受け取る側の気分次第。

 だからちょっとくらい自分に都合よく解釈してもいいんじゃよ?」

 

「はい……はい……!」

 

 

「あ~~~っ、おばーちゃんがヒカルを泣かせてる~~~っ」

 

「人聞き悪いこと言うな!」

 

「……あはは、冗談冗談。ちゃんと聞こえてたよ?

 私にも愛をちょうだ~~い!」

 

扉の向こうで盗み聞きしていたアイがリンネへと抱き着き、もう一方の腕を伸ばしてヒカルを抱き寄せる。

 

「うわっ!?」

 

「でもヒカルもひどいよ?

 私たちの愛に気付いてくれてなかったなんて!」

 

「え……?」

 

「ライブ、来てくれてたじゃん!

 私もたかみーたちも精一杯愛を送ってたのに!

 私は、キミみたいな人に『愛』をあげたくてアイドルになったんだよ!?」

 

「……!」

 

自分の意志で行ったのではない。

無理やりアイに連れてこられたから。

初めてのアイドルのライブというものに困惑し、その熱気に呆然としていたが。

あの時アイたちの歌声を聞いて自分の胸に感じた謎の『温もり』が『愛』だというなら。

 

彼は同じものを、彼女たちと暮らす日々で既に何度も感じていた。

 

「あれが……『愛』だった……!?

 僕は、もう、ずっと……!」

 

「……ヒカル。キミは、愛されてきたんだよ」

 

「う、あ、あぁぁぁぁっ!!」

 

膝から崩れ落ちたヒカルを、アイが優しく抱きしめる。

 

「だからもう愛されるための嘘をつかなくていいの。

 聞かせてよヒカル。キミの本当の気持ちを」

 

「ずっと……ずっと愛されたかった!

 でもどうすれば愛してもらえるか、わからなくて!」

 

「うん」

 

「みんなに好かれるいい子にならなきゃ、汚い自分を嘘で覆わなきゃって!」

 

「うん」

 

「言う通りにすれば、愛してもらえると思ってた!

 だから、姫川さんのことも受け入れようとしたんだ!」

 

「うん……うん?」

 

「気持ち悪かったけど、でも、『愛を教えてあげる』って言ったから!

 『これが愛だ』って、だから、ずっと我慢して……!」

 

「あ、ちょいタンマ。ヒカル?ヒカルー?」

 

 

空気が、変わった。そして空気が読めないヒカルはそのまま言葉を綴っていく。

寒気と熱気を同時に感じたアイが、ヒカルから視線を外して恐る恐る顔を上げると。

 

 

いつの間にか義母が『鬼』の仮面を被っていた。

 

 

「……え?うわっ!?」

 

ようやく異変に気付いたヒカルもリンネが身に着けた仮面の憤怒相に驚き、腰を抜かして後ずさる。

彼女の足元の床に霜が降りており、彼女の周囲では炎が踊っている。

仮面から機械が広がり、小柄な彼女の全身を覆っていく。

 

パァン

 

一足早く鎧に覆われた腕を思い切りたたきつけると、鬼は首だけを動かしてとある方角を見つめる。

 

 

 

『ミツケタ』

 

 

 

全身が機械に覆われ完全な鬼となった女は、恐ろしく低い声を出したかと思えば、忽然とその場から姿を消した。

 

 

「え……消えた!?リンネさん!?」

 

「もしもししゃちょー!すぐ車で迎えに来て!あとミヤコさんも連れてきて!!」

 

いつの間にかアイは苺プロにいる斎藤社長とミヤコに電話をかけていた。

 

「とにかく急いで!早くしないと……死人が出るよ!!」

 

 

 

 

――――……

 

 

 

 

「ひっ、なっ、何よ、アンタ……!?」

 

夫と子と一緒に家のリビングにいた女の前に、突如現れた鎧姿の巨躯の鬼。

その眼光を一身に受け腰を抜かした女は声を引きつらせながら後ずさる。

 

『……儂が、何かじゃと?』

 

 

 

 

『カチコミじゃボケェェェェエエエエエ!!!』

 

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